白馬にまたがった有名なナポレオンの肖像画。この絵の裏側には、ナポレオンの政治的意図が隠されていた。(ジャック=ルイ・ダヴィッド「ボナパルトのアルプス越え」1801年)

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いま、「美術史」に注目が集まっている――。社会がグローバル化する中、世界のエリートたちが当然のように身につけている教養に、ようやく日本でも目が向き始めたのだ。10月5日に発売されたばかりの新刊『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』においても、グローバルに活躍する企業ユニ・チャーム株式会社の社長高原豪久氏が「美術史を知らずして、世界とは戦えない」とコメントを寄せている。そこで本書の著者・木村泰司氏に、知っておきたい「美術」に関する教養を紹介してもらう。今回は、かのナポレオンが行った、美術品を使ったイメージ戦略について。

ナポレオンは白馬にまたがっていなかった!?

 美術品を自身のイメージ戦略に利用したことで有名なのがナポレオンです。ナポレオン自身は美術愛好家というよりも、美術品が持つ「力」を強く認識していた人物でした。絶対王政を築いたルイ14世も、自身の威光をフランス古典主義によって視覚化しましたが、ナポレオンも同様に、建築や美術のイメージの力を自分の政権と権力に結びつけ、自分の帝位と帝国のイメージ作りに利用する傾向が顕著でした。

 たとえば、皇帝になる前にジャック=ルイ・ダヴィッドに描かせた「ボナパルト(ナポレオン)のアルプス越え」は、実際は馬で峠越えできるような場所ではなく、ナポレオンもラバに乗って峠を越えました。それにもかかわらず、国家元首の象徴でもある白馬に前脚を跳ね上げさせ突撃の命令を下しているところから、ナポレオンのイメージ作りのための作品だったことがわかります。

 また、舞台になったのはアルプスのサン=ベルナール峠で、この場所自体がヨーロッパの中央を制圧したことを象徴しています。足もとの岩には同じようにアルプスを越えてイタリアに進軍した英雄たち、古代カルタゴの将軍ハンニバルと中世のローマ皇帝シャルルマーニュの名が刻まれています。

 ダヴィッドはこの絵の複製を少なくとも4枚製作し、弟子たちにも数枚製作させています。その結果、この肖像画は誰もが知る英雄ナポレオンのイメージとして定着しました。このイメージが、皇帝になる際の国民投票で有利に働かなかったわけがありません。まさにナポレオンは、現代の政治家のポスターにもつながる、イメージ戦略の先駆者だったのです。

 拙著『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』では、こうした美術の裏側に隠された欧米の歴史、文化、価値観などについて、約2500年分の美術史を振り返りながら、わかりやすく解説しました。これらを知ることで、これまで以上に美術が楽しめることはもちろん、当時の欧米の歴史や価値観、文化など、グローバルスタンダードの教養も知ることができます。少しでも興味を持っていただいた場合は、ご覧いただけますと幸いです。

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