結婚したら、寿退社♡

一昔前まで、それは女性の人生における最初の小さなゴールだった。

家庭に入り、料理の腕を磨き、夫の帰りを待つ。

だが、2017年の東京で「専業主婦」は、本当に憧れるべき存在だろうか?

専業主婦だった志穂は、自立のため復職した。仕事のことで義母ともめるなど上手くいかず、思わず家を出てしまうが、結果夫婦仲は安定した。そして義母に謝ろうと決意する。




嫁の努力


「もしもし…志穂です。」

心なしか、スマホを持つ手が震える。

今までは、特別な用がなければ自分からは絶対に義母に連絡などしなかった。簡単な近況報告のメールすら、打ったこともない。連絡事項はすべて康介を通してきた。

今考えると、嫁としてのそうした態度も良くなかったのだと思う。

3コールほどで、義母が意外そうに応答した。

あの日の食事会での無礼な態度を謝ろうと思うのだが、緊張からなかなかな言葉が浮かばない。だが、意を決して志穂は口を開く。

「先日は、本当に申し訳ございませんでした。私が余計なことを言って、せっかくの還暦のお祝いの席の雰囲気を悪くしてしまって…。反省しています。」

ひなの為にも、この義母に可愛がられなければいけない。

その一心で志穂は一気にそこまでまくし立てた。電話なのにも関わらず、深くお辞儀までしてしまう。

康介は、びっくりした顔で志穂を見ている。

だが、電話口の義母は意外な言葉を発したのだった。


義母の口走った意外な言葉とは


意外にも理解のある義母からの、新たなプレッシャー


「そうだったかしら?」

まるでそんなことなど無かったかのように、義母はとぼけた声を出した。

「それより、私も色々余計なこと言っちゃったわよね。気にしないで。それに、あなたが働いているのだって、間違っていないと思うのよ。」

「え…?」

つい先日は、自分の身の回りに小さな子を預けて働いている嫁はいないと言っていたはずだ。

一体どうしたというのだろうか。

「やっぱりね、考えたんだけれど。ひなちゃんや次の子をちゃんとした私立にいれて、東京でそれなりのお家やマンションを買わなくちゃって考えると、康介のお給料だけじゃ心細いわよね。」




「近所のお友達に言われたのよ。東京だと、やっぱりかかる費用も倍だし、共働きが当たり前だって。

私も出来る限りのことはするけど、志穂ちゃんもアルバイトだけじゃなくて、きちんとしたお仕事をするのもいいかもしれないわよね。次の子のこともあるわけだし。」

義母は”今の時代は女性も働くべき”という論調を崩さない。先週とは、まるで別人のようである。

通話を終えた志穂は、つい拍子抜けしてしまった。

「母さん、何て?」

先ほどから心配そうに志穂を見ていた康介も、母親の反応が気になるらしい。

「お義母さん、全然怒ってなくて、また遊びに来てって言ってたけど…。」

義母と形だけでも和解できたことは良いのだが、今度は急に将来の家計が心配になってきた。

それに、義母が「次の子」という言葉を頻発していたのも気にかかる。

今はひなもまだ小さく、産後クライシスとも言える状況からようやく落ち着いたぐらいだ。2人目のことなど考えもしていないが、義母の中では当たり前のように2人目の出産を想定している。

1人を産み2歳まで育てるのにこんなに苦労した自分たちが、2人目を育てるなど果たして出来るのだろうか?

子供が増えるか増えないかは別として、確かに学費や住居費のことも気になる。

考えてみれば、自分は康介の貯金額なども把握していない。専業主婦になってからというもの、月々渡される金額でやりくりしているからだ。

いくら康介が大手の広告代理店勤務だからといって、中学受験しエスカレーター式の私学に通っていた自分と同じように、ひなを育てていくことは可能なのだろうか?

嫁と実母の関係が安定したとわかって安心している康介とは裏腹に、志穂は不安を感じ始めていた。


悩みを打ち明けたママ友からの、辛辣な意見。


久々に会う「ママ友」達の世界


仕事も週1に減ってしまい、幼児教室の日数も変更した志穂は、以前のように暇を持て余すようになったが、先の見えない不安だけが広がっている。

そこへ久々にママ友からのランチの誘いが来たので、志穂はひなを連れて恵比寿の『シロノニワ』へ来た。




子連れで行ける店を探すのは至難の技であるが、駅直結のこの店は、キッズチェアもあり開放的なテラス席もあるのでママ友からも人気の店だ。

軽く近況報告をすると、前回のランチ会の際に志穂が働くことを全否定してきた美香がまた一番に口を開く。

「でも幼児教室は続けるのよね?志穂ちゃんも、ついにお受験モードに入るのね!」

その一言をきっかけに、わぁ、と場が明るくなる。

「実はね、ここにいる私たちみんな幼稚園受験をさせようと思っていて…そういう話出来なくなるのかな、と思ってたから良かった♡」

志穂は一言も幼稚園受験をするとは肯定していないのに、美香は相変わらずのペースでまくし立てている。

「それに、お受験が第2子妊娠とか出産と被る子もいるから準備は入念にしておかないと。志穂ちゃんのところは?2人目いつにするの?」

また、2人目の話題だ。

曰く、美香はすでに妊娠4ヶ月目に突入しているという。安定期ではないので公表したくないのだけど、と言いつつも続ける。

「2学年差で産みたかったんだけど、なかなか上手くいかなくて…。志穂ちゃんは?今妊娠したとしても3歳差?入園とか被ると大変だから、そしたら4歳離したほうがいいわよね。」

そう真剣に話す美香に、特に悪意は感じられなかった。

だが、昨日義母から言われた、2人の私学の費用、住宅ローン、車の維持費のことが頭をよぎる。

それに産後のイザコザのことを考えると、2人目出産などとても考えられない。

そう呟くと、美香は信じられない、と言った表情を向ける。

「志穂ちゃん、何言ってるの!ご主人の貯金額を把握してないなんて絶対ダメ。そんなにボーッとしてたんじゃ、この先何にも成し遂げられないわよ。2人目のことも、先延ばしにしてると逆に大変なんだから!」

美香の剣幕に、漠然とした不安が急に焦りとなる。

結婚をすれば、子供はまだ?と言われてきた。そして1人目をなんとか育てているのに、2人目は?と急かされてしまう。

楽しそうに遊ぶひな達を見て、急に気分が重苦しくなっていく志穂であった。

▶NEXT:11月2日 木曜更新予定
仕事と将来で悩み、志穂が下したある決断とは?