瀋陽に出した支店の業務が苦労の甲斐があってようやくスタートし、会社全体の業績も右肩上がりとなっていました。そんな事業拡大の真っ最中に、狭心症の発作で現地の病院に緊急入院する羽目になってしまいました。資料写真。

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中国・大連に赴任して約4年がたったころのことです。瀋陽に出した支店の業務が苦労の甲斐があってようやくスタートし、会社全体の業績も右肩上がりとなっていました。そんな事業拡大の真っ最中に、狭心症の発作で現地の病院に緊急入院する羽目になってしまいました。

【予兆に気がつかず】
その一週間前ぐらいから、胃のあたりにむかむかする不快感があり、病院で診察を受けたところ、胃薬を処方されそれを飲んでいました。そのむかつきが実は発病の予兆でした。でも、まさか心臓の病気であったとは思いもよらないことでした。

その日は瀋陽の大切なお客様が大連に出張して来るとのことで、夕刻から会食しながら、瀋陽市における事業拡大のための意見交換をする予定になっていました。またもや白酒(アルコール度数52度)を飲むことになりそうだと、少し重い気を持ちながら車で会食会場のレストランへ向かいました。会食会場につく直前の車の中で胸のあたりに、込み上げてくるような、ものすごい違和感が襲ってきました。人生50余年、それまで感じたことのない、途轍(とてつ)もない違和感でした。ただならぬ事態を感じ、会場に着くやその方と握手の挨拶をして事情を説明し、私はそのまま大連市内の病院へ直行しました。

【病院へ着くなり、そのまま入院】
ベッドに下げられた札には、病名は中国名:冠心病(冠状動脈性心疾患)と書かれていました。私は、身体はいたって丈夫で、中国に来てからも下痢一つせず、まして生まれて今まで入院などしたことはありませんでした。それが、よりによって中国で生涯で初めての入院をすることになってしまいました。

その日の夜、病院の指示に従いニトロを口に含み、血液の凝固を防ぐ注射をお腹に打たれ、そして血管を拡張する点滴と、立て続けの治療がなされました。ベッドの横に置かれた機械に表示される血圧や脈拍数を見ながら、本当に心細い一夜を過ごしました。

【中国で入院治療を決意】
翌日、病状について医師から説明があり、その際に私が日本に戻りたいと伝えたところ、「この状態で飛行機に乗るのは非常に危険で、命の保証はできない。このまま治療を続けましょう」と言われてしまいました。

皆さん同じだと思いますが、中国では入院はしたくありませんでしたので、即刻、日本のかかり付けの病院へ電話し、担当医に状況を説明しました。「すぐに帰国して治療しましょう」と言ってくれると思っていたのですが、案に相違し「飛行機に乗るよりも、中国現地の病院に入院するリスクの方がまだましだ」との意見でした。双方からそう言われたのではどうしようもなく、腹をくくりその病院で入院治療することにしたのです。

【そもそも、外国人が単独で中国の病院へ行くのは、もう大変!】
中国の病院は、病人本人だけでなく、付添いや家族なども一緒に来るからかもしれませんが、とにかくいつ行っても多くの人でごった返しています。受付(診察申込)から始まり検査や診察のどこも行列で、おとなしく待っていたのでは自分の順番はいつになるかわかりません。それに、先にお金を払うのが原則ですから、病院内のあっちへ行ったりこっちへ行ったりと、もう大変です。さらに外国人の場合は言葉も大きな問題です。そんなことですから、私が単独で病院へ行くのはなかなかしんどいことなのです。

【病院でも人脈がものをいう】
仕事上の中国側のパートナーが、政府ルートを使って、その病院でナンバーワンの医師を主治医として手配してくれました。その影響か、事務方や看護婦さんなど、一目置いた対応をしてくれました。人治の国ではさもありなん、と思いつつも、そういう存在があるのとないのでは対応に大きな開きが出てくるのもまた事実です。おかげで、私は安心してカテーテル手術を受けることができました。