株式会社サイバーエージェント
取締役 人事統括 曽山 哲人(そやま てつひと)

デキる若手を思い切って引き上げたけどフタを開けたら期待外れ―。ベンチャーでよく聞く“抜擢あるある”ですよね。どうすればうまくいくの!? HRドクター・ソヤマンに抜擢成功のコツを公開してもらいました。“抜擢の総本山”サイバーエージェントではどんなことをやっているのか、興味津々ですよね。意外や意外、驚くほどカンタンな方法ですよ。

抜擢後の放置は絶対にNG

―抜擢は、する方もされる方もドキドキですよね。

言い方は悪いですが、ものすごい賭けですからね。それでも抜擢は意図的かつ多めにやるのがよいと思っています。実力ある若いメンバーが活躍できる組織をつくれますから。サイバーエージェントの場合、社長の藤田(晋氏)も抜擢に積極的です。

―抜擢はイケイケでやった方がいい、ということですか?

いえいえ、違います(苦笑)。抜擢の根拠は、その対象者がもつ才能への期待。経営陣はそこをしっかり投資判断し、抜擢すべきか否か、責任をもって決断しなければいけません。

でも、「期待」という目に見えないものが大きな判断基準となっているので、ロジカルシンキングだけではできないのも事実です。

―今回は「抜擢したけどうまくいかない」というお悩みです。でも、抜擢が賭けだとしたら成否の確率も「丁か、半か」の五分五分。失敗してもしょうがない、ということになりますよね。

そんな無責任な考えで抜擢するのはいただけません。ただし、抜擢当初だけを考えるなら、その役職の仕事をこなせる人はほとんどいないでしょう。なにせ経験がありませんから、能力が追いつかないのは当たり前です。

―では、どうすれば抜擢を成功させることができるんですか。

なによりも大切なことは、できないことにチャレンジし、それを克服しようとする本人の努力。また、それと同じくらい、経営者や人事のフォローも重要です。抜擢した後、「任せたのだからお好きにどうぞ」とばかりに放置するのは絶対にNG。そんなことをすると組織が回らなくなり、業績ダウンを招きます。

チェックリストで“抜擢マネジメント”

―どんなフォローが必要なんですか。

手取り足取り、つきっきりで面倒を見てください、というワケではありません。それでは逆に抜擢された本人が成長しません。走るのはあくまでも本人。そのうえで、本人が結果を出せるよう、経営者や人事が“伴走”するんです。どのように伴走すればよいのか、ぼくが実践している方法をお伝えしましょう。そんなに難しいことではありません。

仮にメンバーをマネージャーに抜擢したとします。その場合、まず「マネージャーとしてやってほしいのは◯◯だから」と期待する役割を明確に伝えます。それを書き出した“チェックリスト”も作成し、本人に渡します。あとはチェックリストに基づいて時々面談するだけです。

経営者や人事の責任者は、抜擢された本人に期待している役割を5分間でいいので書き出してみてください。メンバーとたくさん話をしろ、ヨミをつくれなど、結構いろいろ出てくると思います。

―いっぺんにたくさんのチェック項目を突きつけられたら消化不良になりそうです。

最初から全部の項目を確実にこなすのは、もちろん無理。「まずは◯◯からできるようになろう」と、必ず優先順位をつけます。抜擢された本人は優先度の高い項目から順々にできるようになっていけばいいんです。「迷ったときはリストを見て」とも伝えてください。それが指針になりますから。

「目線のズレ」に気づいてもらう

―ほかに、これはやっておいた方がいいということはありますか。

「マネージャーとして働く上で大事にすべきこと」といったお題で、本人にもチェックリストを書いてもらうといいですね。

人事部門のリーダー陣を集めて「リーダーにとって重要なものはなにか」というテーマでチェックリストを作成してもらい、ディスカッションしたことがあります。みんなの話を一通り聞いたあと、ぼくがつくったチェックリストを渡しました。経験の量が違いますから、当然、内容にギャップがあります。するとメンバーは「この要素は見逃していた」と目線のズレに気づきます。

目線のズレに気づいてもらい、目線を上げてもらうことが人材育成のキモ。全体像を俯瞰してとらえることが気づきとなり、目線が上がるきっかけになります。チェックリストは全体を俯瞰するためのツールとしても有効なんです。

―チェック項目について優先順位をつける際の基本的な考え方を聞かせてください。慣らし運転のように、抜擢された本人がすこし努力すればこなせそうなものからやってもらうのがよさそうに思いますけど。

いえ、あくまでも抜擢したポジションに期待している役割をリスト化すべきです。

極端な話、抜擢された本人は現時点でなにひとつできなくて構いません。むしろ最初に「いまのキミの実力と抜擢したポジションに期待されている役割には、天と地ほどの差がある」と宣告するくらいでいいでしょう。

―激しいショック療法ですね。

抜擢が失敗する原因のひとつに「自分が抜擢されたのは『できるから』『能力があるから』だ」といったようなカン違いがあります。自分を過信していると、いざその役職の仕事をし始めると、なにひとつ満足にできない自分に気づいたとき、心が折れてしまうことが多い。

そうならないよう「いまのキミにとっては大きなチャレンジだけど」と、置かれた状況を正確かつ客観的に伝えてあげるんです。

PHOTO:INOUZ Times

挑戦して破れた人は“ヒーロー”

―ピノキオの鼻は最初に折ってしまえ、ということですね。そんな厳しい言葉も親心だと。

厳しい言葉だけではなく、「今はできないと思うけど、やれるようになる才能とポテンシャルは十分にあると思っているから」といったフォローもしますよ。

そう言ってあげると、ほとんどの人が「自分、そこまでいけますか!」とチャレンジ精神を奮い立たせてくれます。

―ただ、それでも、どうしてもうまくいかない場合もありますよね。そうなったら、やはり降格ということになりますか。

安易な降格は“見せしめ”になりやすく、非常に危険です。また、抜擢されて降格されたとなると、誰もが抜擢されたくないと思い始め、組織が沈滞します。

降格は最後の手段として取っておいて、それ以外の選択肢を用意すべきです。例えば“横”への異動。営業チームのマネージャーから企画チームのマネージャーにスライドするなど、ポジションは変えずに役割を変更するんです。

―小規模なベンチャーで横にスライドするようなポジションがない場合はどうすればいいでしょう。

ポジションはそのままで給与で対応するのもひとつの手です。

その場合、「今のままだと目標に達していないから、給与が下がる可能性があるよ」とあらかじめ伝えておくことが大切。抜擢された本人は「なんとか成果を上げなければ」と、必死でがんばっています。それなのに予告なしに給与を下げるのは本人の感情面への配慮が足りません。

挑戦してうまくいかなかった人は敗者ではありません。厚い壁に全力でぶつかったヒーローなんです。挑戦を称賛し、またチャンスを与える。それが組織全体の活性化にもつながります。


編集協力/池田園子