100%電気自動車(EV)の日産リーフが2代目に進化したのをはじめ、フォルクスワーゲンが主力モデルのゴルフにEVのe-ゴルフを導入するなどクルマの電気化が加速しています。

ニュースなどでは欧州や中国で内燃機関のクルマを禁止し、EVを主力とすると伝えられており、EVは次世代のクルマの代表格となっています。ここでは意外と知られていないEVの歴史を紹介しましょう。

EVの歴史は実は内燃機関を採用したクルマより古く、1839年に登場しています。しかし、当時は実用化できませんでした。その後1873年に実用的な電気自動車がイギリス人の手によって製造され、1900年頃は全世界の約40%を電気自動車が占めるまでに普及します。

しかし、ガソリンエンジンを搭載したクルマが1904年に時速100マイルを超えたことをきっかけにガソリン車が有利となります。そして1908年にフォードがあのT型フォードを発売し、1990年代になるまで電気自動車は歴史の舞台から姿を消してしまいます。

日本では第二次世界大戦後、石油は統制品だったためEVの需要が高まりました。そこで、後のプリンス自動車になるたま電気自動車が1947年に開発したたま号が登場しました。たま号は2ドアセダンで最高速度35km/h。1充電の走行距離は65kmでした。その後改良が加えられ1949年に発売された、たまセニア号は1充電で200kmの走行が可能となったのです。

しかし1950年朝鮮戦争が勃発すると、電気自動車のエネルギーとなるバッテリーに使用する鉛の価格が高騰し、EVは衰退してしまいます。1990年後半なるとテスト目的で開発されたEVが法人向けにリースされ始めます。トヨタはコンパクトSUVのRAV4 EV、日産プレーリージョイEV、ホンダはEV・プラスといったEVをフリート販売しました

そして2000年2月に日産は2人乗りの軽電気自動車のハイパーミニを発売します。日本で最初に型式認定を取得して市販されたEVで、マウント式200V充電器付きで400万円という価格でした。

軽量化を狙い、当時国産初のランフラットタイヤを標準装備したハイパーミニは最高速度100km/hを達成。1回の充電115km(10・15モード燃費)の走行が可能でした。しかしハイパーにミニはわずか2年で生産を終了してしまいます。

2006年になると、三菱自動車は軽自動車アイをベースとしたi-MiEVを発表し、2009年より量産を開始します。また2008年にはスバルが電気自動車のコンセプトモデルであるプラグインステラコンセプトを発表します。しかし、残念ながらプラグインステラは市販化されませんでした。

2010年12月に日産は新開発の量産型EVである初代リーフを発売。当初1充電の走行距離は200km(JC08モード)でしたが、改良を加えて最終的には280kmまで伸ばしました。また2014年には商用EVのe-NV200を発表し、ラインアップを充実させています。

超駆け足でEVの歴史を見てきましたが、これまで公害やエネルギー不足となると注目が集まったEV。これまでは何度も表舞台から消えて行きました。しかし、これからは次世代車の中心としてEVは進化し、普及することでより身近な存在になっていくでしょう。

(萩原文博)

実はガソリンエンジン車より先に登場していた!? 意外と知らない電気自動車の歴史【豆知識】(http://clicccar.com/2017/10/21/522685/)