私たちは、東京にいる限り夢を見ている。

貧しい少女にガラスの靴を差し出す王子様が現れたように、いつかは幸せになれると。

だが必ず、自分が何者でもないと気づかされる時が来る。

神戸から上京し、港区女子へと変貌を遂げる真理亜と、その生き様を見つめる彩乃。

彼女たちが描く理想像は、現実なのか、それとも幻なのか...

年上の彼氏の影響で日々派手になる真理亜。その一方で何も変われない彩乃だった。




変わり始めた二人のシンデレラ


東京の街を高層階から眺めていると、不意に自分がちっぽけな人間に思えて仕方ない時がある。

この街に飲まれていくような、不思議な感覚。

そんなことを思いながら窓から見える景色を眺めていると、背後から声が聞こえた。

「彩乃ちゃん、ごめんね〜。お待たせ!」

ザ・リッツ・カールトン東京にある『ザ・ロビーラウンジ』に15分も遅刻してやって来た真理亜を見て、私は思わず彼女の手元から目が離せなくなる。

真理亜の手元には、25cmのバーキンが君臨していた。

「それどうしたの?買ったの?」

聞くのも少し憚られるが、聞かずにはいられない。だって、24歳で、1個100万もするカバンを買える訳がないから。

「あ、これ?この前神戸の実家に帰った時に、ママの物を勝手に借りてきたの。」

ママの物?その回答に、違和感を覚えるのは私だけだろうか。


24歳で“ママ”のバーキンを持つ女。それは嘘なのか真なのか


幸せになれるシンデレラvs幸せになれないシンデレラ


-ママの物を、借りてきた...?

アフタヌーンティーをオーダーする真理亜を見ながら、また妙な悔しさと嫉妬で胸がぎゅっと締め付けられる。

嘘に決まっている。

誰かに買ってもらったとしか思えないのに、平然と“親の物”だと言う真理亜。このカマトトっぷりは何なのだろう...それとも、まさか本当なのだろうか?

「ふーん、そうなんだ。」

そう言いながら平静を装うとした時、 真理亜の悪意なき一言に、私の心臓はまるで鋭利な刃物で突き刺されたかのような衝撃を受けた。

「彩乃ちゃんのご実家にも、お母様が持っているバーキンが、一つか二つくらいあるでしょう?」

真理亜の声がぼんやり耳の奥で響く。

ザ・リッツ・カールトン東京の45階から見える東京タワーは、いつの間にか全てを灰色に包み込む厚い雲に隠れ、見えなくなっていた。




同じ東京で生きていても、様々な生き方がある。

一生懸命、階段を一つ一つ登らなければ頂上にたどり着けない人もいる一方で、あっさりとヘリコプターか何かでルーフトップに降り立つ人もいる。

貧しいシンデレラは、意地悪な継母たちに嫌がらせを受けながらも、健気に生きていた。

そんなシンデレラの美しい心に王子様は惹かれ、二人は末長く幸せに暮らした。

しかし現実に、そんなハッピー・エンドなんてあるのだろうか?

頑張っても頑張っても、報われないこともある。自分一人の努力だけではどうしようもない格差が、この東京にはあるのだ。

人生、そんなハッピーなことだらけではない。人は悩むし、傷つく。そして人と比較する。

真理亜はバーキンを持っているのに、私は持っていない。

彼女は良い家に住み、有名でお金持ちな彼氏もいるのに、私には何もない。

顔だけで比較したら、たしかに真理亜には少し劣るかもしれないけれど、悪くはないはずなのに。

真理亜といると、自分に足りない物ばかりに目がいってしまう。そして心の中で、何かが大きく音を立てて崩れていくのだ。

「でもさ、その年齢でバーキンって似合わないよね。」

自分でも、何に対抗しているのか分からなくなってくる。でも24歳で、100万もするカバンは不釣合いなことに間違いはない。

そんな私の言葉なんて全く気にもとめぬ様子で、真理亜は平然と紅茶をすすっている。

私は常に、他人の視線を気にして生きている気がする。常に自分がやりたいことではなく、“世間体”を気にして生きてきた。

他人からどう思われるかが大事であり、“羨望の眼差し”を浴びた時に自分にも価値があると認められたような気になるのだ。

でもきっと、真理亜はそんなこと気にしてない。

-彼女は一体、今後どう化けていくんだろう...

目に見えぬ嫉妬に苛まされながら、六本木の午後は静かに過ぎていった。


東京で勝者になるために。小さな努力よりも簡単な鍵とは?


舞踊会が行われる城への切符を、手に入れる方法


翌日、丸1日真理亜のことが頭にチラついて仕事に集中できなかった。

何か、私は根本から間違えた気がする。

そんなことを考えていると、夕方突然上司から呼び出された。

「彩乃ちゃん、この資料明日の朝までに仕上げてくれる?」

今夜は、学生時代の友人が開催してくれる食事会に参加する予定だ。前から楽しみにしていたし、今日は厳しい。

「え?これを明日までにですか...?さすがにそれは... 」
「ごめんね、今度必ず埋め合わせするから!宜しく。」

そう言って先輩は颯爽と去っていた。一人会社に残され、徐々に帰る同期や先輩たちに挨拶をしながら、一人で黙々と作業を進める。

結局その日は食事会にも行けず、帰宅後も資料作成を続け、寝たのは深夜の3時前。

翌朝目の下にクマを作りながら先輩に資料を渡しに行くと、想像もしていなかった一言を浴びせられる。

「あ、ごめん。その資料、もういらないから。」




ふと真理亜の言葉が頭に浮かぶ。

-権力者に気に入られた者が勝つ...

フォトグラファーの彼氏の口利きで就職した真理亜は、最近仕事が順調だという。何故なら上の人たちも皆真理亜に気を使っているから。

縁故採用ならぬ彼氏の権力採用。就職活動も何の苦労もせず、ましてや仕事をしてからも余裕綽々とばかり楽しそうに働いている。

真理亜は東京に来て、すぐに舞踊会が行われる城への切符を手に入れた。

一方の私は、そのアクセス権さえないことを思い知る。

東京にいるからって、誰もがお姫様になれる訳ではない。

王子様に見初められぬ限り、永遠に三流の庶民で終わる。

携帯を握りしめ、気がつけば音楽業界の有名人、松田さんにLINEをしていた。

-誰か、松田さんの周りで彼女を探している人いらっしゃいませんか?紹介してください

真理亜が言っていたことの意味が、分かった気がする。

そしてこの日から、私の中で何かが変わり始めていた。

▶NEXT:10月31日火曜更新予定
遂に動き始めた彩乃。果たして彼女の選ぶ道は吉なのか、凶なのか...