北海道コンサドーレ札幌のMF稲本潤一【写真:Getty Images】

写真拡大 (全2枚)

投入直後に訪れたあわや同点の大ピンチ

 北海道コンサドーレ札幌が15戦目にしてアウェイ初勝利をあげて、16年ぶりのJ1残留へ王手をかけた。味の素スタジアムで行われたFC東京との21日の明治安田生命J1リーグ第30節で、FWジェイがあげた2ゴールをチーム一丸となって死守。あわや同点のピンチを迎えた後半31分には、直前に投入されていたMF稲本潤一がこん身の帰陣から会心のパスカットに成功。38歳になったベテランの濃密な経験値と状況判断力が凝縮された、語り継がれていくプレーに迫った。(取材・文:藤江直人)

----------

 ファーストタッチで大仕事をやってのけた。あわや同点の大ピンチを防ぎ、開幕からアウェイで苦戦を強いられてきた北海道コンサドーレ札幌に、待望の初勝利を導いた影のヒーローはわずか1分前に投入されていた38歳のベテラン、MF稲本潤一だった。

 間断なく雨が降るFC東京のホーム、味の素スタジアムに乗り込んだ21日の明治安田生命J1リーグ第30節。2‐1とリードしていたコンサドーレは後半30分に稲本を投入して中盤の守備を締めながら、チャンスと見るや積極的にダメ押しとなる3点目を奪いにいった。

 数的優位を作って左サイドを崩し、最後はMF石川直樹がクロスを上げる。ターゲットは後半2分、14分と2ゴールをあげていたFWジェイ。しかし、キャプテンのMF高萩洋次郎が必死の守りで190センチ、89キロの巨漢ストライカーとの肉弾戦を制した。

 そして、50メートルで5秒8の快足を誇るFW永井謙佑へ一縷の望みを託して、ペナルティーエリアのやや外側から50メートル近くもあるロングパスをFC東京から見て左サイドへ蹴り込んだ。頭上を通過していくボールを見た瞬間、稲本は「危ない」と閃くものを感じていた。

「永井のプレースタイルはわかっていましたし、おそらく速さで菊地(直哉)が背後から(ボールを)取られると予想できたので」

 ロングパスに対応したのは、3バックの右を務める菊地直哉。しかし、稲本が危惧した通りに、パスが出されたときは5メートル以上もあった永井との距離がみるみる縮まっていく。そして、ペナルティーエリアの左側のあたりでついに追いつかれ、後方からプレッシャーを受ける。

 トップスピードで走ってきた反動もあって、菊地はたまらずバランスを崩してしまう。すかさず永井がボールを奪い、コンサドーレのゴールへ向かって右へ急旋回する。3バックの中央を務める横山知伸も永井の脅威に対応するため、慌ててポジションをシフトしてくる。

 このとき、コンサドーレから見て左サイドには広大なスペースが生じていた。本来ならばそこにいるべき福森晃斗は前線での崩しに参加していて、まだFC東京のゴール前にいた。相手の守備陣に生じた一瞬の隙を百戦錬磨の36歳、FW前田遼一が見逃すはずがない。

ベテランの戦術眼。「しっかりと周りを見ることができていた」

 そして、反対側のタッチライン際から抜け目なくオーバーラップしていく前田の姿を、福森のポジションを埋めるべく、敵陣の左サイド寄りにポジションを取っていた稲本はしっかり視界にとらえていた。

「(前田が)完全にフリーでしたし、永井のほうにウチの2人がいっていた。あの場面では、ゴール前へ帰れるのが僕しかいなかった。リスク管理じゃないですけど、しっかりと周りを見ることができていたと思うし、上手く帰っていてよかったな、というシーンでしたよね」

 ドリブルを仕掛ける永井の視界には横山と体勢を直して追ってきた菊地に加えて、ペナルティーエリアのなかへいままさに侵入しようとしていた前田の姿が飛び込んできた。

「シュートを打とうと思ったら、遼一さんがフリーで走っているのが見えたので」

 同点ゴールを奪うためのベストのシナリオとして、ペナルティーエリア内を横切る緩やかなパスを選択した。50メートル近い距離をトップスピードで戻ってきていた稲本の姿は永井も、そしてシュート体勢に入ろうとしていた前田もとらえていなかったのだろう。

 交代でピッチに入った直後とあって、ピッチ上の誰よりもフレッシュだった稲本は一気にギアをあげて、ボールと前田の間に、死角を突くように入り込んだ。まさに虚を突かれたのか。稲本のユニフォームを引っ張ること以外には、前田にはなす術がなかった。

「よし来た!」

 心のなかでこう呟き、ガッツポーズも作った瞬間にはスピードを緩め、クリアではなくパスカットから菊地へのバックパスを選択できるほどの余裕まであった。

「その後もしっかりとボールをつなげた点でもよかったですね。勝っている状況で、ああいうプレーを求められていたと思うので」

新潟戦、脳裏に刻まれた悔恨のシーン

 脳裏には悔恨のシーンが刻まれている。川崎フロンターレに所属していた2014年12月6日以来となるJ1のピッチに立った、9月23日のアルビレックス新潟戦。後半36分にジェイとの交代を告げられた時点で、コンサドーレは2‐1とリードを奪っていた。

 状況はFC東京戦と酷似していたが、その後の結果は対照的だった。残り3分でアルビレックスのルーキー、FW河田篤秀に痛恨の同点ゴールを押し込まれてしまう。クロスを送ったDF小泉慶に気を取られ、河田に背後へ走り込まれた稲本は悔しさを込めて天を仰いでいる。

 ブランクがあったうんぬんは関係ない。ベンチから求められた仕事を完遂できなかった忸怩たる思いを、次なる機会を得たときにぶつけようと心に誓った。

「新潟に追いつかれているので、その点ではしっかりと集中できたかなと。僕自身もいい状態をキープできているし、チーム自体もすごくいい状況になってきているので」

 アルビレックス戦は無念のドローに終わったが、続く敵地でのサンフレッチェ広島戦を1‐1で引き分け、得意とするホームに柏レイソルを迎えた前節は3‐0で快勝。そして、3分け11敗と鬼門と化して久しかったアウェイで、実に15戦目にして歓喜の雄叫びをあげた。

 上位争いとも残留争いとも無縁の中位につけるFC東京は、指揮官交代というカンフル剤も効果を得ず、3試合続けて白星から遠ざかっていた。

「FC東京さんとのモチベーションの差がゲームの差に出たかな、というのは外から見ていても感じました。向こうが上にも行けず、下にも行けずという状態でやっているなかで、僕たちは球際を含めた戦う部分で、技術ではなくそういう部分で勝てた試合だったと、90分間を終えて思いました」

約1年3ヶ月の空白期間。過酷なリハビリを後押ししてくれたもの

 ダブルボランチの一角で臨んだ2002年のワールドカップ日韓共催大会。ベルギー代表とのグループリーグ初戦で、一時は逆転に成功するシュートを決めて、日本中を熱狂させてからちょうど14年後の昨年6月4日に、まさかの悪夢に見舞われた。

 札幌ドームで行われたジェフユナイテッド千葉との明治安田生命J2リーグ第16節に先発するも、前半17分に右ひざを負傷して退場を余儀なくされる。精密検査の結果、右ひざの前十字じん帯断裂で全治8ヶ月と告げられた。

 残りのシーズンを棒に振り、5シーズンぶりのJ1昇格の喜びもピッチで共有できなかった分だけ、今シーズンにかけていた。開幕に照準を合わせ、実戦練習に部分合流していた1月下旬の沖縄キャンプでは、こんな言葉を残してもいる。

「個人的には楽しみたいと思っていますし、その分、チームに勝利をもたらすようなプレーや、影響力を与えるプレーを、J1やJ2は関係なしにピッチの上で表現できたらと思っています」

 しかし、好事魔多し。開幕直前に再び右ひざが悲鳴をあげる。外側半月板および軟骨の損傷。3月7日に札幌市内の病院で緊急手術を受け、全治5ヶ月と診断された。

 2年続けて右ひざに負った大けが。心が折れることはなかったのか。稲本は「さすがに2度目のほうが厳しかったですけどね」と苦笑いしながら、約1年3ヶ月の空白期間を乗り越えて、ピッチへ帰還するまでの軌跡をこう振り返った。

「やってしまったものはしょうがないと、しっかり切り替えるようにしました。休んでいた期間は無駄ではないと、僕自身は思っているので。この間に精神的にも肉体的にもより強くなってきたし、それをピッチで証明したいと思ってきました」

 過酷なリハビリを後押ししてくれたものがある。札幌ドームにおける1試合の平均入場者数は1万7186人を数え、前回にJ1を戦った2012シーズンより約5000人も増えていた。スタンドで観戦しながら、自分がピッチに立ったときの光景を思い浮かべては武者震いを覚えた。

「ホームであれだけのお客さんがいる前で、試合ができる幸せというか。あのピッチに再び立ちたいという気持ちは、やっぱり一番強かったですね」

次節は大一番。無類の強さを誇るホームに首位・鹿島を迎える

 チーム名に「北海道」を加えて2年目。まさに道全体で盛り上がりを見せるなかで、これまでに一度だけJ1残留を果たした、2001シーズンの勝ち点34にFC東京戦であげた勝利で並んだ。

 当時とはチーム数も異なり、延長戦やPK戦まであった関係で勝ち点の算出方法も異なるが、それでも16年ぶりとなる残留に王手をかけた。残り4試合で、降格圏の16位・サンフレッチェとの勝ち点差は7ポイント。次節でコンサドーレが勝ち、サンフレッチェが負ければ悲願を成就できる。

「札幌という都市の規模から考えれば、J1で戦い続けなければいけないクラブのひとつだと思っているので、新たな歴史を作るというより、歴史を作れるスタートを今年切れればいいかなと」

 ジェイの2ゴールをともにアシストしたFW都倉賢が、チーム全体の思いを代弁する。胸中をシンクロさせる一人である稲本も、これまで募らせてきた熱い思いをピッチに還元したいと誓う。

「J1残留という目標に向かって、しっかり自分の力をチームに還元したい。1年と3ヶ月、ほぼ何もやっていなかったので、ファンとサポーター、そしてチームのみんなへの感謝の気持ちを込めてプレーしたい」

 同点のピンチを救った、名づけるならば「The Cut」とでも言うべきプレーだけでなく、4分間を数えたアディショナルタイムを含めて、稲本は何度もパスのインターセプトにトライ。15年前のベルギー戦のゴールを生み出した、前へ、前へとチームを推進させる力強さを具現化させた。

 試合終了直前には途中出場のFWリッピ・ヴェローゾをセンターサークル付近で吹っ飛ばし、豪快なボール奪取からカウンターの起点にもなった。復帰3戦目で最長となる15分間のプレーには、引き気味になりがちな時間帯で、チームに勇気とエネルギーを与える意図が込められていた。

「あとは、あわよくば自分が点を取りたいというのもあって」

 悪戯小僧のような笑顔も浮かべた稲本だが、残留を決めたときには、アウェイ初勝利を手繰り寄せたFC東京戦でのパスカットは、コンサドーレの歴史で長く語り継がれていくかもしれない。

「まあまあ、そこは上手くそう書いてください」

 照れ臭そうに笑ったレジェンドは次の瞬間、8勝4分け3敗、20得点に対して14失点と無類の強さを誇るホームに、首位・鹿島アントラーズを迎える次節の大一番を早くもにらんでいた。

(取材・文:藤江直人)

text by 藤江直人