毎日のように鉄条網を修理し、余計な時間と労力を無駄にしている=シリンゴル盟・バロンウジュムチン・ホショー(2012年8月撮影)

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 日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

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 1980年代から、内モンゴルでは土地改革が行われ、牧草地が各家庭に分配された。だが、この分配は平等ではなかった。お金がある人や権力がある人は、広い土地を鉄条網で囲み始めた。早い者勝ちだった。弱いものも黙っていられないと、借金もしながら、わずかな土地も残さず、鉄条網で囲んでいった。

 鉄条網設置が進むに従い、隣接する牧草地の境目をめぐるトラブルが後を絶たず、口論や喧嘩だけでなく、殺人事件まで起きてしまった。

 それまで、親族や兄弟や知り合いなど、いくつかの家庭で一つの協同組合であるホト・アイルを組むことで、厳しい環境においても助け合ってきた人達だったが、各自が牧草地を持つことにより、ホト・アイルの機能は完全に無意味になり、役割を失った。

 そして、わずか4、5年の間で、日本とほぼ同じ面積を持つシリンゴル草原では、鉄線に囲まれてない草原が残らないぐらいに、鉄条網が普及した。

 そのときは多くの遊牧民が、この鉄条網で自分たちの牧草地が保護されて、環境にも負担がないという政府の宣伝を信じていた。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第4回」の一部を抜粋しました。

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アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。