24日、上海証券報は、世界のトップを走ってきた日本の半導体産業が衰退した背景について論じたコラム記事を掲載した。資料写真。

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2017年10月24日、上海証券報は、世界のトップを走ってきた日本の半導体産業が衰退した背景について論じたコラム記事を掲載した。

記事は「1955年、ソニーの前身である東京通信工業は世界に先駆けてトランジスタラジオを発表した。同社はその後、相次いで複雑な回路を持つ電子設備を開発し、半導体産業の長期的な発展を後押ししてきた。日本の半導体産業がピークを迎えた88−89年には、日本がシェアの半分を占め、業界上位10社には日本企業が6社入った。しかし今、日本の半導体製品の市場シェアは7%にまで激減し、トップ10企業でも8位に東芝が入るのみとなった」と紹介した。

そして、「半導体はハイテクの核であり、日本の半導体業界の急失速は、世界のハイテク産業における日本の厳しい状況を示すものだ」と指摘。日本が衰退した主な要因は「大勢に全くもって疎かったこと」とし、「サムスンを主とする韓国メーカーに無警戒だった。90年代後半、サムスンは価格面の強みからパソコン向け半導体市場で頭角を表した。日本企業は相変わらず機能面での強みに頼っていたが、消費者はもはや必要以上に機能性を重視しなくなっていた。そして何より、サムスンには終始強い危機感があったのに対し、日本企業には何とも奇妙なおごりがあったことだ」と分析している。

また、「日本政府と半導体業界全体の考え方にも大いに問題があった」といい、「官民共同で設立した集積回路研究団体に、日本企業10社とともにサムスンを参加させた結果、サムスンが日本企業を追い抜いて技術力を身に付け、2001年に世界初の300ミリDRAMを開発するという皮肉な結果を招いた」「02年以降、日立や三菱電機、NEC、東芝、パナソニックの間で何度となく繰り返される提携と離合により競争力が高められなかった」と指摘した。

記事は最後に、「東芝がメモリ部門を売却しようとするのに対し、経済産業省はまた国の安全に関わるという理由で外資を参入させようとしなかった。日本政府が依然として半導体産業で味わった失敗から教訓をくみ取っていないのは明らかだ」と論じている。(翻訳・編集/川尻)