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漫画家・矢寺圭太さんが10月3日にツイッターに投稿した「今日あった悲しい出来事」という漫画が2万回以上RTされるなど、話題になっている。

いったい、何が悲しかったのか。漫画によると、矢寺さんはいつもより多めに原稿料が振り込まれていることに気づいたという。編集者に確認したところ、電子書籍の売り上げが多かったといい、間違いではないそうだ。

「臨時ボーナス」が入った矢寺さんは、アシスタントを集め、「たまにはちょっとうまいものを食べに行きましょう」と焼肉屋へ。しかし、食事中に編集者から電話が…。「やっぱり間違ってて、大変申し訳ないんですけど、とりあえず全額返金してもらえますか?」

矢寺さんは翌日も漫画を投稿。「人間が手入力してるものなので、そういう事もあるかなあと」などと語っており、お金は返金したとみられる。矢寺さんは現在、巨大化した女子高生らが戦う「おにでか!」を連載中。作者の心もとても大きいようだ。

しかしながら、矢寺さんは今回、編集者に確認の上、「臨時ボーナス」だとして、スタッフにご馳走している。会社側が振り込みをミスしなければ、生じなかったはずの出費だ。法律だけで見た場合、今回のようなミスで、振り込まれたお金を全額返金する必要はあるのだろうか。櫻町直樹弁護士に聞いた。

●振り込みミス分は返還する義務あり…では、焼肉代は?

会社が振り込みミスをした場合、返金する必要はあるのだろうか。櫻町弁護士の答えは、「あります」だ。

「『法律上の原因』(ex.契約)がないのに、何らかの利益(ex.金銭)を得たという場合は、その利益は『不当利得』であり、本来の所有者・権利者に返還する必要があります(民法703条)。

今回の場合でいいますと、原稿料が多く振り込まれた理由である『電子書籍の売り上げが多かった』というのが、実は間違いだったということですから、振り込まれた原稿料のうち、『本来の原稿料として得られる金額より多い部分』については、法律上の原因がないのに得た利益、つまり不当利得にあたり、出版社に返還する必要があるということになるでしょう。

なお、善意(法律上の原因がないことを知らなかった)不当利得者については、『その利益の存する限度において』返還することとされています。『利益が存在するかどうか』について、判例では、準禁治産者(現行法では「被保佐人」)が結んだ貸金契約が取り消され、その結果、借りたお金が法律上の原因を欠く『不当利得』となった場合に、借りたお金の使途が賭博だった(浪費)ため、『金銭消費貸借契約に基づいて得た利益は、賭博に浪費されて現存しない』として返還不要と判断したものがあります(最高裁昭和50年6月27日判決・裁判集民 115号153頁)。

そうすると、今回の場合も、編集者に間違いではないか確認した矢寺氏は法律上の原因がないことについて『善意』であったといえ、焼肉代として支出した分については、『利益が存在しないので返還しなくてよい』と考える余地もあるかもしれません。

ただ、矢寺氏がアシスタントの人達に(日頃の労をねぎらうといった趣旨だと思いますが)焼肉をご馳走するというのは、『社内交際』あるいは『福利厚生』として考えることができると思います。

そうすると、それにかかった費用(焼肉代)は、矢寺氏が(使用者として)負担すべき費用であるところ、誤って振り込まれた超過分の原稿料から支払ったことによって、その負担を免れることができた(もともと(誤った振込みの前から)矢寺氏が持っていたお金を使わずに済んだ)と考えることができるでしょう。この場合には、『利益が存在する』といえ、誤って多く振り込まれた部分については、焼肉代として支払った分も含めて、全額返還すべきという結論になると思います」

●振り込みミスのお金、引き出して使うと犯罪になるかも?

今回、矢寺さんは当初の振り込み金額がおかしいと思って、出版社に確認している。今回のような場合に、もしも確認せず、そのまま引き出してしまうと、犯罪になることもあるそうだ。

「誤って振り込まれたお金を引き出した場合には犯罪が成立します。たとえば、次のような裁判例があります。

これは本来、税理士が受け取るべき顧問料などが誤って別人Aの銀行口座に振り込まれたというケースで、Aは振り込みミスであることを知りつつ、それを銀行(の窓口係員)に告げずに払い戻しを受けてしまいました。

最高裁は、口座に誤った振り込みがあることを知った場合には、『銀行に告知すべき信義則上の義務がある』『誤った振り込み金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はない』として、詐欺罪が成立するとしています(平成15年 3月12日刑集 57巻3号322頁)」

とは言え、金額の桁が違えば、ミスの可能性にも思い至るが、気づかない場合もあるのではないだろうか。

この点について、櫻町弁護士は、「振り込みミスであることに気づいていなければ、上で挙げた最高裁判決の条件である『ミスを知っていた』ことにならないので、犯罪は成立しません」と説明する。「ただし、不当利得であることには変わりがないので、返還する義務はあります」

その意味では、今回の矢寺さんのように、振り込みの数字が怪しいと思ったら、確認してみることが大事と言えそうだ。

(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
櫻町 直樹(さくらまち・なおき)弁護士
石川県金沢市出身。企業法務から一般民事事件まで幅広い分野・領域の事件を手がける。力を入れている分野は、ネット上の紛争解決(誹謗中傷、プライバシーを侵害する記事の削除、投稿者の特定)。
事務所名:パロス法律事務所
事務所URL:http://www.pharos-law.com/