BuzzFeed記者 石戸 諭さん

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「福島は危ないのか」。そう聞かれたとき、どう答えるのか。毎日新聞記者として被災地を取材し、現在はBuzzFeed JAPANで記者を務める石戸諭さんは、この問いへの答えを探して、初の著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版しました。なぜ一冊の本が必要だったのか。書籍の担当編集者が、改めてその意図を聞きました――。

■「この海にどんな影響があるんだよ。教えてくれ」

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毎日新聞の記者だった石戸諭さんに「メディアでリスクを語ること」をテーマに書き下ろしを依頼したのは、2011年6月のことでした。6年経って完成したその本は、「メディア」と「リスク」にとどまらない課題を投げかけるものになりました。刊行を機に、ずっと聞きたかった疑問を石戸さんにぶつけてみました。(担当編集:柳瀬徹)

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――冒頭、岩手県宮古市の漁村で、漁師さんから「原発はどうなりそうなんだ。教えてくれ」と尋ねられたエピソードを書かれていますね。執筆をお願いしたときに石戸さんから聞き、これこそがこの本のテーマだと思ったのをよく覚えています。

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年は六〇代半ば、白髪交じりの頭を短く刈り上げている。黒のタートルネックニットの上に、紫と黄緑のナイロンの上着を羽織り、足元は漁業用のゴム長靴を履いていた。「原発ですか。放射性物質が飛散してはいるけど……」と説明しようとしたが、「健康はいいんだ。もうほれ、年寄りだから。海だ、海。この海にどんな影響があるんだよ。教えてくれ。情報が入らないんだ」。
(中略)
 伝えられるだけの情報を伝えたが、おそらく納得していなかったと思うのだ。住居を無くしても海の優先度が高い。何より海の無事を願う。それが漁師なんだ、と男性は言った。彼は特別な存在だろうか。――石戸諭『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)より

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新聞記者として東日本大震災の取材を続けるなかで、原発事故の影響がそれほど大きくなさそうな場所でも、放射能の問題が覆いかぶさっているのを感じることが増えました。「リスク」についてどう伝えればいいのか。これまでやってきたことが試される局面が訪れたんだ、と思いました。

――「大丈夫です」でも「もうダメです」でもない答え方が求められているはずだと感じたそうですね。

ええ。もちろん現在の状況であれば「大丈夫です」と答えます。岩手ではなく福島の沿岸でも、そう言えますよね。でも、まだわからないのは、あの漁師さんが「大丈夫なのか?」に込めた思いです。その一言には、いろんな感情がないまぜになったのではないかと思っています。言ってほしい言葉はほかにあったのではないかなぁと考えます。それは、今でもその答えは出ていないんです。

■「わが子には食べさせられない」と捨てる農家

――震災から時間がたつに従って、復興にも原発事故の影響にも無関心な人たちが増えていると感じます。一方で、「危険派」や「安全派」などとよばれる人たちは、それぞれの立場を補強するような情報のみを発信し、耳を傾けるそんな状況で、石戸さんの原発事故へのアプローチも当初とはかなり変化したように思うのですが、契機はどこにあったでしょうか。

取材をするほど「人間はあまりにも複雑である」と気づかされるばかりだったんです。みんながみんな、合理性だけで割り切れるわけではない。当たり前のことではありますが、その複雑さに対応した言葉を持っていなかったんです。

ひとつのアプローチを試さないといけないと思いました。つまり、割り切れない思いを包摂しながらリスクについて語ることはできないのか、ということです。人間は誰だって、時として不合理なことをする。だからこそ、科学や医学だけではない別のモノサシを組みこみたかった。そのためには、一人ひとりが生活のなかでどうやってリスク判断をしているのか、そこに接近しないといけないと思ったんです。

たとえばこの本には、科学を学び、自ら土壌検査を行い、収穫後の検査もクリアして農協に出荷した米を、それでもわが子には食べさせられないと捨てた農家が出てきます。科学のモノサシで測れば明らかな矛盾ですが、納得できる人も多いと思うんです

自分が担任しているクラスの生徒たちは福島県内の学校に通っているのに、自らは子供を連れて、新潟県で仕事を決めた教師がいる。新潟に避難せざるを得なかった、福島の子供たちを支援する仕事を選んだ。彼は、これは担任している子供ではなく、自分の子供ために「避難」を選んだと捉えて、苦悩することになる。

これも同じで、理解することと納得することの間にはそれぞれに溝がある。取材しながら、自分自身のモノサシも変化していきました。

■「科学も感情も」のアプローチをする

――「発がん率〜%」「空間線量〜mSv(ミリシーベルト)」といったモノサシは同じでも、そのモノサシが置かれた机の上は、人それぞれにまったく違うということですね。

全然違います。納得するまでにかかる時間もまったく違うし、納得の度合いも違う。言うまでもなく、科学的なモノサシは重要です。ただ「モノサシが使えるよ」ということと「だから受け入れろ」ということはまったく違うんだということを、お互いに理解したほうがいいんじゃないかと思うんです。

――モノサシの違いを見ないまま、一部では議論が陣営化していきましたね。

それ自体はいたしかたないところもあります。当事者の努力を無にするような言葉を投げつけられるのは傷つきますし、差別でもある。一方で、そうした言葉にただの罵声で返す人も一定数はいたと思います。僕も記事への非合理的な批判には必要があれば反論はしますが、基本的にはいま自分がやるべきことではないな、と。

――科学のモノサシは科学者に任せよう、と。

たびたび記事にも書いていますが、福島の食品の安全や、子供への影響については、科学的な決着はついていると思っています。僕ができるのは、実直な科学者の仕事を取材して、記事にまとめて発信するところまでです。基本的には、科学者の仕事に最大限の敬意を払う。

その上で、「安全か危険か」という二項対立を作らずに伝えようとすること、そして「科学か感情か」ではなく、「科学も感情も」のアプローチをすることが自分のつとめなのだと考えています。

■チェルノブイリの「当事者」

――原発事故をめぐる議論の溝は、一本は安全と危険との間に走っていますが、もう一本は当事者と非当事者の間にも走っているように思います。カタカナの「フクシマ」に象徴される外部から投げかけられる無理解から生まれる言葉と、「何も知らないよそ者が語るな」といった言葉との間での断絶が、結果として無関心を助長してしまっている面がある、と。第3章「歴史の当事者」はこの当事者性がテーマになっていますね。

2013年に、批評家の東浩紀さんが主催した「チェルノブイリツアー」に参加し、ウクライナの人たちに会ったことが、ひとつの契機になりました。彼らは、ろくに現地のことも知らない日本からやってきた記者の質問に答えてくれる。当事者であるかどうかを問題にせず、直面した事態を受け止め、自身の立場からどう考えたのかを語ってくれました。その姿勢が僕にもしっくりきたんですね。

たとえば太平洋戦争について体験者しか語れないとするならば、語れる人はどんどん少なくなってしまう。当事者性は重要ですが、それを過剰に重視すると何も語れなくなってしまいます。僕は、この本のなかで「歴史の当事者」という考え方を提示しました。それに、当事者と非当事者を分ける線はそこまでに自明なものではないとも思うんですね。チェルノブイリで起こったことと福島で起こったことは同じではありませんが、当事者と非当事者を分ける一本の線があるわけではない、それは共通していると思います。

「福島をチェルノブイリや広島と並べて語るな」という批判は、違和感があります。チェルノブイリや広島を健康被害の問題だけ比較しようとする人がいます。僕はこうした考えはとりません。歴史に残る大きな出来事があり、イメージがついてしまった土地であり、かつそのイメージを払拭しなければならないとするならば、彼らの歴史に学ぶべきことは多いはずです。大きな苦難を乗り越えようとうする人たちがいる。彼らの言葉にこそ、学べることがあると思うのです。

チェルノブイリツアーにも福島県からの参加者が何人かいて、そのなかには、避難を余儀なくされた原発立地自治体出身の女性もいました。そんな参加者が、ゾーン(チェルノブイリ原発30km圏内)に自主的に帰還してきた「サマショール」と呼ばれる人たちと語り合う姿はとても印象的でした。彼女の言葉に、サマショールは共鳴し、「あなたはまだ若いんだから、きっと故郷に帰れる日がくる」と自分たちの考えを伝えてくれる。彼らなりに福島で起きたことを地続きのものと受け止めて、自分たちの経験を伝えようとしているんです。

■新聞では「もやっとしたもの」が残ってしまう

――日本からチェルノブイリの人々に注がれる視線は「災厄に遭った不幸な人々」といったものなのでしょうが、彼らが日本や福島に見ているものは少し違うということでしょうか。

はい。生活そのものや、起きてしまったことが持っている普遍的な意味を考えているように思いました。

――チェルノブイリ訪問以降のお仕事を見ていて、ある意味で新聞というメディアでは扱いにくいテーマに踏み込まれているな、と感じていましたが、2016年にBuzzFeed Japanに移籍されたときは驚きました。

長い記事を書きたいという思いが強くなっていました。その対象は震災関連だけではありませんが、震災取材の経験は大きく影響しています。

「科学も感情も」というアプローチをするうえで、かつてのノンフィクションやルポルタージュの手法が使えるんじゃないか、と思ったんです。取材を重ね人物や事象に接近し、ディテールを細かく描いたり複数の視点から再現したりする。そうした長い記事だからこそ、浮かび上がるものがあるんじゃないか、と。

でもそのためには新聞紙面では物理的にスペースが足りません。そぎ落として書く新聞の文体には利点も多いのですが、そぎ落としてよかったのかと後から思うこともある。そうすると、書きながらもやっとしたものが残ってしまうんです。

■見て、聞いて、感じたリアリティを描く方法

――この本は結果的に石戸さんのそうした問題意識を反映するものにもなりましたね。過去記事の集成ではなく、一冊のノンフィクションとして書き直す作業はかなり大変だったと思います。

「一冊」に値する軸を作らないといけない、と思いました。初出時によく読まれたもの、話題になったものを集めるだけなら、こうした本にはしなかったでしょう。

どんなに思い入れがあっても入れなかったものは何本もあるし、反響があまりなかったものも大幅に書き直して入れてあります。一冊を通しての串と、章ごとに通った三本の串があり、どこからでも読めますが、通して読めば一本の串がわかるつくりにしました。

――今は「一冊のノンフィクション」が世に出ていきにくい状況でもあります。石戸さんのいう「いま有効だと思うノンフィクションの手法」とは、どういったものですか。

新聞からネットメディアに転じてから、10代の頃から好きだった1970〜80年代前半のノンフィクション作品を集中的に読み返しました。沢木耕太郎さん、山際淳司さん、後藤正治さんといった書き手です。彼らは1960年代後半に勃興した米国発の「ニュー・ジャーナリズム」に強く影響を受けており、取材対象、シーンに深く関わることで人物や出来事のディテールを濃密に描き出しています。

たとえば山際さんの「江夏の21球」は、日本のスポーツノンフィクションを変えた一編だったと言っていいと思います。一人の人間のエピソードを積み上げて物語に仕立てるのではなく、証言とファクトを積み上げ、複数の視点を切り替えながらある出来事を描き出す。

いま読み返すと、自分自身が見て、聞いて、感じたリアリティを別のものにすり替えずに描くための悪戦苦闘の歴史があって、作品群を読んでいくとそれが手に取るように伝わってきました。

■当事者かどうかという属性から離れる

――「江夏の21球」がスポーツノンフィクションを一変させたように、「ニュー・ジャーナリズム」の手法は現在のノンフィクションの基底をなしていると思うのですが、同時にそれが客観性を失わせてしまった、書き手の想像だけで「〜はこう思った」と書けるようにしてしまった、という批判もあります。その点はどう考えますか?

フィクションとノンフィクションの間の皮膜はそんなに強固なものではなくて、あっさり食い破る人も、飛び越えてしまう人もいますよね。それは重要な問題なんですけど、結局は書き手の心持ちひとつ、としか言いようがないと思っています。

90年代に沢木さんが市井の人々に題材にした『彼らの流儀』を発表されたときに、「発光体は外部にあり、書き手はその光を感知するにすぎない」と、その手法を語っていました。ノンフィクションを読んでいると、書き手自体が発光体になってしまう文章も多いですよね。

充実した取材をするためには、対象への想像力を働かせる必要があります。しかし想像力だけで書くことは許されません。一方で、事実ではないと知りつつ事実のように書くことも、僕らのようなノンフィクションの書き手には許されていないんです。「フェイクニュース」は、こうした一線を踏み越えたものだと思います。

 

――石戸さんの「ノンフィクション」がこれからのネット環境でどう受け入れられていくかが興味深いですが、この本はBuzzFeedのことをまったく知らない読者からの反響も多くて、届いている層が少し違うのかなと感じました。

そうなんですよね。福島の中通りにおばあさんが住んでいるという方からは、「これまで『おばあちゃんは大丈夫?』と聞かれてもなんて答えていいかわからなかったけど、私には私だけの体験、私だけの福島があるんだから答えられなくて当たり前なんだ、と思えた」というメールをもらいました。当事者かどうかという属性から離れて、個人に接近して個人の体験として描くということは、やっぱり単発の記事では難しい。少しはできたのかな、と手紙をもらってようやく思えましたね。

――「この本には共感も違和感もある。それは震災の体験が自分だけのものだからだ」という感想もツイッターで見ました。

そう、あれは印象に残りました。

――語りにくかった違和感を語るきっかけの本になればいですね。

自分だけの体験を大事にしていい、そう思った人が何人かでもいたのなら、書いたかいがあったと思います。一本の記事ではそこまでは書けませんから。

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石戸 諭(いしど・さとる)
BuzzFeed記者。1984年生まれ、東京都出身。2006年立命館大学卒業後、同年に毎日新聞入社。岡山支局、大阪社会部、デジタル報道センターを経て、2016 年1月にBuzzFeed Japan に入社。

柳瀬 徹(やなせ・とおる)
フリー編集者・ライター。『リスクと生きる、死者と生きる』の編集を担当。編集した他の本は五十嵐泰正『みんなで決めた「安心」のかたち』、五十嵐・開沼博編『常磐線中心主義』、久松達央『小さくて強い農業をつくる』、荻上チキ『災害支援手帖』、飯田泰之編『地域再生の失敗学』など。

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(BuzzFeed記者 石戸 諭、フリー編集者・ライター 柳瀬 徹)