社員は誰もが「デザイナー」 IDEOが語るデザイン思考の本質とこれから

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世界の様々な分野においてイノベーションを後押ししてきたIDEO。数々の企業が抱える課題に、「デザインの力」で答えてきた彼らを代表し、IDEOビジネス・デザイン/ディベロップメント担当ディレクター野々村健一が、デザイン思考を取り巻く潮流の変化を語る。

米国西海岸に拠点を置く我々が、「日本の変化の触媒になる」、ことをミッションにIDEO Tokyoを立ち上げてから、早6年が経つ。当初は、私を含むたった4名でベンチャーさながらの日々を送っていたが、今や約10倍近い人数の仲間が加わり、オフィスを訪ねてくれる企業は、毎年100社を超えるようになった。

彼らの話を聞いて驚くのは、「日本を、会社を、本気で変えたい」という強い意志を持って行動を起こそうとしている人(我々は彼らを「チェンジリーダー」と呼ぶ)が、いかに多く存在するかということだ。そしてその数は、年々増えていると感じる。こうした日本のチェンジリーダーたちをサポートし、時にIDEOがハブとなって横の繋がりを構築するなかで、「日本はきっとこれからポジティブな変化を遂げる」と、我々期待を膨らませている。

ゼロから何かを創る人は、誰もが「デザイナー」

日本において、「デザイン」という言葉が持つイメージは、まだまだ非常に限定的に捉えられていることが多い。普段この言葉に触れることが少なければなおさら「意匠、物の形、色、絵」という印象が強いだろう。我々の経験上、「デザイン=アート=一部のクリエイティブな人々にのみ理解される世界」というイメージを持っている人も少なくない。

ドイツの工業デザイナーの巨匠ディーター・ラムスの言葉に、「我々デザイナーは、密室で働くのが仕事ではない。ビジネスをやっている人たちと仕事をしないと意味がない。よく勘違いされるが、僕らは”芸術家”ではないんだ」というものがある。ラムスは自分の仕事を、自らの表現として芸術的な作品を創るのではなく、あくまで人に選んでもらえるもの、人のためになるものを創ること、としている。

IDEOも、「人を中心としたデザイン」を軸に事業を拡大してきた。人のために、ゼロから新しいモノ、体験、システムなどを創り出すことを、我々は「デザイン」と呼ぶ。IDEOの創立者の1人であり、ノート型パソコンの父として知られるビル・モグリッジは生前、こんなことを言った。

「多くの人たちは、我々の周りにあるほとんどのものは必ず誰かがデザインしたものだということに気づいていない」

モノに限らず、近年であればそれは無形の体験や、ビジネス、社会システムに至るまで、誰かがデザインしている。ビルは、それらを創り出すことは、従来の「デザイナー」だけでなく、どんな肩書きの人にも可能なのだという感覚を持って欲しい、という想いを持っていた。



こうした考えをベースにしているIDEOで働く社員たちが、工業デザイナーのみならず、建築、教育、医師、シェフ、経営、文化人類学、グラフィックデザイナー、コーダー等様々なバックグラウンドから来ているのは必然である。

IDEOの社員は、一般的な企業であれば「総務」や「エンジニア」と呼ばれる職務についていても、全員が「デザイナー」という意識を持っているし、それが期待される。それは、各自がそれぞれの領域において社内、社外を問わず「人のためになり、人が欲しいと感じる」ものを作り出すことを考えているからだ。

こうした、いわゆる”デザイナー”でなくとも、「人のために何か創る」ことが誰にでもできるよう世の中をつくろう、という信条のもとに生まれたアプローチが「デザイン思考」だ。



約40年前にシリコンバレーで創業したIDEOが提唱した「デザイン思考」は、日本の様々な組織でも変革を求める声と勢いに後押しされ、あちこちで目にするようになった。

IDEO Tokyo立ち上げ当初は、まだまだデザイン思考(さらには他のイノベーション関係のアプローチ等)を、プロセスとして方程式的に取り入れようとする組織が多かった。こういった組織の多くが、大抵デザイン思考特有の反復的な要素、抽象性と具体性との行き来、非連続的な思考プロセス、曖昧さとの付き合い方などにぶつかり、苦労していた。

我々が当初から伝え続けてきたのは、最も重要なのはプロセスそのものではなく、それを扱う人、組織のマインドセットであること、そして特に、新たな課題に取り組む際はできる限り早い段階でこれに手を打ち始めることが肝要である、ということだ。デザイン思考は間違いなく、プロセスとして取り入れれば誰でも確実にイノベーティブなアイディアを出せる魔法の杖ではない。

最近では、嬉しいことに多くの組織内でデザイン思考を有効に活用するためのチームや組織、文化を創る必要性に対する意識が高まっており、ワクワクしながらコラボレーションできる機会が増えている。

デザインファームの買収案件はこの10年で70件以上

この6年間で、世界におけるデザインやイノベーション、また「デザイン思考」というアプローチを取り巻く状況は大きく変化した。海外では、ビジネススクール、デザイン/エンジニアリングスクールなどでも、デザイン思考を必修のプログラムとするところは多く、ほぼ100%が、カリキュラムに何らかの形で取り入れていると言われている。また、多くの企業において、デザインを経営戦略の重要な一部として掲げ、IR資料などにも入れ込むようになった。

大きな変化としては、これをマイクロソフト、IBMやGEのように自社バージョン化し始めている組織が急増しているということだろう。同時に、大手企業によるデザインファームやクリエイティブコミュニティの買収事例が増えていることも、象徴的である。買収案件の数はこの約10年で70社以上と言われ、その半数以上は2015年以降のこの2年間で起きている。

「デザインやデザイン思考を活用する」にとどまらず、「デザインやクリエイティビティを、経営資源としてどう活かすか」、またそのためのエコシステムをいかに自分たちの周りに構築していくかという考え方が、欧米では特に定着してきている。

こうした動きもあり、最近では「クリエイティブ・リーダーシップ」という言葉がよく使われるようになっている。組織のクリエイティビティを引き出すことにおいて発揮されるリーダーシップのことで、大企業をはじめ、スタートアップやベンチャーキャピタルなども重視し始めている(IDEOにおいても、昨年のローンチ以降114カ国で2万人以上が受講するオンライン学習プラットフォームIDEO Uで、これを学ぶコースが最も人気のプログラムの一つとなっている)。

シリコンバレーをはじめとする米VC界においてはこの5年の動きは特に顕著で、ほとんどの有力VCではパートナー陣にデザイナー、もしくはデザインに明るい人員を採用し始めている。また、ベンチャー側でも、シリコンバレーでは優秀なデザイナーの獲得競争が激化している。 

日本ではまだこの波は本格化していないが、IDEOは、海外で勝負できるスタートアップを育てるためにデザイン機能や意識を高く持つベンチャーキャピタルが必要だと考え、昨年末ジョイント・ベンチャーというかたちでD4V(Design for Ventures)というVCを設立した。まだ本格始動から日が浅いものの、ポートフォリオ企業となった日本のスタートアップ数社の支援を始めている。

IDEOがサポートする領域はプロダクトやサービスに対するフィードバックや、コミュニケーション/ブランドデザイン、プロダクトデザイン、UI/UXを含むインタラクションデザイン、空間、伝え方やプロトタイプのアドバイスや組織づくり等多岐に渡る予定だ。今年はまず実験的に大きく3つの領域でポートフォリオ企業に支援を実施した。イノベーションを加速させるための組織づくり、ユーザーエクスペリエンスのクオリティ向上、そしてブランディングだ(デザインとスタートアップについては、今後このコラムの中でもう少しお話をしていきたいと思う)。

次回は、デザイン思考の導入期と言える日本において、企業がその活用を試みたときに直面しやすい課題と克服のプロセスについて、事例とともにご紹介する。

野々村健一◎IDEO Tokyoビジネスデザイン/ディベロップメント担当ディレクター。慶應義塾大学卒業後、トヨタ自動車にて海外営業や商品企画を担当。米ハーバード・ビジネス・スクールへ私費留学し経営学修士(MBA)取得の後、IDEO 東京オフィス立ち上げに従事。現在同社ディレクターとして国内外の様々な企業や団体とのプロジェクトを手掛ける。IDEO Tokyo共同出資のベンチャーキャピタルファンドD4Vのファウンディングメンバー兼パートナーも務める。東京工業大学非常勤講師。