インスタグラムからやってきた「デジタル幹部」の「アナログ戦術」

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広告予算の60%以上をデジタルに投資、EC化率を45%も増やした日本ロレアル。デジタルマーケティング戦略の鍵はCDOの「アナログな人間関係」にあった。

「実は泥臭い話ばかりでして」。照れ笑いを浮かべる長瀬次英の経歴は、一見、泥臭さとは対極にある。

KDDIやユニリーバなど大手企業を渡り歩き、フェイスブックでブランドビジネス開発、インスタグラムでは日本事業責任者。そして2015年、日本の企業としては初となる役職、CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)として日本ロレアルに入社した。デジタル戦略の責任者となった長瀬だが、意外にも仕事の鍵はアナログにある。

フランスに本社がある世界最大の化粧品会社ロレアルのグローバルCDOから長瀬が日本のCDO就任に際して求められたミッションは、次の3つの数字だった。

「20、50、100」

長瀬が説明する。

「本社は”No.1ビューティーカンパニーby2020”という目標を掲げており、そのための課題として、まず全売り上げに占める『オンラインの売り上げ比率を20%にする』こと。次に、LINEなどSNSによるソーシャルを含めて『全顧客との直接的な関係を構築できる比率を50%にする』こと。そして消費者の『エンゲージメント率を100%にする、100%LoveBrand』。買いたいと思ったときに、すぐに想起して手に取ってもらえるブランドになることです」

一方で、デジタルで挑戦するには難しい業界だと長瀬は思っていた。

「女性はメイク商品を買う場合、オンラインの情報だけでは判断しません。特に高価格帯のモノに関しては、お店で肌に合うか試して納得したい。これはVRやARがどれだけ発達しても変わらないでしょう」

アマゾンなどのeコマースのように、価格やランキングで客に購買の判断をさせるものとは性質が違う。そこで彼は、消費者が「買う」という行動をとる、その前後も含めた大きなストーリーに入り込むことにした。

「商品を知ってから購入するまでの間のタッチポイントは、ブランドや地域や天候によって変わりますし、お店に行ったときにインスタ映えするパッケージだったら、きっとインスタに投稿したくなるでしょう。購入の前後にデジタルでフォローアップすることで、お客様に近づくことができる。アナログな購買行動の前後で、デジタル上のブランド体験を手厚くするのです」

デジタルという一瞬の関わりを、eコマースのような購入手段だけではなく、コミュニケーションに利用していくのだ。そのために、アメリカのソーシャルリスニングツール「スプリンクラー」が日本に進出すると、長瀬はすぐに問い合わせた。すると先方から電話があり、営業担当者の声を聞くと、長瀬は「あれ、もしかして」と驚いた。知り合いだったのだ。というより、常日頃から足で稼いで仕事をしてきたせいか、あちこちに人脈ができ上がっていると言った方がいい。

彼は経営会議にスプリンクラー側から3人を参席させて、プレゼンを行わせた。画面上に「メイベリン」などブランド名を入れると、SNS上でのつぶやき、性別、年齢、写真が次々と現れる。経営陣が画面に釘付けになり、スプリンクラーの導入が決定した。

16年、eコマースの収入の伸びが前年比で45%も増えると、世界中のロレアルが日本に倣い、スプリンクラーを導入。消費者の声は、マーケティングだけでなく商品開発にも影響していった。

思えば、彼がやってきたこれまでの仕事も、自ら顧客に入っていくことだった。インスタグラムではカメラを学び、例えば写真マニアのコミュニティに入り、写真やその作品の面白さを知り、そして写真の楽しさは共有でき楽しめるものだと伝え広めてきた。あるいは広告代理店の幹部など、自分の父親ほどの年齢の人々を訪ね歩いてはスマホを取り出し、インスタグラムを体験させ知ってもらう。