『Fate』シリーズ、大ヒットの衝撃 10年以上支持され続ける背景とは

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 大量のコンテンツが右から左に流れる現代、人気が10年以上続くタイトルは非常に稀だ。去年なにが流行っていたかもすでに忘れ去られ、映画もアニメもゲームも消費しきれない数のタイトルがリリースされるなか、今年はあるシリーズが爆発的な人気を博している。

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 『Fate』シリーズ。2004年に発表された同人PCゲーム『Fate/Stay Night』から始まったこのタイトルは、商業ゲーム、アニメ、コミック、と多方面に展開され、多くのスピンオフや続編作品を生み出し続けた。2015年に発表されたスマホ用ゲーム『Fate/Grand Order』は今年には国内だけで1000万ダウンロードを超え、配信元アニプレックスの親会社ソニーの株価に影響を与えるまでの売上を記録している。今年は映像化作品も多く、TVアニメ『Fate/Apocrypha』、劇場映画『劇場版 Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 雪下の誓い』そして原点となる『Fate/stay night』の1ルートである「Heaven’s Feel」3部作の1章が公開されている。今冬からは『Fate/EXTRA Last Encore』がオンエア予定だ。

 わずか120強の上映館数で公開された『劇場版 Fate/stay night [Heaven’s Feel] I.presage flower』は、週末2日間だけで4億円の興行収入を叩き出している。3倍近くの館数で公開された2位の作品を大きく引き離しての大ヒットとなっている。

 今回映画化された「Heaven’s Feel」は原点『Fate/stay night』の分岐する3つの物語のうち、最終章となるエピソードだ。主人公の選択によって枝分かれしたストーリーの1つなので、3つの物語は時間軸としてはつながっていないが、順番通りにクリアしていくことが分岐ルートを出現させる条件となっており、通してプレイすると、全ての謎が解け、また主人公の成長も堪能できるようになっている。3つの物語はそれぞれ独立した時間軸で展開されていながら、関連しあい、1つの作品として表現されている。今回映画化された「Heaven’s Feel」は作品の核心部分となる聖杯戦争の真実、そして主人公・衛宮士郎の変遷を描く総仕上げのエピソードだ。

■「正義の在処」を愚直に、真摯に問う

 『Fate/stay night』は3つのルートを通じて、正義の在処を問う物語だ。他の2つのエピソードと較べて、「Heaven’s Feel」で描かれる正義のあり方は異質だ。前2つのルートで描かれた正義の在り方を反転させたかのような選択がなされる。3つのルートを通してみれば、正義では世界を救うことは叶わず、立場の数だけ正義があり、争いはなくならないと見えるが、だからといって本作は正義を決して冷笑的に見ることはない。

 どれだけ考え抜いても絶対の正しさに辿り着くことはないが、それでも正義について、愚直なまでに正面から考え抜くのが本作の優れた点だ。なにしろ、主人公の目標がいまどき「正義の味方」になることである。にもかかわらず本作が10年以上も支持され、色褪せずその魅力を放ち続けるのは、そのありふれた目標に、分岐ルートを用いて多角的に、どこまでも真摯に迫っているからだ。

 「Heaven’s Feel」は3ルート中、最も陰鬱で、沈痛で、悲壮な物語だ。映画はゲーム原作では明るい居間などでかわされる会話等も、薄暗い夜にシーン設定し直したりなど、原作以上に人の闇を炙り出そうという意欲が見て取れる。監督を務めた須藤友徳氏は、同じ奈須きのこ原作の伝奇小説『空の境界』映画化成功の立役者の1人だが、前作『劇場版「空の境界」未来福音』を思わせる、路地裏を重要なシーン場所に設定したりと、その持ち味を存分に発揮している。

■名台詞をカットしてまで新シーンを追加した意図

 映画というのは、省略の芸術だ。何を見せるのかと同等に、何を見せないかの選択は重要だ。2時間で見せられるものは限られるがゆえに、描かれない部分に対して、観客の想像力をどこまで刺激できるかで、作品の豊かさが決まる。ときには映画は観客の予備知識を信頼し、逐一説明しないこともある。余計な説明を省ければ描けるものはそれだけ増えるので、省略とは、作り手が観客の知識や想像力をどこまで信頼しているかのバロメーターでもある。

 例えば、今年公開された時代劇映画『関ヶ原』では、一部では歴史の知識がないとわかりにくいという声があったが、確かに西軍・東軍の勢力分布や進軍図などについての基礎情報を逐一説明してはいなかった。日本史最大のイベントであるこの合戦については、多くの日本人の大人であればそれなりに基礎知識を有しているはずだ、という前提であの映画は作られている。あの映画は明確に歴史を知っている大人をターゲットにした作品で、過剰な説明をしていないからこそ、膨大な原作小説に挑むことができた。

 本作もまた観客への高い信頼を前提にしている。「Heaven’s Feel」は3つのルートで最もシナリオ量が多いエピソードだ。それを時間の限られる映画で描くのであれば、描かれるもの以上に、省略の仕方が重要になる。結論から言えば、本作は見事なシナリオ構成であり、基礎知識のある観客にとってはむしろ刺激的な省略だったろう。

 最も大胆な点は、物語の導入部だ。『Fate/stay night』は主人公・衛宮士郎が、聖杯戦争という戦いに巻き込まれ、セイバーを偶然召喚することから始まる。その時セイバーが発する台詞「問おう。貴方が、私のマスターか」は本シリーズの代名詞となっている。

 しかし、本作はこの代名詞の台詞を大胆にカットし、映画は物語が始まる数年前、士郎と本エピソードのヒロインとなる桜の出会いから始まる。『スター・ウォーズ』シリーズで例えれば、「May the Force be with you」の台詞をカットするようなものだろう。この導入エピソードがとても効いている。「Heaven’s Feel」は衛宮士郎とヒロイン桜の愛の物語でもある。『Fate/stay night』という物語は、士郎とセイバーが出会うことで動き出すが、士郎と桜の物語は、それよりもずっと前から始まっていたのだ。作り手の原作理解が深いことを示す見事な改変だった。

 その名台詞だけではない、本映画は聖杯戦争についての詳細な説明も省いている。すでにFateファンであれば既知の情報は極力カットしている。再度語らずともこの映画を観る観客にとっては説明不要の事柄だと判断したのだろう。本作は明確にFateファンに向けて作られている。このシリーズの文脈を知らない観客には不親切に映るその構成は、ファンにとっては信頼の深さともなる。

 細かな心理描写にもそうした姿勢は明白にあらわれていて、例えば桜が自身のリボンに触れるのはなぜなのか、おそらく原作を知らねば思い当たらないだろうが、知っているファンからすれば、そのさりげない描写に複雑な感情を刺激してくれるからこそ、豊かな観賞体験となる。非常に入り組んだ複雑な事情を抱えた物語なので、もっと説明台詞が多くなるかと思っていたが、むしろ静寂を際立たせて、わずかなほころびで崩れ落ちそうな雰囲気が立ち込めていた。出来得る限り映像で語ろうとする、映画的な姿勢がとても強い。

 そんな狭い文脈をあてにして興行が成り立つのかと訝しむ人もいるかもしれない。だが、そういう作りで大ヒットしているのが事実なのだ。13年かけてファン層を拡大し続けた成果だろう。

 原作理解の深い須藤監督は、この稀有な物語をおよそ考えうるかぎりの高レベルで映像化してみせた。2章と3章も、忠実に悲壮な原作を映像化してくれるだろう。(杉本穂高)