難関資格の筆頭格である、公認会計士。

―高収入、堅実、転勤なし。

そんな好条件を難なくクリアする”勝ち組”であり、東京の婚活市場においても人気が高い職業の一つである。

しかし彼らにも、悩みはある。

大手監査法人勤務の隆一は、同期である健の突然の退社に動揺するが、尊敬する上司の冴木のもとで会社に留まることを決意する。

しかし、冴木のライバルである東城がパートナーへ出世、かつ健の転職したベンチャー企業が上場を果たし、隆一は再びキャリア選択に悩み始めた。

そんな隆一と交際しているユキの気持ちは…?




ユキの悩み


最近、隆一の様子がおかしい。

会話していても上の空だし、考え事ばかりしているように見える。

―他に好きな人ができたのかしら?

ユキの頭に、そんな不安がよぎった。

2人の付き合いは、もう2年以上経つ。そろそろ、結婚を考えてもいい時期だ。

隆一との交際の中で、会計士は激務だということがユキは分かっていた。結婚したら健康面で彼を支えていきたいと、密かに料理教室にも通い始めているが、2人の間にそんな話が出たことはない。

しかしそこまで考えて、ユキは思考をストップさせた。そもそも自分が原因ではなく、仕事のことで悩んでいる可能性のほうが高いのだ。

最近、隆一と仲の良かった健が、転職した会社で上場を果たしたと聞いた。その辺りから隆一は、悩んでいるような気がする。

2年も付き合っているのに、隆一は、弱みをなかなか見せてくれない。だからこそ彼を支える役割でいたいのだが、ユキはどうしていいか分からないでいた。

そんなことを考えていると、友人の依子からLINEが来た。1人ドタキャンが出たらしく、今日食事会に来て欲しいと言う。

―彼氏いるけど、いいかな。

ユキは念のため、依子に確認した。

―大丈夫。私のためだと思って協力して!

ユキは隆一への罪悪感にフタをして、食事会に参加することにした。隆一へのモヤモヤした気持ちを紛らわせたい、という気持ちもあったのだ。



お食事会は、終始和やかなムードだった。

お相手の商社マンは場を盛り上げてくれて、久しぶりに何も考えず、単純に楽しい時間が過ぎていった。隆一は仕事が忙しく、最近は話していてもどこか上の空なのだ。

ユキが一次会で帰ると、二次会に行った依子からLINEが来た。

―ユキのこと、気に入ってる人がいたよ。
―うそ。でも私、彼と結婚間近だしね。

結婚について、隆一と一度も話題にしたこともないのに、つい虚勢を張ってしまった。


悩めるユキの一方、隆一が取った行動とは?


隆一が会いに行った人物とは?


健の退職や冴木さんがパートナーになれなかったことで、僕はキャリアの方向性に再び迷いを感じていた。

1人で考えていても仕方ないので、ある人に話を聞くことにした。

それは、2年前に監査法人からメーカーへ転職した先輩、倉田さんだ。商社勤務のご主人と結婚したのち、東証一部上場しているメーカーの経理部へ転職した、キャリアウーマンだ。

倉田さんは僕の3つ上で、姉御肌のおせっかい焼きだ。僕が新人の頃から、複数の監査チームで仕事を一緒にしてきた先輩で、姉弟のように親しくしてもらった。

仕事漬けの僕を見かねて、ユキとの出会いのお食事会を企画してくれたのも、倉田さんだった。ユキと付き合った当初は、色々相談に乗ってもらっていた。




待ち合わせの場所は、六本木の『サカナバル グリル』。タイトスーツに身を包んだ倉田さんは、まさに仕事が“できる”女の代表格だ。

「隆一君からのお誘いなんて、珍しいわね。どうしたの?」
「いや、実はいま自分のキャリアに悩んでまして…」

僕は倉田さんに、ありのままの心情を話した。

監査法人からキャリアチェンジする人の考えを気にせずにはいられなかった。みんなどんな思いでキャリア選択をしているのであろうか。

「私の場合は、旦那が将来独立して商売したいらしいから、その時にサポートできるように、商売の実際の動きを身近に感じてみたくて転職したの」

公認会計士は、会社決算のチェックこそ一流に行うが、実際に決算書を作ってみろと言われるとなかなか難しい。倉田さんは、自分の仕事の幅を広げたくて、事業会社の経理部への転職を考たようだ。

でも、気になることはやはり給料だ。

「突っ込んだこと聞いちゃいますが、年収はどうですか…?」
「正直に聞いてくるわね。もちろん下がったわよ。でも勉強代と考えれば、何てことないわよ。旦那のサポートもあるけれれど、いずれは私も独立したいと思っているの。せっかく資格があるのだから、一国一城の主に憧れるわよね」

倉田さんは、聡明な人だ。

キャリアを考える上で、年収は重要な要素の1つだ。しかし将来を見据えた勉強代として給料が下がってもいいと考え、年収という心のハードルを取っ払ったのだ。

“目標”を掲げていれば、年収にこだわらなくてもいい。僕もそう思った。でも、そのためには周りの人の理解が必要だ。

一国一城の主。昔夢見た目標だ。倉田さんも夢に抱いていた目標なのだろうか。

トップダウンではなく、自分で考えた経営をする。そんな夢を抱いていたときもあった。もしかしたら、今がそのチャンスなのではないか?

仮に結婚してからでは、きっとチャレンジするハードルが上がってしまうだろう。きちんと話したことはないが、彼女が結婚を意識しているのは、間違いなかった。

「でもユキちゃん大丈夫?結婚前の男の転職、女は黙ってないわよ?」

倉田さんは、全てお見通しである。

結婚を前に独立。ユキはどう思うだろうか…


交差していく、二人の思い


「隆一、どうしたの?」

ユキの声に、我に返った。最近はデートのときでも、自分の将来について考えるようになっている。

「いや、なんでもないよ。ごめん」

東城さんの下で働いて少し経つが、やはり僕は東城さんと合わなかった。冴木さんと正反対で、部下を顎で使うような冷たい人とは働く気になれない、というのが正直な気持ちだ。

でも次が決まっていないのに、いますぐ会社を辞めることも考えられない。

ユキはきっと、この会社で働き続けて欲しいと思っているはずだ。でも、実際にユキの気持ちを聞いたことはない。少し話をしてみようと、僕はさり気なく聞いてみた。

「仕事…変えてみようかな」

「えっ…?何するの…?」

ユキの顔色が曇った。やはり、キャリアチェンジには否定的なのであろうか。

「いや、まだ決めたわけじゃないけど」

僕は、会話を止めた。何気ないやり取りだが、ユキは浮かない顔をしていた。

将来についての話も、そろそろ僕から切り出すべきであることはわかっている。でも、いまの自分には目の前の悩みを解決しなければならない。

どうすべきだろうか…。




今日のデートは最悪だった、とユキは改めて振り返る。

隆一が、「仕事、変えようかな」と言い出したのだ。

自分との将来を、どう考えているのだろうか。仕事によっては、収入が下がるかもしれないし、経済的に不安定になる。

―早く、結婚したいのに…。

ユキは、できれば専業主婦になりたかった。勤めている銀行で、子育てがひと段落して復帰してきたパートの“お姉さま”達に毎日のように嫌味を言われて、仕事に辟易していたのだ。

ユキが不安そうな顔をすると、隆一はそれ以上何も言わなかった。やっぱり会計士は“草食男子”である。何か言いたいことがあれば、ハッキリと言って欲しい。

このままだと、あとどのくらいこの状態が続くのかわからない。ハッキリさせたいけれど、きっと隆一からは何も言ってこないだろう。

30歳目前、この焦りを安堵に変えたいと思ったユキは、隆一にある“仕掛け”をすることにした。

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次週、隆一との将来を希望するユキが取った行動は…!?