なぜトランプは"就労移民"を追い出すのか

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アメリカには幼少期に両親に連れられて入国した「不法移民」が約80万人いる。この移民は「ドリーマー」と呼ばれ、91%が許可を得て就労中だ。オバマ政権はこうした移民の強制送還を猶予してきたが、トランプ政権は今年9月猶予撤廃の方針を明らかにした。なぜトランプ大統領は社会的弱者への規制を急ぐのか――。

■実現のため強引に議会へ責任転嫁

2017年9月5日、トランプ政権は幼少期に両親に連れられ不法に米国に入国した移民の強制送還を猶予する措置(DACA:Deferred Action for Childhood Arrivals:幼児不法入国者送還猶予措置)を撤廃する方針であることを発表しました。

このDACA(Deferred Action for Childhood Arrivals:幼児不法入国者送還猶予措置)はオバマ政権が12年6月に大統領令で発足した制度で、幼少期に両親に連れられた移民が12年6月時点で31歳未満、かつ、16歳になる前に米国に到着した者で、5年以上米国に居住等の条件を満たす人が対象となります。その場合、2年間に限り(更新も可能)国外退去処分の対象から外れ、米国内での就労も可能です(ただし、市民権は与えられません)。

DACAは、不法入国したのは本人ではなく親の意志であり、入国後も罪を犯すこともなく、善良に過ごしてきた若者には罪がないことから、何らかの救済の対象にするべきであるという考え方に基づくものです。この幼少期に親と一緒に米国へ不法入国した若者は「ドリーマー」と呼ばれ、約80万人のうち91%が就労許可を得て米国内で働いています。

トランプ大統領はこの制度の撤廃に関し、18年3月までに議会で最終的な結論を出すよう求めています。これまでのトランプ大統領は、特定国からの入国を、大統領令という形で規制するような強引なことをして来ましたが、今回はこれを議会に求めるという形で、議会に責任を転嫁したとも言えます。

トランプ大統領はDACAが「オバマ前大統領が連邦議会を迂回して作った措置」と非難し、連邦議会に判断を任せることで、正当性をアピールする狙いのようですが、これまでもDACAの存続を強く訴えていたIT企業等は、一斉に反対する声明を発表しています。また、この問題については、与党である共和党内にも異論が多く、紛糾は必至であり、撤廃されるか否かは全く予断を許さない状況です。

この猶予措置が撤廃された場合の影響について、あるシンクタンクは、72万人が労働市場を離れ、雇用主に63億ドルの負担がかかり、米国のGDPは10年間で4330億ドル減少すると試算しており、長期にわたり、甚大な影響が出ると予測されます。

さらに、米国の17年8月の失業率は4.4%と、かなり低い水準です。この数値は先進国としては非常に低く、ある意味、働きたい人はすべて雇用されている完全雇用とも言える水準ですので、DACAが撤廃された場合、労働力不足が加速する事態も想定されます。この意味からもとても大きな問題と言えます。

■「ドリーマー」である社員を特定できない

日本企業を始め米国に進出している企業にとっては「ドリーマー」が一斉に離職した場合、事業継続、ノウハウの継承等のリスクがあります。にもかからず、対応が難しいのは、米国労働法に詳しい弁護士の多くが、雇用主が従業員の雇用時もしくは雇用後、その者が「ドリーマー」であるかを質問(確認)することはできないとしており、社員が申告しない限り雇用主は「ドリーマー」である社員を特定できないからです。

そのため、平時より一部社員がまとまった形で離職することを想定したリスク管理が求められます。例えば、「ドリーマー」が一斉に離職することが分かった際には、引き継ぎ等が適時、適切に行われる仕組み(業務手順書の作成、特定の社員に知見が集中しすぎないためのノウハウ共有の仕組み等)を整備しておくことが必要となります。

また、「ドリーマー」の離職に伴うリクルート活動費、新規雇用費、また後任者トレーニングなどにかかる費用を試算し、財務に与える影響を推計しておくことも重要です。ただし、前にも述べた通り、米国の失業率は4.4%程度であり、一斉離職した際の後任の採用は極めて困難であることは覚悟するべきです。当然ながらDACAが撤廃された場合を考慮し、「ドリーマー」の離職手続き等に関し、いつまでに何をすべきか、という具体的な実行計画を策定することも必要となります。

■深刻化する人種、移民、格差問題

米国は歴史的に多くの移民を受け入れ、その多様性を基に繁栄を続けて来ました。そして、現在では世界一の超大国として君臨しています。一方で、米国では昨今、白人警官による黒人の殺害に端を発した大規模な抗議デモ、トランプ政権の誕生と移民排斥的な姿勢、白人至上主義団体とこれに反対する団体が衝突した事件等々、人種問題、移民問題が蒸し返されています。

また、米国では所得格差の拡大が顕著で、これに抗議する市民によるニューヨークのウォール街の占拠事件(2011年9月〜)も発生しています。これらの社会問題は深刻であり、米国の今後に大きな不確実性を招来することは必定です。そのような中で、トランプ政権は選挙戦での公約をほとんど実行できていない状況が続いているため、今後も、社会的弱者である外国人、移民等を規制する措置を繰り返すことが懸念されます。いずれにしても、米国に進出している企業としては、今後も米国政策の急激な変化等の「カントリーリスク」を常に留意する姿勢が必要です。

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茂木 寿(もてぎ・ひとし)
有限責任監査法人トーマツ ディレクター。1962年生まれ。有限責任監査法人トーマツにてリスクマネジメント、クライシスマネジメントに関わるコンサルティングに従事。専門分野は、カントリーリスク、海外事業展開支援、海外子会社のガバナンス・リスク・コンプライアンス(GRC)体制構築等。これまでコンサルティングで携わった企業数は600社を越える。これまでに執筆した論文・著書等は200編以上。政府機関・公的機関の各種委員会(経済産業省・国土交通省・JETRO等)の委員を数多く務めている

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(有限責任監査法人トーマツ ディレクター 茂木 寿)