容姿、学歴、収入。男のスペックは高ければ高いほど良い。

が、同じだけのスペックを女が持ち合わせたとき、果たしてそれは本当に幸せなのだろうか。

東大卒・外銀勤めの楓はいわゆる「ハイスペック女子」。

元カレ・敦に偶然遭遇するも、敦の隣に居たのは自分とは真逆の「にゃんにゃんOL」だった。

職場でも指摘されてしまった通り、「女子力」も世渡りには必須。そう覚悟を固めた楓はお食事会への参戦を決めるも、商社マンとの年収格差がわだかまりとなってしまった。

女子力を発揮するには、まずときめける相手を見つけることだと美里に諭され、食事会に再チャレンジするも・・・




「それでね、僕はタイでも事業展開したいんだよね。今さ、前よりだいぶマンション価格下がってるし、買い時だと思うからさ。」

「・・・へぇ、すごいですね!タイでもお仕事出来たら楽しそう。」

ータイのマンションとか、明らかに今供給過多じゃない・・・?今買うって、大丈夫・・・?

楓の心の中はクエスチョンマークだらけだが、ここで心に浮かんだ疑問を正直に口にすればまた、「何でもかんでも議論したがる女」になってしまうのでは・・・。

一瞬口から出かけた言葉を飲み込み、楓は教科書通り「さしすせそ」の「す:すごいですね」でなんとか返事を絞り出した。

正直、全く気持ちはこもっていない。

彼は典型的な二世くんだった。父親が不動産会社を経営しており、彼はそこで役員を務めている。

先週、お願いした通り美里はお食事会のセッティングをしてくれて、彼とはそこで出会った。

彼も楓と同じく食事とワインが趣味ということで意気投合し、彼から二人での食事に誘われた時には、楓は内心ガッツポーズを決めた。

そして今晩、彼と『エルバ ダ ナカヒガシ』でディナーだった。

素材そのものが持つ旨味が際立つ一皿一皿も、それに合わせてくれるワインのペアリングも最高で、食事そのものは完璧だった。

ー趣味は合うんだけど・・・

何なのだろうか、この違和感は。

彼は名前ばかりは役員だが、話を聞くとほとんど仕事はしていないようだった。平日も日中からゴルフや趣味の習い事で予定は埋まっているという。

「まあ国内だけだとこれ以上事業は大きくできないからさ。俺は積極的に海外展開を進めていきたいんだよね」

自分はほとんど何も事業自体には関わってないのに、まるで自分が会社を引っ張っているみたいな言い方だ。

楓は、もう一度曖昧に笑いながら頷いた。


楓が二世くんに感じる違和感とは?


それってあなた自身の実績なの?


「今晩は楽しかったです。次いつ空いてるかな?『茶禅華』って行ったことある?気になってるんだけど一緒に行かない?」

LINEに届いたメッセージを開き、楓はため息をついた。

ー『茶禅華』は興味あるけど・・・彼とじゃなくていいかな。

ディナーを終え2軒目に誘われた時、楓はどうも気が進まず、「明日早くて・・・」とありきたりな言い訳をして別れてしまった。

そして今、そのまま近所の馴染みのワインバー『Le Caviste』で一人酒をしているという訳である。



この前の商社マン達とのお食事会とは違い、今日の彼とは自分の好きなレストランやワインについて忌憚なく語り合えたのは楽しかった。

が、仕事の話となると、どうも頭の片隅に何かが引っかかる。

グラスの底でゆらゆらと輝く赤ワインをぼんやりと眺めながら、その違和感がどこから来ているのか考えてみる。

ー・・・ああ、そうか。この前の商社マンも、今日の2世くんも、同じだ。

楓より給料が低いことを僻む商社マンも、高給や役員という肩書によって実力以上の自信を持つ彼も、「自分が与えられているもの」で自分の価値を図っている。

男社会には明確なヒエラルキーがあるし、それが必要なのかもしれない。

ただ、女でありながら外銀という男社会に生きていると、そういう価値観が息苦しくなることが多々ある。

楓は、「群れのボス」になりたい訳じゃないのだ。

自分のやりたいことを一生懸命やっている人が、本当は一番幸せなはずだ。

たとえそれが「結婚する」「子供を産む」というような「普通の幸せ」だとしても。




そう思ったとき、先日元カレ・敦と遭遇した時に彼の隣に居た、いわゆる「にゃんにゃんOL」を見たときに無意識に考えていたことを思い出した。

「私は、彼女達より仕事で高いポジションに居る」
「私は、彼女達より高所得」
「私は、彼女達が手を伸ばしても届かないモノが自分で買える」

ー結局私も、商社マンや二世くんと同じようなものか・・・。

いくらそうやって比べたって、スペックが高かろうと低かろうと、幸せな人は幸せなのだ。

楓は「ハイスペ女子」としてのプライドに捕われて、自分自身の幸せを見失っていたのかもしれないと気づいた。


悩める楓の前に、ある男性が現れる。


4年ぶりに再会した、憧れの人。


「あれ、高野さん?」

楓は背後からの声に、また誰かに遭遇してしまったかとぎくりと振り返る。

が、そこに立っていたのは、同僚でも先輩でもなかった。

「・・・須藤さん!?」

「久しぶりだなあ、元気にしてるか?証券会社で働いてるって聞いたけど、高野さんがまさか同業になるとは思ってなかったよ。」

須藤はそう言いながら、カウンター席で楓の隣に座った。

白シャツにジーンズというシンプルな装いだが、無造作に袖をまくり上げ、どっかりと椅子にくつろぐ姿がこうもサマになるのは、彼という素材が良いからに違いない。

「そうなんです、まだまだペーペーですけど・・・」

頬が若干火照っているのは、飲み過ぎたせいだろうかー。

須藤と会うのは4年ぶりくらいだった。

楓が大学生の頃、趣味のワインの勉強も兼ねてワインバーでアルバイトをしていたのだが、そこの常連の一人が彼だった。

カウンター8席のみの小さな店だったが、近所に住む常連達に愛される温かな店で、楓自身も常連達に可愛がってもらっていた。

須藤は40代に入る頃だろうか。

楓が勤める証券会社と一二を争う大手の外資証券会社に勤めている、とその当時は聞いていた。

そのワインバーに須藤が来るのはいつも、23時をまわる頃で、飲み始める時にはピリピリした空気をまとっていても、楓や店主と軽く会話を交わしているうちにふわりと優しい雰囲気に溶けていく様子が印象的だった。




当時、楓は須藤に少なからず憧れを抱いていた。

楓が大学卒業後、外銀への入社を決めたのは、彼の影響が多分にあるだろう。

何気ない会話をしていても、知見の広さと頭の回転の速さが垣間見える彼が、どんな世界で生きているのか興味があったのだ。

「こんなところでバッタリお会いできるなんて、嬉しいです。」

「俺もだよ。高野さんが外銀行ったって店主から聞いて、元気にやってるか常連みんなで心配してたぞ。」

じんわりと胸に温かさが広がる。

日頃、分単位で自分の命を削るようにプレッシャーと戦い続け、歯を食いしばって弱音を飲み込むのには慣れたと思っていた。

同期や年の近い先輩たちも、同じように頑張っているのだから、私も、と。

が、今の仕事に就く前の自分を知る人に、こうして優しい声をかけられるとどうしようもなく胸が締め付けられる。

ふと、彼の薬指に目が止まった。

ーあれ、指輪が、無い・・・?

確か4年前、彼の薬指には常に指輪があった。

どくん。

「あの、今度、ゆっくり食事でも行きませんか?」

気付けば楓の口からは、自然と言葉がこぼれ出ていた。

▶NEXT:11月1日 水曜更新予定
楓にようやく恋の予感が。「ハイスペ女子」が恋すると一体・・・?