困難を抱える子へのキャリア教育はどう行えばいいのでしょうか(写真 : Graphs / PIXTA)

高校生に「夢」ばかり語っていないか

高校生に向けたキャリア教育の現場では「夢を持とう」「目標を持とう」といったメッセージを前面に押し出しているタイプのものが多くあります。確かに夢を持つのはいいことです。でも、キャリア教育はそれだけで十分なのでしょうか。

筆者は5年ほど前から全国各地の高校に出向き、高校生向けのキャリア教育の授業を行っています。多くは偏差値30〜40台の高校や定時制高校、近年設置が増えている昼夜間定時制高校も多く含まれています。学校によっては中学時代に不登校を経験した生徒を多く受け入れているところもあります。こうした学校の生徒には困難を抱える子がいま少なくありません。

卒業後の進路も多様です。半数以上が大学進学する学校もあれば、多くがアルバイトやフリーターなどの非正規社員としての就職という学校もあります。外国籍の生徒や、生活保護家庭、児童養護施設から通っている生徒も少なくありません。定時制高校でも昼間にフルタイムで働いている生徒は少なく、学力、コミュニケーション能力などさまざまな事情で普通科高校には通えなかった生徒が多くを占めています。

こういった高校でのキャリア教育は、一筋縄ではいきません。近年、高校生向けのキャリア教育が増えていますが、主流は高校生が将来の夢や職業を考えるタイプのものです。「夢を持とう」「やりたいことを見つけよう」「わくわくする未来をつくろう」。そんな言葉とともに語られるキャリア教育を私は「未来設計型キャリア教育」と呼んでいます。やりたいことがたくさんある高校生や、将来に対して漠然とした不安と期待を抱く高校生には非常に有効な手段だと思います。

一方、将来の具体的なリスクを考えることもキャリア教育には必要です。国立教育政策研究所は「自分の将来の生き方や進路についてホームルームなどの時間で指導してほしかったこと」というアンケートを実施しており、上位3つは以下のとおりです。

1位 「自分の個性や適性(向き・不向き)を考える学習」(29.9%)
2位 「社会人・職業人としての常識やマナー」(26.5%)
3位 「就職後の離職・失業など、将来起こり得る人生上の諸リスクへの対応」(23.1%)

1位が先に述べた「未来設計型キャリア教育」です。2位は面接指導やマナー研修などが含まれると思います。どちらも、社会の中で働いていくことを前提とした内容です。

一方で、3位の「就職後の離職・失業など、将来起こり得る人生上の諸リスクへの対応」は「もし失業したら」など、明るい未来とは限らないことを前提に行われる内容であり、上位2つのキャリア教育とは趣が異なります。

筆者が全国各地の高校で実施している授業は、まさにそうしたリスクを考えてもらう「就職後の離職・失業など、将来起こり得る人生上の諸リスクへの対応」に関する授業です。これを「予防型キャリア教育」と呼んでいます。

リスク要素の多い生徒たちに必要な予防型キャリア教育

定時制高校などの中には、入学してから卒業までの間に半数近くが退学や留年をする学校もあります。また、卒業後の進路において半数近くが非正規労働者やフリーター、無職などの学校も存在します。自然と若年無業や貧困層の予備軍を多く抱えているのがこういった学校です。

筆者は認定NPO法人育て上げネットが実施する金銭基礎教育プログラム「MoneyConnection®」で高校生向けの授業を担当しています。これは、新生銀行グループと育て上げネットが共同開発した「予防型」のプログラムです。「おカネと仕事」「将来の仕事と生活」について、カードなどを使って人生をシミュレーションしながら、現実を1つひとつ知ってもらいます。

たとえば、あるときの授業の様子をご紹介します。

「フリーターかよ、マジ終わった」「よっしゃ!正社員」

「働き方カード」と書かれたカードをひいた生徒たちが、自分の手元のカードを見て思い思いの言葉を口にします。中には無言の生徒や、興味がなさそうな生徒もちらほら。

次は「月収カード」。

「は!? 15万なんかじゃやってけないし。」「うぉー! 100万だ!!」

それまでは肘をつき、つまらなそうにしていた生徒が、100万円のカードをひいた瞬間、二カッと笑顔になって周囲の友達に見せびらかすこともあります。

この授業では「進路選択をこうすべき」と上から目線で教えることはしません。高校生たちにも本人なりの考えがあり、反発されてしまう可能性があるからです。それよりも、「現実を知ったうえで、どうするかを考えるのはあなたたち次第」というメッセージのほうがずっと効果的です。

たとえば、職業が「フリーター」、「月収100万円」のカードをひく生徒が必ず出るようにしたうえで、クラス全体に向けて次のような説明をします。

「フリーターで時給1000円の場合、寝ずに働いても月収100万円は不可能。アルバイトだとたくさん働けばたくさんおカネをもらえると思っている人もいるかもしれないけど、働ける時間には限りがあるよね」

高卒の場合、フルタイムの正社員よりも、夜勤などで長時間アルバイトをするほうが稼げることもあります。短期的な金銭だけを考えると、正社員が必ずしもいいとは限りませんが、労働時間についても知ってもらうことで、高校卒業後の進路を考えてもらうきっかけとしています。

生徒たちは、働き方の違いについてもあまり詳しくは知りません。そこで、先に紹介したようなカードを使用しながら、正社員、派遣社員、フリーターなどの違いを説明します。その際、どの働き方が良い悪いという言い方はせず、生徒自身が判断するための余白を残します。考える余地を与えることで、生徒に「将来を決めるのは君たち自身だよ」というメッセージを伝えているのです。

企業で働く「普通の大人」の情報こそ高校生たちに必要

仕事や働くことをイメージしにくい生徒たちであっても、具体例を示すと「こんな将来は嫌だ」「こんなふうだったらいい」という反応は示してくれます。たとえば、職業や月収などをカードで決めると「フリーター、月収15万、40歳、独身」というステータスになることがあります。そうすると、ほぼすべての生徒が「うわ、終わった」とか「マジ、無理」という発言をしながら、上記のような状態に否定的な反応を示します。

一方で「正社員、月収100万、32歳、子ども2人、マイホーム」というステータスになると、手元のカードを周囲の友達に見せびらかしたり、「俺、勝ち組だから」と喜びだしたり、うれしそうな反応を見せてくれます。将来のことをイメージはできなくても、どんな状況になるとうれしいのか、うれしくないのかの判断はつくのです。これだけでも生徒たちにとっては大きな前進です。

さらに具体的に将来の仕事をイメージしてもらうために、筆者は授業の最後に自分自身の体験談や失敗談を話しています。給料のよさだけで会社を選んだら体を壊したこと、正社員を辞めた後にフリーターをしていたら貯金が130円になったこと、20代のうちに学生・正社員・派遣社員・フリーターを全部経験したことなど。カードゲームの説明以上に生徒たちが真剣に聞いてくれるのは私の失敗談です。

働くことがイメージしにくく、若年無業や貧困のリスクが高い生徒たちにとっては、働く大人のちょっとした日常や失敗談さえも新鮮に聞こえるのだと思います。だからこそ、この記事を読んでいる皆さんにもぜひ、自身の体験談、失敗談を若者たちに語ってほしいと思うのです。

高校生に話すことは、ビジネスにおいてもメリットが

高校生の実態の話から少し話がそれますが、高校生に授業をするという貴重な経験を多くのビジネスパーソンの方々にもしていただきたいと感じています。

筆者は高校生の授業だけでなく、企業向けの研修等にも年間100件近く登壇していますが、いちばん難しいのは高校生向けの授業だと感じています。企業向け研修であれば講師は「先生」と認識されて、受講者側も素直に話を聞いてくれますし、大きな混乱はめったに起こりません。一方、高校生の授業では、生徒が講師のことを「先生」と認識したとしても、「先生が話しているから静かに聞く」習慣がないことも多々あります。権威ある資格や実績を持っている方でも高校生はそのすごさがわからないので「すごい人の話だから聞こう」とはなりません。高校生が話を聞くかどうかの判断基準は「おもしろくて、わかりやすい」ことです。

仕事のことや将来のリスクといった、ともすれば堅苦しく小難しくなる内容をおもしろく、わかりやすく話すには高校生がおもしろいと思うポイントを知り、高校生にもわかりやすいというのはどんなレベルかを知る必要があります。しかも、おもしろいポイントやわかりやすいと思うポイントは学校やクラス、生徒によってさまざまです。相手の興味や理解度を把握して情報を伝えるのはビジネスの基本でもあり、コミュニケーション能力の向上にもなると私は思っています。

さらに、高校生の反応は素直です。おもしろければどんどんこちらの話にのめり込んできますし、授業が終わっても将来の仕事のことを話してくれます。逆につまらなければ、おしゃべりをはじめるか、寝るか、教室を出ていきます。自分が「おもしろくて、わかりやすい」伝え方をできたのかどうか、すぐにわかってしまいます。

会社の部下や就活生であれば、おもしろくないと思っていても態度には出さないかもしれませんが、高校生相手ではそうはいきません。多様性のある社会が求められる中で、立場も年齢も違う人たちにメッセージを残す力を磨くことは、多くのビジネスの場面でも求められる能力だと思います。

これからの日本を担う若者たちのために、実際に高校生たちと接し、サポートする大人が1人でも多く増えてくれることを願っています。