女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

大学時代からの仲良し3人組、あゆみと理香、そして沙耶。

未だ独身、広告代理店でキャリアを積む沙耶は、早々にママとなった理香、最近結婚したばかりのあゆみとどんどん疎遠になっていく。

プロモーションリーダーに抜擢され、仕事が楽しくて仕方ない沙耶。しかし、女の人生は突然狂う。

妊娠発覚により、実質的に後輩にポジションを奪われてしまったのだ。授かった命が優先だが、仕事も諦めきれない沙耶。

理香に悩みを打ち明けるも、「仕事なんかより育児の方が100倍大変」などと言われ、仕事をやめるよう勧められる。




なくなっていく居場所


「香織さん、プレゼン資料A案の件で相談したいことが…」

「香織、後で撮影スケジュールをもっかい共有してくれる?」

オフィスに飛び交う声が、沙耶の胸を刺す。

…本来ならば、「香織」の箇所には「原口」が入るはずだ。

某化粧品メーカーをクライアントとする新ブランドプロモーションの、リーダーを務めているのは「原口沙耶」なのだから。

沙耶自身は、産休ギリギリまで変わらず仕事をし、きちんと引き継ぎをして、また同じ職場に復帰したいと考えている。

実際、体調も安定しており毎日休まず出社もしている。

ただ、妊娠の事実を知る一部のチームメンバーからの配慮、そして、もうすぐ正式に夫となる隼人からもお願いをされ、最近はなるべく21時には帰社するようになった。しかしそれが、想像以上に沙耶の仕事を奪った。

代理店の業務は、クライアントからの変更依頼で二転三転する。そしてそれは、クライアント側の業務がひと段落した後…21時以降に降りかかる。そこから夜を徹して調整が行われ、沙耶が翌朝出社した時には状況が一変していることも多々あるのだ。

…まだ、生まれる前でこれなのだ。出産後、仕事復帰したとして、居場所などあるのだろうか。

-今の仕事と両立なんて、現実的に無理よ。

否定したいが、理香の言葉が重く、響く。


職場で少しずつ居場所がなくなる沙耶。その心境にも変化が。


変わっていく心


(1ヶ月後)

「…お先に失礼します」

小さく呟いた声は、20時を過ぎてもいっこうに人数の減らないオフィスの喧騒に掻き消された。

そっとフロアを後にして外に出ると、開放感が身を包む。もう風が冷たく感じられて、「おでんの材料でも買って帰ろう」などと考えた自分に、沙耶は苦笑した。

-こうやって、変わっていくのかな。

いつの間にか、会社を出るとホッとするようになっていた。

体力の限界まで仕事をしていた頃、家は寝るだけの場所と化していたが、過ごす時間が長くなると愛着も湧いてくる。自炊することも増えたから、食器類なんかも随分揃ってきた。

わかりやすい変化に自分でも驚くが、しかしそんな自分も嫌いじゃない。

思いっきり仕事した後や成果をあげた時に得られる快感とはまたちがう「穏やかな喜び」が、沙耶の身体中を満たしている感覚。

沙耶はこれから隼人と結婚し、子どもを育てていく。もう、自分のためだけに生きる日々は終わったのだ。

女の人生は、めまぐるしく変化する。そして、常に変容を求められる。

-今は自分と隼人、そして授かった新しい命を守るために生きればいいんだ。

「今日はおでんだよ」と隼人にLINEをしながら、沙耶は自分を納得させるようにそう言い聞かせるのだった。



寝室でウトウトしていると、枕元に置いたスマホが鳴った。

“沙耶、週末会える?”

差出人は、新婚のあゆみ。理香に対する愚痴を聞いて以来、久しぶりに届いたLINEだったが、絵文字一切なしの短い文面から、どことなく不穏な気配が感じられる。

“大丈夫だよ!どうしたの?”

最近は休日出勤もほとんどなく、休みの日はもっぱら家を整えたり、のんびり過ごしている。すぐに返信したが、あゆみは多くを語ろうとしなかった。

“ありがとう。じゃあ、日曜ね”

新婚で幸せいっぱいのはずの彼女に、何があったのだろう?考えを巡らせて、沙耶ははた、と気がついた。

そういえばまだあゆみには、妊娠のことも隼人との結婚についても、何も話していない。




グランドハイアット東京の『オークドア』で待ち合わせたあゆみは、前に会った時とは正反対の空気を纏っていた。

一目で、何か良からぬことが起きたのだろうとわかる。

「どうしたの?何か問題でも起きた…?」

彼女の神経を刺激しないよう、できうる限りの穏やかな声で沙耶がそう尋ねると、あゆみは愛らしい顔を歪め、そして想像もしていなかった言葉を口にするのだった。

「実は私、離婚を考えてるの」


あゆみにまさかの離婚危機!?それを聞いた沙耶の、咄嗟の行動


女ともだちが、弱みを見せる相手


「…え?」

-離婚?ついこの間、結婚したばかりで?

あまりの衝撃に、沙耶は咄嗟に言葉を紡ぐことができなかった。

「ど、どうしたの?何で、急に?」

あゆみは昔から感情の起伏が激しく、両極端なところがある。今回のことも一時の気の迷いである可能性が高いが、とにもかくにも事情を聞いてみないと何のアドバイスもできない。

「急にってわけでもないの。一緒に暮らし始めてすぐに気づいたんだけど、結婚生活って女の負担が倍増するの。当初は悠太が家事をしてくれることもあったけど、最近は全くだし…。

そもそも私と悠太って同じ会社で、稼ぎもほぼ同じなのよ。それなのに、私だけに家事負担が降りかかってくるのっておかしいでしょ?もう、限界」

よほどの不満が溜まっていたのだろう、あゆみは一気にまくし立てると、身体中から吐き出すようにして大きなため息をつく。

そして、まるで沙耶を諭すかのようにあゆみはこんなことを言うのだった。

「沙耶は正解よ。自立できる女は結婚なんかしない方が絶対に楽。心地よく過ごせるパートナーさえいればいいのよ」

「そう、かしらね…?」

そのあゆみの言葉に、沙耶は彼女の「意図」を見た。

だから咄嗟に、自分が妊娠していること、そして間もなく結婚し「妻」となる事実を隠してしまった。

女が弱みを見せるのは、自分と同じカテゴリーに属する相手だけだ。

あゆみが今日沙耶を呼び出し、離婚危機の悩みを相談したのは、沙耶を同類に見ているからに違いない。実際に離婚して「独身」に戻ったとしても、沙耶もまだ「そっち側」にいるわよね、という確認…。

「でもほら、悠太くんとちゃんと話し合ってみたら?あゆみがそれほど追い詰められてると分かれば、彼ももう少し協力的になるかもしれないんだし」

あゆみが早まった決断をしないよう、沙耶は必死で修復を試みる。

それは彼女の未来を心から心配しているからに違いないが、自身が隠し事をしているやましさを拭い去るための行為のようでもあった。

「ほんと、仕事と家事の両立がこんなに大変だとは思わなかった。これで子どもなんて産まれたら、どうなっちゃうのって思うわ。…そう考えると、やっぱり理香みたいに専業ママになれる環境を選ぶのが、女として賢いのかもね」

ため息交じりに呟くあゆみに、沙耶はなんといって声をかけていいかわからなかった。

今彼女が直面しているであろう悩みも、戸惑いも、葛藤も。立場は違えど痛いほどに理解できるからだ。

「…女って、生きづらいね」

ぽつりと漏れた沙耶の本音に、あゆみは黙って頷いた。

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最終回 。それでも女の友情は続いていく。