城西大学水田記念博物館大石化石ギャラリーに展示されている魚化石(撮影=オフィス ジオパレオント)

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 今回は、博物館の常設展を紹介しよう。この連載では、これまでにいくつかの企画展を紹介してきた。しかし、もちろん常設展も楽しい展示が満載だ。

 今回に限らず、折にふれて、日本各地の博物館を紹介していきたい。そんな“国内博物館探訪”の初回にあたるこの記事では、東京のビジネス街にある小さな博物館をレポートする。

●東京都心に佇む魚化石のギャラリー

 東京・麹町。皇居の西側に位置するビジネス街。新宿通りが東西に走り、地下では東京メトロ有楽町線と半蔵門線が南北にほぼ並行して走っている。ビジネスビルやマンションが並ぶ一角だ。行政区としては千代田区に属する。

 今回紹介する博物館は、その有楽町線麹町駅が最寄り駅だ。新宿通り沿いの1番出口から地上に出て、その目の前を南北に伸びるプリンス通りを南下する。ラーメンファンにおなじみの「めん徳二代目つじ田麹町店」を左に見ながら南下を続け、最近何かと話題の多い文藝春秋本社ビルの前を左に折れて東に進む。そして、最初の角を右折して再び南下し、通りをひとつ抜けた先のT字路を左折。だいぶ人通りが少なくなったその場所は、マンションが並ぶ静かな一帯だ。

 そこから先は1分もかからない。ほどなく、左手に今回の目的地が見えてくる。「城西大学水田記念博物館大石化石ギャラリー」である。

 大きな看板が出ているわけでもなく、一見するとそこに博物館があるとは気づかないかもしれない。そこは城西大学紀尾井町キャンパス3号館の裏手に当たる場所で、建物に近づくと階段を上がった左手の奥に恐竜の全身骨格を見ることができるだろう。しかし、その全身骨格につられて奥へ進むと、目的の化石ギャラリーにはたどり着けない。実際、筆者は初回訪問時に全身骨格につられて奥へと進み、そのまま大学の建物内で道に迷ってしまった(そのとき博物館への道を教えてくれた学生さん、ありがとう)。

 実は、道路にほど近い位置に博物館の入り口となる自動ドアがある。初見では黒い壁にしか見えない自動ドアだが、近づけばきちんと稼働して迎え入れてくれる。その先には、壁に地球の歴史が描かれ化石の写真も飾られている細い通路がある。一目見て、自分が「博物館に来た」と感じるだろう。その通路の先にあるギャラリーが、今回の目的地だ。

●魚類化石の“常識”を覆す標本がズラリ

 大石化石ギャラリーの中核をなすのは、ブラジル産の魚化石だ。時代は白亜紀前期、今からおよそ1億1300万年前頃とされる(ただし、白亜紀前期という時代はともかくとして、1億1300万年前という年代値については議論がある)。

「なんだ。恐竜じゃないのかよ」と思われることなかれ。この魚化石がすさまじい。

 そもそも、魚化石は一般的にペシャンコの状態で発見される。陸上脊椎動物と異なり、魚には強靭な肋骨がない。そのため、化石になる過程で上に積もった地層の重みに耐えきれず、地層という板の上にプレスされた魚拓のようになって発見されることがほとんどだ。

 博物館や企画展のミュージアムショップで販売されているおみやげ用の魚化石の多くは、この類いである。ところが、ブラジルに分布するサンタナ層という化石からは、今まさに「釣ってきたぞー」といわんばかりの「立体感のある魚化石」が発見されるのだ。

 大石化石ギャラリーでは、そんな立体感のある魚化石をいくつも見ることができる。たとえば、入り口を入ってすぐのガラスケースに飾られているのは、ラコレピス(Rhacolepis)という条鰭類(マグロやイワシ、サンマなど現在の海で多数を占める魚のグループ)の標本。40cmを超える大きな魚が腹を見せて横たわっている。鱗も確認することができ、“新鮮”感がハンパない。

 ぜひ見てもらいたい展示品は、同じラコレピスの25cmほどの標本だ。立体感はもちろんのこと、ちょうど良い感じに腹部に穴が開いている。その穴から、死後に体内につくられた鉱物の結晶を見ることができる。「釣ってきたぞー」感はあっても、この標本が確かに化石であることがよくわかる。

 なぜ、サンタナ層でここまで立体的な魚類化石が残るのだろうか。世界中の良質化石産地を紹介した『世界の化石遺産』(著:P.A.セルデン、J.R.ナッズ、朝倉書店刊行)によると、かつてサンタナ層は、海水と淡水の混ざり合う汽水域であったとされている。しかし、あるとき、なんらかの理由で塩分濃度が急上昇し、魚たちが一気に死滅した。

 このときの化石化は、死後1時間以内に始まったという。「1時間以内」という時間は驚くべきスピードだ。なぜなら通常、化石化には長い期間が必要とされるからである。

 急速に化石化したことで、地層の重み云々の前に硬くなり、体の形が保持されることになったのだ。この現象は、ギリシア神話に登場する女神にちなんで「メデューサ・エフェクト」と呼ばれている。

●魚類化石を研究する学芸員のオススメ化石は?

 大石化石ギャラリーの特徴として、この規模の博物館としては珍しく、学芸員が常在している(フィールド調査などで留守にしている場合を除く)ことが挙げられる。現在の学芸員は、宮田真也氏。魚類化石の研究で博士号を取得した専門家だ。

 今回の記事制作に際して、宮田氏に「オススメの化石はどれですか?」と尋ねてみた。すると、入り口からもっとも遠い壁の近くに掲示されている小さな標本に案内された。「やっぱり、このヘリコプリオンですね。実物です」と言う。

 ヘリコプリオン(Helicoprion)は、知る人ぞ知る約2億7000万年前(古生代ペルム紀の半ば)の魚である。主として知られる化石は歯だけで、その歯が螺旋を描きながら並んでいる。渦の中心に近いほど歯は小さく、外側にいくほど大きくなる。

 いったいなぜ、歯がぐるぐる巻きなのか。どのように顎についていたのか。研究者は1世紀以上にわたって議論を続けてきた。歯の形から、軟骨魚類(サメやエイ、ギンザメなどの仲間)であることはわかったものの、この歯の持ち主をどのように復元したらいいのかについては諸説が入り乱れてきた。

 そんな珍奇なヘリコプリオンの実物化石が展示されている。しかも、標本の状態が良く、大きな欠けなどは見られない。「これが私のお気に入りですね」と宮田氏は言う。形の謎で来館者を惹きつけ、そして話が膨らむ。化石には、大なり小なりそうした“楽しみ”が内含されている。大石化石ギャラリーにおいては、ヘリコプリオンの化石が、まさにその「楽しみの代表」ともいえる存在とのことだ。

 さて、本記事ではヘリコプリオンの写真だけを掲載し、その先の情報についてはあえて伏せておこう。大石化石ギャラリーには復元画が展示されているので、来館の際にはぜひ確認していただきたい。

「大石化石ギャラリーにはなかなか行けないけれど、気になる!」という方は、拙著の宣伝で恐縮ではあるが、『石炭紀・ペルム紀の生物』(技術評論社)をご覧いただきたい。

 ちなみに、ヘリコプリオンはサンタナ層産ではない。大石化石ギャラリーには、サンタナ層以外の世界の地層から発見された化石も数多く展示されている。産地をチェックしながら展示を比較すると、新たな発見があるかもしれない。

 また、大石化石ギャラリーでは希望者はいつでも学芸員の宮田氏による解説を聞くことができる。専門家による見どころなどを聞きたい場合は、受付でその旨を告げれば対応してくれる。前述したように不在の場合もあるが、基本的に予約は不要だ。

 そのほかにも、「見て、触って、考える」をコンセプトとした数多くのワークショップも開催している。ワークショップの情報は公式ウェブサイトでも確認することができ、常時受け付けているものもあるという。こちらも、遠慮なく問い合わせてみてほしい。

 魚化石を十分に堪能した後は、受付で販売している落雁をおみやげにいかがだろう。シーラカンスとアンモナイトを模したそれは、ほかではなかなか見られないものだ。

 入場は無料。静かな空間の博物館である。仕事などで近くに来たときには、ぜひ寄ってみてほしい。もちろん、ご家族での来館もオススメである。
(文=土屋健/オフィス ジオパレオント代表、サイエンスライター)