「運が開ける方法」はあるのか?(写真はイメージ)


「運がいい」とか「運が悪い」とかそんな定義づけは所詮、主観以外の何ものでもない。

 超現実主義者である私は、朝の情報番組でこぞって垂れ流される占いを、心底どうでもいいと思っているし、むしろ嫌悪すら感じている。勝手に人の運命を占って、勝手に注意をうながして、お節介にもほどがあると思うのだ。

 その思想のもと、20代の頃に自らの意思とは無関係に訪れる厄年に対し、「そんなもん関係あるかい」と一笑に付すスタンスを取った。

 だって星座占いが本当なのだとしたら、人口の12分の1がその日一日何をやってもうまくいかないとかおかしい。挙句、今日のラッキーパーソンは「宝くじ高額当選者」「雀鬼」「銀行員のラガーマン」などと、ともすれば脅迫に近いような人づきあいを押し付けてきたりする。そんなのナンセンスではないだろうか。何か物事がうまくいかない時、それらに対する自らの責任を放棄し、転嫁して星座占いや運気のせいにする。それはある意味、とても楽だ。

 かたや厄年。厄年によって、自分と性別が同じ同学年の人間すべてが1年もの間、災いにびくびくして過ごす。バトルロワイヤル感がハンパない。厄祓いをしなければ悪いことが・・・という強迫観念のもとに、お祓いに金を払った奴から順に、その精神的負担から逃れられるという理屈は、中学生の頃に経験した「カツアゲ」と同じ論理ではないのか。一度でも払うと、奴らは味をしめて2回、3回と金をせしめようとする。その悪い予感に震えた私は、仮にお祓いをすることが世の理だろうと、「払いませんし、祓いません」という毅然とした対応が必要だと考え、青い反骨心でもって拒否の姿勢を貫いた。

 結果、何が起きたか。

 うん、仕事は決まらなかったし、ええ、彼女は寝取られるし、まあ、ヘルニアで左足が麻痺したし、挙句、パニック障害にもなった。しょ、所詮その程度のことだ。ああ、あと水虫にもなった。

 20代の厄年を過ぎてすぐに、それらすべてを嘘のように克服し、または治癒したことを考えると、、代えがたい貴重な体験をし、人間的に一回り成長したのだから、僅差で勝ったと考えている。「カツアゲ」されなくてよかったかなと、振り返ってみて思う。

 だが今、すぐそこにまた「カツアゲ」の季節がやってきた。しかも今回は「大厄」というラスボス的なやつだ。前哨戦となった「前厄」に、足を負傷して労災を使ったり、出張先のホテルにおいて尿路結石でのた打ち回ったりと、予告編からしてなかなか大作の予感に、いまから身もだえしている。

 本当は周囲に、この恐怖を少しでもおすそ分けして気を紛らわしたいのだが、自らの経験を踏まえると、他人の「オレ、今年、厄年でさー」から始まる話ほど、どうでもいい話題もなかなかない。これ以上、ただでさえ少ない友達を減らしてもなんなので、自分一人で何とかしようと思っている。

 でも、厄年を乗り越えられずにもし死んだとしたなら、「あいつは、厄払いの金をケチった結果・・・」とか言われるのもシャクだ。だから一応、ひそかな努力の成果をここに記そうと思う。

 今回、お祓いはせぬままに「厄」を乗りきろうと私が考えたこと。それはいままで遠ざけてきた「運気」や「占い」によって、この局面の打開をはかれないかということだった。「厄」という脅威に対して「運」という武器を手に、四十路男が行った何とも地味な宣戦布告。この際、運という不確かなものと、とことん向き合ってみるのも面白いかもしれないと、読み始めた本のなかから「使える3冊」を挙げる。

 はたして、運が良くなる行いや気の持ちようによって私の運命は好転し、厄年を乗り切ることができるのだろうか。

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日ごろの行動で運気は上げられる?

『スゴ運。』(唱田士始矢著、フォレスト出版)

『』(唱田士始矢著、フォレスト出版)


 宝くじに当たると不幸になる・・・まことしやかに囁かれる都市伝説がある。これは因果応報的な考え方から広まったのではないだろうか。大体、高額当選者に会ったことなどないし、当選者のその後を追ったドキュメンタリーなど、あろうはずもないから確かめようもない。それなのに、どうして不幸になるなどと言われるのだろうかと不思議に思っていた。この説は、単なるやっかみではないのか。「努力もせずに棚ぼたで金を儲けていいはずがない」「人間は地道な努力が一番だ」というお説教から出たものだと。

 そう考えが固まりつつあったある日、私の競馬仲間から本書が届いた。なんと6億円の宝くじに当選して名乗り出た、変わり者の著者が書いた本であるという。

 早速ページを開くと、当選を証明するためか6億円の振込印字がされた通帳のコピーが現れた。合成写真でなければ強烈なインパクトである。しかも、本書を読みすすめてゆくと、当選後にもラスベガスのカジノで2000万円が当たったり、買ったが株50倍になったりと、景気のいい話が羅列されている。どうやら相当に運のよい御仁らしい。本書にはそのノウハウが余すところなく盛り込まれているのだ。

 著者は、運気を上げるために「日取り」と「方位」に徹底的に気を配っている。東京から弘前まで旅をした後、東京に戻ってから福岡へと飛んだり・・・とかなりアクティブ。その目的が金運を良くするためだけの行いというから驚きだ。だが実際、その行いの結果として著者は福岡で購入した宝くじによって6億円を手に入れている。

 しかし他方、高額当選者のネットワークからの情報なのか、釘を刺すかのようにやはり、高額当選によって人生を狂わせた人がいるということが綴られていた。

 科学では説明のつかない独自の理論を「マユツバ」扱いするのは簡単だが、思い出してほしいのは、映画『ドラえもん のび太の魔界大冒険』である。「もしもボックス」に「もしも、科学ではなく魔法が・・・」とのび太が電話をかけ、魔法が世のすべてを動かしているパラレルワールドの話。多くの人が、幼少期に大きな影響を受けただろうこの傑作大長編映画は、世の中に「絶対」なんて存在しないことを教えてくれる。

 影響を受けやすい私は、すわ実戦と取り組もうとした。だが本書の記述に、むこう4年間の私の運気がにっちもさっちもいかないという予測が書いてあり、早々に実行をギブアップしたのだった。

 本書の理論および方法論は、あえてここに書かない。が、本書にある「周囲の人との相性の判断の仕方」という項目と照らし合わせると、私と非常に相性が悪いとの結果が出た人から、少し前に絶交を突き付けられてしまっていた。これは偶然か? たぶん偶然だと思うのだが・・・。自分のなかで本書の信憑性がちょっと増した。厄年を過ぎたあたりにちょっくら実践してみようかしら。

麻雀と将棋の天才が「運」を論じる

『運を超えた本当の強さ』(桜井章一著、日本実業出版社)

『』(桜井章一著、日本実業出版社)


 運などに左右されない。そのような強い決意が見え隠れするタイトルである。事実、本書のなかで語られる内容のほとんどは、一般の「運」に対する概念を覆す。

 構成は、聞き手の質問に対して、麻雀の裏プロの世界で20年もの長きにわたって無敗であった雀鬼、桜井章一が答えるという形式。その禅問答のようなやりとりに、時に理解が追いつかないほどの質の高い応酬がなされる。この聞き手、ただ者ではない。

 それもそのはず。単行本の表紙にその名前こそ記載されていないが(桜井章一の名前のみである)、聞き手は弱冠25歳にしてタイトル棋戦全七冠を制覇した、日本で一番有名な将棋指し・羽生善治その人なのである。

 現在進行形で勝負の世界に生きている羽生が、裏プロの世界を引退してからかなりの時を経過した桜井に、自らの名をあえて伏せてまで聴きたかったこととは何であろう。タイトルがほのめかす運を超えた強さともども、非常に興味をそそられ、為になる考え方に満ちた1冊であった。

 本書の出だしから桜井は、不可解なことを述べる。

 曰く、恐れずに相手に運を譲れ、と。うーん、分かんない。分かんないなりの個人的な解釈で恐縮だが、場合によってわざと弱い相手へと当り牌を振り込むことで、場を均(なら)す感覚がどうしても必要だということらしい。運が偏ると、自分にも滞った悪い流れの弊害があるために、交通整理をするように運を導いてやる。そう理解した・・・気になった。常人にはちょっと分からない感覚である。

 また桜井は、こうも言っている。

「運を持っていても、たいしたことのない奴はその運にすがりついて、使い果たしてしまう。使い果たした先は飛行機が燃料切れをおこすように奈落が待っている。本当に強い奴は、持っている運をわざと減らすところから始めるのだ」

 運をわざと減らすと何が起こるか。

 選択肢が増えて、自らの力と運とをハイブリッド車のように上手く掛け合わせながら戦えるのだということらしい。結果、より大きな運を呼び込むことにつながるということを経験的に得たと。

 それを受けて羽生は、自らの経験を持ち出して7冠を獲った時の感覚のことを述べる。その時は、すべてが自分の手から「離れて」、何もせずに神輿に乗っているようで、自力で成し遂げたという感覚がなかったと。そう答えるのだった。読んでいるこちらは、何やら超サイヤ人の闘いに紛れ込んだヤムチャのような心持ちだった。

 終始こんなやり取りが続く本書。言葉よりも感覚で語られているので、実際に自分で読んでみなければ感じが掴めない本だと思う。なかなかに紹介しづらい1冊だが、それは私の文章力が低いばかりではないことを付記させてほしい。

 実力を持ち、なお運にも選ばれる彼ら二人は、何が違うのだろう。読後必死に考えた。勝負に真剣に臨みながらも、精神の余白を持って自分本位にならず、相手や周りの人を活かすことを感覚的にやるということ。それが、結果的に大きな成果=運を呼び込むということにつながっていると私は理解した。

 でも、こういうことを「必死に」考える時点でダメな気もする。いままでに読んだことのない不思議な感覚をもたらす本だった。

運を手にするため、差し出さなければならないもの

『宿澤広朗 運を支配した男』(加藤仁、講談社+α文庫)

 私も運を支配して「厄」を追い払いたい。そんな思いから手にした「運」に関する本たち。だが本書の内容はいわゆるハウツー本ではない。

 プロローグは葬儀の場面から始まる。通夜と告別式に訪れた弔問客は合わせて6000人。故人を偲ぶ人々の様子が子細に描かれる。

 その祭壇には3枚の遺影が飾られたという。亡くなったのは宿澤広朗(しゅくざわ・ひろあき)、享年55歳。天才と言われたラガーマンにして、三井住友銀行専務取締役、そして何より良き家庭人という「3つの顔」を持っていた。全速力で駆け抜けた彼の人生が、本書には綴られている。

 進学校から早稲田大学へと進んだ宿澤は、ラグビー部の門を叩く。名門校で1年生からスクラムハーフのレギュラーポジションを獲得し、大学ラグビー界で知らぬ者のいない存在へと駆け上がってゆく。だが大学4年時の、最後の選手権では思うような結果を得られずに、一度はラグビーと決別する意思を固め、社会人ラグビー部のない住友銀行へと就職することを決めた。

『宿澤広朗 運を支配した男』(加藤仁、講談社+α文庫)


 それでも運命は、宿澤がラグビーから離れることを許さなかった。複雑な要素が絡まり合い、宿澤本人も銀行員とラグビー選手という二足のわらじを履く覚悟を、次第に持つに至ったのだ。住友銀行は、彼のためにラグビー部を創設して、日本代表へと彼を送り出すことを決める。当時の上司は、宿澤を「強運の持ち主」であると述懐する。たゆみない努力と、それによって培われた実力と、それらを生かす恵まれた「運」。これらがうまく相関した時に大きな力が生まれる。その信念のもと、宿澤は自身のラグビー人生を全うした。

 現役を退いた宿澤は、大仕事をやってのける。1989年日本代表監督として、テストマッチ(=練習試合)とはいえ、スコットランド代表を初めて破るという快挙を成し遂げたのだ。その「運」すらも支配するような戦いぶりは「奇跡」と称されたが、その裏には徹底的な分析と緻密な作戦、そして何より努力があったという。

 その後、銀行員としてもバブル後の不良債権処理に全力で取り組み、凋落した松下電器復活の陰の功労者ともいわれた。傍から見れば、勝ち続けた順風満帆な人生はしかし、身近な人々の証言をもとに紐解くと少し別の顔が見えてくる。

 本書の巻末に付された文庫版の解説を読んで、私の心は大きく揺さぶられた。日本代表のフォワードとして、宿澤が代表監督時代に絶対の信頼を寄せた林敏之。彼曰く、「運すら支配するような華々しい活躍の影で、宿澤は孤高であり、一面の孤独を感じていたのではないか」と綴られていたのだ。

 この解説は沁みた。運を味方にするため、運と対峙するためには、生半な覚悟ではダメだということを突き付けられた気がしたのだ。「運」を手にするためには、差し出さなければならないものがある。全力疾走しなければ手に入れることができないもの。若くして逝った宿澤は、彼の人生をかけてそのことを証明したのではないか。

 全力疾走は、他人と手と手を携えて、できるものではない。自分自身との闘いという孤独な時間を過ごした者だけが、手に入れることのできる成果。第三者的な立場でそれを見ていると、それが「運」と呼ばれるものに見えるのだろう。前述した桜井章一とは永遠に交わらない「轍」のようだ。

 この本は、読む者に「運」という名を付されたものが、じつは我々がよく知っている「努力」や「根性」や「胆力」といったものの別名であると突きつけてくる。運を支配するためには、孤独な闘いに身を投じるしかないということを。

 そして、その結論はどこか私をほっとさせた。

 厄年を乗り越えるためと、「運に関する本」を色々と手にしたが、一周回って元の地点に戻ってきた感が否めない。地道でストイックな努力が、運を呼び込み、厄を追いやるのではないかという結論に至ったのだった。

 冒頭の一文が答えだ。実は答えは、初めから出ていたのだ。

 主観的な捉え方次第で、それは、その無形のものは「運」にも「厄」にも形を変えるのだろう。

筆者:松本 大介(さわや書店)