―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。

麻里は本気の婚活を決意し、とうとう運命の男・優樹に出会う。しかし、彼からなかなか誘われず、やっとデートを実現させ定期的に会うようになっても告白されない。

そんな彼の秘密とは...?




「...あなた、だれ?」

電話に出たのは、優樹ではなかった。

「もしもし?」

ドスの効いた敵意丸出しの女の低い声が耳に響き、思考回路が停止する。

「...ま、間違えました」

現代のスマホ発信で、間違え電話などありえない。しかし、ひどい困惑に陥った麻里は、うわずった声でマヌケな言葉を口にしてしまう。

「いいえ、間違ってないと思いますよ。コレ、優樹の携帯ですから」

相手の女にも、麻里の弱気な動揺が伝わったのだろうか。まるで嘲笑うかのような意地悪い声色で、こちらを詰めにかかっている。

「どうせ、最近コソコソ優樹とデートしてる女でしょ?外銀男好きのミーハーなにゃんにゃんOLかしら。そういうことなので、諦めてくださいね」

女は勝ち誇ったように言うと、一方的に電話を切った。

―にゃんにゃんOL...?そういうことって、どういうこと...?

一体、何が起こったのだろうか。

麻里は自分でも気づかぬうちに、スマホを握りしめたまま、ポロポロと涙を流していた。


純朴男に、まさかの女の存在。このまま引き下がるか...?!


発狂女に「勝てる」と確信した瞬間


28年間生きてきて、これほど落ち込んだことがあっただろうか。

麻里の恋愛といえば、いつもどこか打算が働いたり、男側から言い寄られて交際が始まることが多かった。

よって、完全に無防備な状態でこんな事件に遭遇するのは非常に珍しいケースであり、そのぶんショックが大き過ぎる。

つい先程まで、優樹と代々木公園を仲良くお散歩していたのに。

まだ告白こそされていなかったものの、ここ最近は毎週末長時間のデートを重ね、1日1回はLINEのやりとりや長電話だってしていた。

年内婚約の目標を掲げて婚活に励んではいたが、優樹のことは本気の一目惚れで、自分なりに大切に大切に関係を築き上げているつもりだったのだ。

―優樹くんは、違ったのかな...。

計5回の幸せなデートを思い返すほど、悲しみで涙が止まらなくなる。

しかし、電話を切られてから数分後、撃沈する麻里のスマホが優樹からの着信を知らせた。




「......麻里ちゃん?本当に、本当にごめん......」

またあの女に罵られるかと怯えたが、意を決して応答すると、思い詰めたような優樹の声が耳に響いた。

「.........」

あんな電話のあとで謝られても、何と答えたらよいのか言葉が見つからない。しかし麻里が沈黙していると、事態はおかしな方向へと進んで行った。

「......今までどうしても言えなかったんだけど、実は、元カノと別れられなくて......」

―ちょっと、優樹!!出て来なさいよ!!!(ドカッ、ドンドンドン)

「俺......麻里ちゃんのことは本当に大好きで、きちんと別れてから告白したいって、ずっと思ってて...」

―何言ってんの?私は絶対に別れないわよ!!!(パリーン、ガッシャーン)

どうやら優樹は、あの恐ろしい女から逃げ、どこかに閉じこもって電話をかけているようだ。その背後に、発狂した女の金切り声と、その暴れ模様がハッキリと聞こえる。

「ゆ、優樹くん...。大丈夫なの...?」

「もう、本当に勘弁してよ。マジ、帰ってよ......!あぁっ!ゴメン!!今のは麻里ちゃんに言ったんじゃなくて...!」

普段は優しくおっとりとした優樹の極限まで焦った様子と、カオスとしか言いようのないスマホ越しの状況を伺ううちに、麻里は不思議と冷静さを取り戻した。

そして、電話越しの二人の悲惨な言い争いを聞くうちに、こんな風に思い始めたのである。

―これは...勝てるんじゃないかしら?

年内婚約を掲げる前の、単に男たちからチヤホヤされていた麻里であれば、自分も一緒になって感情を爆発させ、優樹を責め立て、どちらかの女をハッキリと選ばせていたかもしれない。

あるいは、どうしようもない修羅場を引き起こした情けない男として、このまま電話を切り、すべての記憶を消去したかもしれない。

しかし今の自分にとっては、このどちらの選択肢もNGであると、本能が告げていた。

「優樹くん......嬉しい、ありがとう。私も大好き」

麻里が選んだのは、“これまでのスタンスを一切変えず、優樹の味方として完全に寄り添う”という対応だった。


男女の修羅場での、麻里の対応の結果は...?


障害を乗りこえ、勝利を獲得した女


「それで......優樹くんは無事その女と別れて、晴れて麻里と付き合うことになったの?本当に大丈夫なのぉ?」

一連の流れを報告したのち、みゆきは顔を歪ませて言った。

爽やかな秋晴れが心地良い今日の休日は、7月に東京ミッドタウンオープンしたばかりの『Artisan de la Truffe Paris』のテラス席に集合していた。




もちろん、彼女の言いたいことは分かる。

こんな事件を起こした男に対して、下手に出るなんて馬鹿だと思われても仕方がない。

しかし、あんな発狂女を前にした最悪の場面で、優樹は危険を冒し、麻里にすぐ電話をかけてくれた。彼女に怒鳴られながらも、きちんと状況を説明してくれたのだ。

麻里の「嬉しい、ありがとう」のセリフは、戦略ではなく、ある意味本心なのである。

優樹には疑問を抱かされることも多かったが、これですべて辻褄が合い、嘘も隠し事もオールクリアになったのだから。

「大丈夫よ。優樹くん、もうさっそく新居に引っ越したし、彼女とも完全に切れたの。心配いらないわ」

麻里は自信満々に、フランス産フレッシュトリュフがふんだんに使われたリゾットを口に運ぶ。




実際、麻里の神対応に心を動かされた彼の行動は、かなり早かった。

その女は30歳で、いわゆる美人外銀女子で、ポスピタリティ・ゼロの強い女だったそうだが、そのヒステリー癖に疲れた優樹から別れを切り出すも、半年近くも抵抗され、合鍵も奪われたままだったらしい。

優樹はなるべく穏便に別れようと試行錯誤していたようだが、麻里が味方をしたことで正義感を刺激され、強行突破で引っ越しを手配し、女の方も思いのほか潔く身を引いたのだ。

―こんなに嫌な思いをさせて、最低な俺を受け入れてくれたんだから、麻里ちゃんには嘘ついたり、嫌な思いは絶対にさせないから...。真剣に、付き合ってくださいー

トラブルが収束したのち、優樹の赤坂の新居で、麻里に正式に告白してくれた。

あの、ラスボスを倒して姫を迎えに来たような彼の顔を思い出すと、つい顔がユルっとニヤけてしまう。

「まぁ......たしかに人って、同じ敵ができると仲間意識も強くなるし、障害があるほど燃えるって言うものね。麻里の場合は、ちょっと極端すぎるけど...」

「そうそう、まさにそうなの!強い絆ができちゃったって言うのかしら。だから心配しないで。...あ、ところでみゆきは、アフロ氏とはその後どう?」

アフロ氏というのは、優樹と同じ食事会で出会ったアフロヘアの男である。みゆきは順調にデートを重ねていると言っていた。

「あぁ、彼はもうやめた。わりとイイ感じだったんだけどね、結婚願望についてサラっと聞いてみたら、今はその気ないから、少なくとも3年後くらいとか言ったの。麻里も確認した方がいいわよ」

「あら...それは仕方ないわね」

麻里はみゆきを気の毒に思いながらも、自分と優樹に至っては、年内婚約という目標達成は、今度こそ楽勝だと確信していた。

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優樹が彼氏となり、有頂天の麻里。しかし、新たな試練が待ち受ける...!