モバイクの車体にはGPSが搭載され、アプリで近くにある車両をすぐに検索できる。(写真提供=モバイク・ジャパン)

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中国で爆発的に普及している「シェアサイクル」。街中にある自転車をその場で借り出し、好きな場所に乗り捨てられるサービスで、非常に利便性が高い。今夏、大手各社が日本上陸を発表したが、サービスの本格展開が遅れている。理由はなにか。ルポライターの安田峰俊氏がその事情を追った――。

■好きな場所で借りて、どこでも乗り捨て可能

シェアサイクルは、この数年のうちに中国ですっかり市民権を得た新たなビジネス・イノベーションだ。スマートフォンがあれば、街中にある自転車をその場で借り出せる。利用が終わったら、街中に乗り捨ててもいい。「店舗」は存在せず、目の前の自転車を借りて、好きな場所で返せるという便利なサービスだ。

各社により細かな違いはあるが、利用者はおおむね事前に専用のアプリをインストールしたうえで、自転車の車体のQRコードにスマホをかざして解錠する。大手各社(モバイク、ofo、ブルーゴーゴーなど)の中国国内のサービスでは、目的地に到着すれば車両はその場に乗り捨てて構わない。事前に99〜299元(約1700〜5000円)ほどのデポジットを払っておけば、利用料金は30分あたり0.5〜1元(約8〜17円)程度と極めて安価だ。

シェアサイクルの利便性が際立つのは、乗り換えが微妙に不便な駅と駅の間の移動や、駅から自宅・オフィスなどへの移動である。公共交通機関ではカバーしづらい「最後の1キロ」の移動を安価に実現するわけである。

シンクタンクiiMediaのリサーチによると、2017年の中国のシェアサイクル市場規模は102.8億元(約1733億円)、利用者は2.09億人に達する見込みという。今年7月時点で中国全土に1600万台が投入され、年内の2000万台突破も確実視されているとの報道もある。サービス登場からわずか2年ほどで、信じ難い急成長を遂げているといえよう。

■各社の日本上陸と意外なもたつき

こうした中国のシェアサイクルは、今夏、大手各社が日本上陸を発表している。今年6月にはモバイクが福岡市に日本法人を設立し、市の関係者らと共同記者会見を開催した。8月23日からは札幌市で試験的にサービスを開始している。また8月には同じく大手のofoがソフトバンクC&Sと提携して9月から東京や大阪でサービスを開始すると発表した。

筆者は主に中国でモバイクを使っているが、非常に利便性の高いサービスだと感じる。日本でも同様のサービスがあれば、多くの消費者が歓迎するはずだ。たとえば都心における東京駅・銀座・日本橋周辺、大阪の心斎橋・なんば・天王寺周辺の各駅間の徒歩移動はけっこう面倒くさいが、シェアサイクルで動き回れればかなりラクになるだろう。

……だが、筆者の期待もむなしく、その後の中国シェアサイクル各社の日本市場での動きは鈍い。10月10日現在、モバイクは札幌でのローンチ以降のニュースがほとんど聞こえてこず、ofoも「公約」したはずの9月中のサービス開始が果たせていない。今回の記事では、中国的イノベーションが日本で二の足を踏む現状と、その背景から垣間見える中国シェアサイクル・ビジネスの真の姿について追っていきたい。

■ofo「サービス開始の結論はまだ」

「ofoが日本国内で具体的にどのような形で展開するかは、現時点ではお伝えできませんが、10月中にあらためてプレスリリースを出したいと考えています。9月中のサービス開始は難しくなりましたが、10月以降に早期に開始できるよう努力しているところです」

9下旬、筆者の電話取材にそう回答したのは、ofoの日本側パートナーであるソフトバンクC&Sの広報担当者だ。もっともこの担当者は「東京や大阪で行政と調整中ですが、サービスを開始するかの結論はまだ出ていません」とも述べており、開始までのハードルがまだ高いことを感じさせた。

もたつきについて、事情を知る別の日本人関係者はこう言う。

「ソフトバンクの孫正義社長は、ofoに出資する中国IT大手アリババのジャック・マー会長を見出した人物。2人はアリババの創業直後から18年間の付き合いで、極めて信頼関係が強い。ofoの日本進出もこのルートから話がはじまったようだ。日本国内ですでにテストサービスを開始したライバルのモバイクとの競合もあって、ofo側は早期にサービスをはじめたいようなのだが……」

だが、ofoのあせりにもかかわらず、行政側との調整には時間がかかっている。その間、日本のテレビ番組では、中国でシェアサイクルが流行した結果、放置自転車問題が浮上していることがたびたび報じられている。

「放置自転車問題については、日本の弊社側で対策を考えていく方針です」(ソフトバンクC&S)

中国式の「どこでも乗り捨て」は、日本では難しい。日本市場でのofoは他のサービス形式を模索せざるを得ないのだが、具体的な方法が見えづらい状態にある。

なお、ofoは上記取材後の10月16日、日本向けのツイッターアカウント@JapanOfo を開設して専用アプリをリリース。東京や大阪の倉庫内にofo車体の存在がGPSで確認されたこともあり、「ついに日本上陸が決まった」とSNSなどで話題となった。だが、筆者が追加取材をおこなったところ、上記の担当者はこう述べる。

「具体的なサービス内容、実施の都市を含めてまだ調整中です。11月ごろをメドに発表できればと考えているのですが」

まだ、正式なサービス開始までの道のりは遠いようだ。

■「お膝元」福岡でサービスがはじまらないモバイク

今年6月22日、モバイクは福岡市内でモバイク・ジャパン株式会社の設立を発表している。同日おこなわれた記者会見では、モバイク本社の海外展開統括担当クリス・マーティン氏、福岡市地域戦略推進協議会の事務局長、福岡市総務企画局理事の3人が登壇した。『Business Insider Japan』の記事によれば、モバイク側は「今後、モバイクは福岡市をかわきりに多くの人々の生活に寄り添いながら、日本全国へと展開を広げていきます」と説明したという。

だが、その8月にモバイクがサービスを開始したのは北海道札幌市だった。さらに記者会見から約4カ月を経た現在になっても、福岡市内でサービスがはじまる様子は見えない。モバイク・ジャパンの広報担当者は書面での問い合わせに対して、6月の記者会見の時点では、福岡市内に複数のポート(駐輪スペース)を設ける形でのサービス展開を「予定していました」と回答している。

「イノベーションに対して非常に積極的に導入を進められている福岡市や福岡地域戦略協議会(以下FDC)との協議によって、福岡へ本社を設立させていただきました」

回答書面によると、「各国の法律や文化慣習に合わせてサービスをローカライズし、責任ある運営をすることは世界中で必須であると考えています」とのことで、中国国内のような「どこでも乗り捨て」の形式は当初から想定せず、福岡での展開を目指していたようだ。

一方、福岡市に問い合わせてみると、モバイクとの微妙な距離感も感じさせる。

「6月の記者会見の時点では、具体的なことは特に決めない状態で、福岡からサービスを開始することも決まっていなかった。ただ、モバイク・ジャパン本社の拠点を置くということが決まったので、記者会見をした形です」(福岡市総務企画局企画調整部)

福岡市はモバイクからサービス開始の働きかけがあったことは認めたものの、6月の記者会見についてこう説明する。なお、ネット上には「福岡市長の反対があった」「条件が合わず物別れになった」とするうわさもあるが、市の担当者はこうしたうわさを明確に否定した。放置自転車問題への懸念は伝えたが、展開を止めるように命じた事実はないという。

「札幌(後述)の場合、地域のドラッグストアやコンビニエンスストアが駐輪場の一部を
モバイク向けのポートとして提供する形で話がまとまったようです」(同部)

あらためてモバイク側に、福岡市内でサービスが開始されていない理由を聞くと「福岡市や関係各社と協議を十分重ねた上で、できる限り早い段階での展開を実現できれば」という回答だった。やはり、ポートの確保をめぐる各方面との「協議」の難航が、福岡での展開が遅れている原因なのだろう。

※10月27日追記:福岡市のコメントについて部署名が間違っていました。初出では経済観光文化局企業誘致課としていましたが、正しくは総務企画局企画調整部です。訂正します。

■札幌での「微妙」な普及状況

こうした「難航」の結果、モバイクが今年8月に日本初のサービスを始めたのは札幌となった。ビジネスコンベンションの「No Maps 2017」が仲立ちとなり、行政や地元企業に働きかけを進めたことで開始が実現したのだ。ローンチイベントは全国メディアで報じられ、東京からわざわざライド体験に来る人も出るほどの盛況だったという。市の担当者は言う。

「札幌市は先進的取り組みをおこなう企業の誘致を進めており、モバイクとの話が進みました。サービス開始後も、特に市民からの苦情はなく、問題が起きたという話も聞いていません」(札幌市経済観光局ITクリエイティブ産業担当課)

とはいえ、現時点でのサービス展開地域は札幌駅から北西に1キロほど離れたJR桑園駅−琴似駅の周辺で、札幌駅前やテレビ塔など市内中心部はエリア外になっている。ポートは地場のコンビニであるセイコーマートやドラッグストアのサツドラの駐輪場を用いる形となっている。

これでも、借りた店舗に車両を返さなければいけない従来のレンタサイクルよりも利便性は高いだろう。だが、エリア的に観光需要は望めず、かといって地域住民にとっても、出発地と目的地の付近にポート設置店舗がなければ、シェアサイクルの本来の利点である「最後の1キロ」の移動ニーズを満たせない。事実、ある札幌市民はこう話す。

「地域も車両数も現時点では限られていますから、正直なところ、札幌市民の間でモバイクの認知度はまだまだ。進出後のトラブルはほとんど起きていませんが、一方で積極的に使っている人も、あまりいないみたいなんです」

なんとも寂しい状況だ。筆者が取材したところでは、なんとモバイクとの折衝にたずさわった市の職員自身も、アプリはインストールしたもののまだ現物に乗っていないという。エリアが市内の中心部から外れていることもあって、市民の関心はまだまだ低い。

モバイク側は「駐車スペースのエリアは拡大しており、その利便性は常に向上しております」「札幌でご利用いただいている方々からは非常に好意的なコメントをいただいております」と述べる。なんとか、もう少し利用状況が活発になってほしいところだが……。

■「日本は何事も極めてルール通り」

日本市場におけるモバイクとofoのもたつきは、9月末ごろから中国側のメディアでも指摘されるようになった。例えば在日中国人ジャーナリストの徐静波氏は、中国のビジネスニュースサイト『億欧』に「なぜ、中国のシェアサイクルは日本での成功が難しいのか」と題した寄稿をおこなっている。その一部を、要点をかいつまんで紹介しよう。

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仮に中国であれば、投資会社の経営者が何人かで集まって酒でも飲んでなにかアイデアを思いつけば、あっという間に実現に移る(いっぽうで当初の段階では、法規への合致や行政から承認を受けることについてそこまで深く考えないのだが)。
しかし日本は何事も極めてルール通りにやる保守的な国家であり、新しいことをやる前にはまずは法的に問題ないかを確かめ、さらに行政や警察に相談する。日本において「まずはやってみる」というタイプのイノベーションは、単なるメチャクチャなルール違反であるとみなされる。
モバイクもofoもすでに日本の法規の壁にぶつかっている。なにより難しいのは、日本における放置自転車問題への厳しさだった。中国と同じようにそこらじゅうに駐輪させてしまえば、1日の撤去の罰金だけでもとんでもないことになるだろう。
モバイクやofoは当初、セブン-イレブンやファミリーマート、ローソンなどのコンビニと提携したシェアサイクルのポート設置を考えていた。だが、ポートを貸してくれるほど広い駐輪スペースを持つのは田舎の店舗が多いのであり、車社会でシェアサイクルの需要は低い。対して大都市圏の店舗では駐輪スペースが少ないうえに借り賃が高額になるのだ。採算は合わない。

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また、徐は、(1)日本では自転車を自分で所有する人が多くシェアサイクルの需要が中国ほど高くないこと、(2)事故の可能性が上がる自転車通勤を忌避する職場もあること、(3)保守的で中国への警戒心も強い日本社会で中国企業が地方行政の積極的な協力を得るのは難しいことなどを指摘しており、モバイクやofoは日本での成功が望めないとも述べる。おおむね的を射た指摘だろう。

■「チャイナイノベーション」の成功は中国ならでは

ここ数年、中国のIT企業は大いに力を付けている。シェアサイクル以外でも、アリババがスマホ決済システムの日本人向けサービス開始を発表、さらに良質な格安携帯やウェアラブル端末で知られるシャオミが日本進出を発表……と、日本をはじめ各国で中国式サービスを展開している。

だが、すでに見てきたように、シェアサイクルは放置自転車規制がユルく、大量の人員を確保して自転車を回収できる中国のような国だからこそ「便利」なサービスとして発展した側面が大きい。

また近年の中国で普及したスマホ決済システムも、店舗でモノを買うだけなら、日本や香港・台湾で普及する非接触型ICカード(Suicaなど)のほうがずっと便利だ。アプリの立ち上げ、QRコードの読み取り、金額の入力と手続きには面倒がともなう。

中国でスマホ決済がローカル市場まで普及しているのは、新たに機器などを設置しなくても、QRコードを店頭に貼り付けるだけで導入できるからだ。また、それまで中国には全国をカバーするような送金システムが整っておらず、スマホ決済がそうした機能を代替した側面がある。

注目を浴びる「チャイナイノベーション」は、中国社会が昔ながらの発展途上国的な社会ルールやインフラ不足を多く残していたところに、突如として都市部のスマホ普及率が9割を超える「サイバー社会」がやってきたことで生まれたともいえる。いずれのイノベーションも中国国内に限れば「便利」なのだが、すでにルールやインフラが整っている先進国に、そのまま持ち込むのは無理があるものも多い。

日本社会の極端な保守性や決定速度の遅さと、発展途上国の社会に最適化しすぎた「チャイナイノベーション」――。モバイクやofoの日本展開が停滞している理由は、日中双方にそれぞれ事情が求められる。筆者としては中国国内におけるシェアサイクルの利便性をよく知っているだけに、なんとか頑張ってもらいたいと思うのだが、日本で気軽に乗れるようになる日は来るだろうか。

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師
1982年滋賀県生まれ。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。在学中、中国広東省の深セン大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。鴻海の創業者・郭台銘(テリー・ゴウ)の評伝『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)が好評発売中。

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(ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師 安田 峰俊)