しげしげと作品を覗き込む山下氏と壇蜜

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「ナマの日本美術を観に行こう」のコンセプトで始まった大人の修学旅行シリーズ。今回は、明治学院大学教授で美術史家の山下裕二氏(日本美術応援団長)引率のもと、タレントの壇蜜さんが、三井記念美術館(東京都中央区日本橋室町)で開催中(〜12月3日)の特別展「驚異の超絶技巧!〜明治工芸から現代アートへ〜」を訪れた。

 2人は驚きの超絶技巧で再評価の機運が高まる明治工芸の作品と、そのDNAを引き継ぐ15人の現代作家の作品を堪能した。

壇蜜:あぁっ、こんなところに秋刀魚が。しかも食べかけ!

山下:ふふっ。ここ三井記念美術館のある三井本館は昭和初期に建てられた屈指の洋風建築として重要文化財にも指定され、この展示室はかつて役員の食堂として用いられていました。普段、この展示ケースには国宝級の作品が展示されています。そんな格調高い空間に食べかけの秋刀魚。至近で観て何か気付くことはありませんか。

壇蜜:頭と尾の先が少しだけお皿の縁に触れていますね。すごく繊細。

山下:実はこれ、一木(いちぼく)造りなんです。お皿も秋刀魚も、ひとつの木の塊から彫り出しているんですよ。

壇蜜:えぇっ!? この作品はもう事件ですね……。くっついているとなると、秋刀魚の裏側を彫るにはお皿とのわずかな隙間に合う、特別な道具が必要になるのでは。

山下:歯の治療に使う針を工夫して彫刻刀として使うなど、道具からオリジナルで作っているそうです。骨が欠けているのは失敗したからかもしれませんが、かえって食べかけのリアルさが出ています。

壇蜜:秋刀魚は小骨まで食べられますものね。それにしても木とは思えない。秋刀魚そのものですね。

山下:作者は東京藝術大学の油画科出身の前原冬樹さん。油絵の具を使うことで、皮身からジュワッと滴る脂の感じや焦げ目なども実に生き生きと表現されているんですね。彼は32歳で藝大に入学していますが、元プロボクサーでサラリーマンも経験している。しかも彫刻は独学です。

壇蜜:その異色の経歴からこの精巧な秋刀魚が生み出されたとは!

山下:技術はもちろん、コンセプトが際立ち、センスもある。そうした優れた現代の作家を紹介することが、今回の特別展『驚異の超絶技巧!』の目指すところです。

壇蜜:この蛇のバッグも独創的で目を引きますね。蛇はまだ生きているのかなと思うくらい、生々しさが漂っていて……。わっ、こちらの作品は七宝焼きなんですね。

山下:七宝の技法で、蛇革の1枚1枚の鱗をかたどっています。作品名は『反逆』。バッグにされた蛇が飛び出して人間に逆襲している。

壇蜜:これはもう、蛇革にしか見えませんね。怒濤の衝撃に、先ほどから脳がついていきません。

山下:今回出展する現代の作家は15名。この三井記念美術館で存命中の作家の作品が展示されるのは初の試みですが、「こんな作家がいるとは知らなかった」と他の美術館の学芸員からも問い合わせがくるほど、反響を呼んでいます。

壇蜜:七宝でも、『紫陽花図花瓶』は趣が違いますね。幾重もの花びらに立体感があって、なんて美しい。

山下:こちらは並河靖之という明治の作家で、当時の最高の技術を駆使して表現された七宝です。実は今、世界中で日本の明治工芸が注目されて大ブームとなっているんです。本展では、明治の名匠と現代の作家の超絶技巧の対比も存分に愉しんでいただきたい。

壇蜜:鶏の香炉(『群鶏図香炉』)のまた細密なことといったら。

山下:これも明治の作家、正阿弥勝義ですね。家業として刀の鍔などを造っていたのが、明治維新で廃業の憂き目に遭い、工芸品を造るようになったのです。

壇蜜:時代の流れは世知辛いものですが、転職の必然性にかられ、刀の職人さんがこうした超絶技巧を生んだ。その背景にロマンを感じます。私自身、葬儀屋さんやお菓子の工房で働いていた転職組なだけにグッと心に響いてきます。

 現代の作品も、明治の作品も、それぞれに超緻密で本当にリアル。生き物の質感の表現にかける、作家のひたむきな情熱に圧倒されました。そんな作品に美術館の照明が当たると、新たな息吹も感じられて……。ぽっと命が宿る瞬間に幾度も心を揺さぶられました。

●壇蜜(だん・みつ)/1980年生まれ。タレント。2010年芸能界デビュー。グラビア、執筆、芝居、バラエティなど、幅広い分野で活躍。写真集『あなたに祈りを…』、エッセイ集『壇蜜歳時記』など、関連書籍多数。

●山下裕二(やました・ゆうじ)/1958年生まれ。明治学院大学教授。美術史家。『日本美術全集』(全20巻・小学館刊)の監修を務める。笑いを交えた親しみやすい語り口と鋭い視点で日本美術を応援する。

■撮影/太田真三、取材・文/渡部美也

※週刊ポスト2017年11月3日号