クマによる人身事故はすべてが自己責任と言えるだろうか(写真:Artush / PIXTA)

大正4年に北海道の開拓集落で死者8人を出した、三毛別ヒグマ襲撃事故。昭和45年に大学生のワンゲル部員3人が亡くなった、日高山脈でのヒグマ事故。記憶に新しいところでは、昨年5月に秋田県鹿角市で起きた4件のツキノワグマによる死亡事故。人とクマとの軋轢、その歴史は長い。

被害者の自己責任論


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だが、本書『人を襲うクマ』でも「クマが人を襲う理由も、99%以上はクマが自分自身の安全を確保するための防御的攻撃である」と解説されているように、上記のようなケースは例外中の例外である。それでも毎年、クマによる人身事故は発生するし、それがネットニュースなどで流れるたびに、コメント欄には「被害者の自己責任論」が投稿される。

しかし、本書を読了後も、すべての事故を「自己責任」と言えるだろうか――? 本書は、上述の日高山脈での事故の詳細や、クマをよく知る猟師の話、実際に襲われた人たちへのインタビュー、専門家による解説を柱に展開される。「無知で無謀な行為が引き起こした」とは言い切れない、被害者に同情したくなる事例も少なくない。

たとえば、年の瀬もせまった2007年12月、上越国境の山。当然、雪山である。経験豊富な登山者が仲間たちと3人で歩いていて、突然現れたツキノワグマに押し倒された。攻撃されていたのは、わずか10秒足らず。痛みは感じなかったそうだが、搬送先の病院で医者にこう告げられた。「あなた、耳がないですよ」

冬眠に失敗するクマがいることも事実だが、ふつう、雪山に行くのにクマを警戒するだろうか?

インタビューを読んでいて特に辛かったのは、2009年9月、北アルプス・乗鞍岳の駐車場で起こった事故である。

被害者の男性は「助けてー」という悲鳴を聞いて現場に駆けつけ、倒れていた女性の背中にのしかかるクマの鼻を杖で殴りつけた。女性を助けたい一心だった。次の瞬間、クマは驚くべき速さで立ち上がり、男性の頭部へ前脚をふりおろした。「その一撃で右目がぽろっと落っこっちゃって、上の歯もなくなりました」

クマはその後も男性を助けようとした山小屋のオーナーや従業員らを襲い、さらに大勢の人が避難していたバスターミナルに侵入、最終的に10人もが負傷する惨事となった。

信じ難いのが、この日は3連休の土曜日で、男性とクマの周りを30〜50人もが取り囲んでいたという事実である。大勢の人がいる駐車場のような開けた場所で、なぜ? 

その調査結果は本書を読んでいただきたいが、いたたまれないのは、女性を助けて負傷した男性の受けた被害が、クマによる傷だけではなかったことだ。新聞やテレビの多くが「男性がクマを刺激したため、次々に人が襲われた」というニュアンスで事故を報道したのである。人を助けて目も手足も不自由になり、そのうえ悪者にされたのでは、あんまりだ。

「こんなところで?」

ほかにも、東京近郊の登山者で賑わう山頂直下など「え? こんなところで?」というケースが多い。鹿角の事故現場近くでクマを竹槍で撃退した人へのインタビューでは、掲載されている地図を見てぎょっとした。宿泊施設や店舗の立ち並ぶ観光地から、5kmほどしか離れていない。

この鹿角の事故は、タケノコ採りで山に入った人たちが連続して襲われた。事故のあった場所には、絶対に近づいてはいけない。それは間違いないのだが……。

年の半分が雪に埋まっているような地域にあって、山の恵みは貴重な収入源かもしれないし、山菜採りやきのこ狩りは、都会の人が「きのこなんてスーパーで買えば」と思うのとは別次元の、子どもの頃から全身で覚えた本能に近い喜びがあるのでは――と想像してしまうのだ。

だが、もし事故が起きたら、クマも殺されることになる。インタビューを受けた人たちが、「自分たちがクマのテリトリーに入り込んでいったのだから仕方がない」と言っているのも印象的だ。

日高山系で起きたワンゲル部員の事故については、ヒグマが執拗に大学生たちをつけねらう様子が亡くなった部員の手記などから明らかにされている。ひとり、またひとりと襲われる読んでいるだけで背筋が凍るような状況下、被害者たちの感じた恐怖や絶望ははかりしれない。

ヒグマの習性を知らなかったことが、悲劇へとつながった面もある。だが、情報を得にくかった時代のことで、被害者たちを責めるのも酷な気がする。せめて、これから山に入る人たちは、本書でも指摘されているこの事故が残した多くの教訓を知っておくべきだろう。

私の勝手な想像だが、大学生を襲ったこのヒグマ、他の登山者による餌付けや残したごみなどで、すでに人なれしていたのではないか?と思えてならない。知床では、観光客の与えた餌がきっかけで町に出てくるようになり、射殺されたヒグマがいた。最近ニュースになっただけでも、青森空港の滑走路、秋田新幹線の線路、飛騨高山の小学校校庭、札幌市街地などにもクマが出没している。

“今や、ヒグマやツキノワグマは深山にのみ住む幻の動物ではなく、私達の身の周りに普通に見られる動物になりつつある。”

人間と野生動物

本書でも解説されているが、人間のテリトリーへの度重なる出没には、自然環境の変化や人間側のライフスタイルの変化などさまざまな理由があげられる。もはや襲われた本人だけでなく、皆で彼らとどうつきあうのかを考えなければならないのだろう。


でもたぶん、この問いに完璧な答えは出ない。結局のところ人間と野生動物は、試行錯誤しながら折り合いをつけてゆくしかないのだから。

もう10年以上前になるが、ロシアの自然保護区を訪れたときのこと。地元の人たちは、きのこや蜂蜜など、森の恵みを存分に楽しんでいた。自然保護官にヒグマの人身事故について質問したときに返ってきた答えが、忘れられない。

「ヒグマの事故は、あるよ。でも、交通事故で年間何人が死んでる? それでも車をやめようなんて、ならないだろう? なんでクマには感情的になるのか、僕にはわからないね」

――ここまで割り切るのも、また、難しい。

※本書でも紹介されている、日本クマネットワーク「クマ類人身事故調査マニュアル」はこちら。