文/印南敦史

歳を重ねていくにつれ、とりわけ定年というタイミングが近づいてくると、少なからず「終の棲家(ついのすみか)」を意識するようになるのではないか。そして、その動機として思いつくのは、気に入った家で人生を終えたいという感情だろう。

定年後に終の棲家が欲しいという思いが、まだ漠然としている人もいるかもしれない。そんな人にこそ読んでみてほしい一冊が、『夢のある「終の棲家」を作りたい―定年後、後悔しない家づくり』(大山真人著、大和書房)である。

『夢のある「終の棲家」を作りたい―定年後、後悔しない家づくり』 (大山真人著、大和書房)

著者の大山氏によれば、実際に50代で家を建てる人や、定年を迎えてから家を新しくしたり、増改築に踏み切る人は多いのだという。でも、果たしてその背後にはどのような理由があるのだろう?

ちょっと考えてみた。結婚してまず民間のアパートに住む。子供ができて成長し、それにつれて住む場所も少しずつ大きくなる。やがてマイホームを構える。これはマンション、1戸建て、それも新築、中古など様々だろう。そこに必ずあるのは「子供部屋」。父親や母親の占有スペースはない。作るだけの余裕がないのだ。子供たちはその家で成長し、やがて就職を機に家を出ていく。(本書『夢のある「終の棲家」を作りたい―定年後、後悔しない家づくり』より引用)

そこで、残された夫婦は「ずっと我慢をしてきたのだから、今度はふたりのために家を建てたい」と考えるわけである。それが「終の棲家」であると認識しているからこそ、夢の輪郭がくっきりと映えるという考え方にも納得できよう。

シニア(高齢者)の住まいとして頭に浮かぶのは、ケアハウスや特別養護老人ホーム、バリアフリーのマンションなどかもしれない。しかしそうした施設とはまた別の、健康で元気なシニアが住む家。彼らの夢が詰め込まれた家。それは一体どのようなものなのか? そんなところに興味を抱き、彼らが住む家を取材したいと感じたのだという。

なお取材するにあたっては、次のようなコンセプトを立てたのだそうだ。

(1)定年、または定年を見据えた人、高齢の人が建てた家であること。
(2)例外を除いて、築年数の比較的新しい建物であること。
(3)なぜ家を新築(増改築)しようと思ったのか。できた家で、どのような夢を実現させようとしたのかに触れる。
(4)この家に到達するまでの「家の履歴書」にも触れる。
(5)似たような家ではなく、異なったこだわりを持った家を意識的に選ぶ。

これらを軸として、本書ではそれぞれの思いが込められた12の家が紹介されている。

田園風景を借景とした「アウトドア感覚の家」、打ち放しのコンクリートと古材を共存させた「蔵の家」、元船乗りが作った「船の家」など、それぞれユニークな家ばかり。写真や間取り図に加え、家主がどのような環境に生まれ、どう育ち、どんな家に住んできたのか、そんなストーリーまでもが克明に語られていくので、読めばその家を作った人の思いを感じ取ることができるはずだ。

取材対象となった人々は、現在のサライ世代よりも年齢的には上かもしれないが、見えてくる光景は、少年時代の記憶につながっていくだろう。そして彼らが語る「思い」には、共感できる部分も多数あるはずだ。だからこそ、“誰かの話”でありながら、自分ごととしても無理なく受け入れることができるのである。

そんな本書は「これから自分も終の棲家を建てたい」と考える人に大いに参考になるだろう。実際にそれを成し遂げた人たちのことを知っておけば、そこで彼ら得たものを、今度は自らの家づくりに生かすことができるのだから。

【今回の定年本】
『夢のある「終の棲家」を作りたい―定年後、後悔しない家づくり』
(大山真人著、大和書房)

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「七人のブックウォッチャー」にも参加。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)などがある。