内部留保は現金ではありません(写真:もとくん / PIXTA)

いよいよ22日、衆議院選挙の投開票が行われる。議席獲得が大きく注目される希望の党がすでに掲げている9つからなる公約の1つ目が「消費増税凍結」。その代替財源として挙げられたものが内部留保課税だ。公約には「300兆円もの大企業の内部留保への課税なども検討し、プライマリーバランスの改善を図ります」とある(希望の党のHPより)。

この公約が公表されると、途端に「また内部留保か」と多数の反発が寄せられた。東洋経済オンラインでも大江英樹氏による「希望の党の政策『内部留保課税』がヤバすぎる」で問題点を指摘しているが、別の観点からも解説したい。

内部留保=現金という勘違い

経済系のニュースを読んでいる人ならば「内部留保に課税とか、内部留保を給料アップや設備投資に回せという話は間違っている」という記事を1つくらいは読んだことがあるかもしれない。

筆者が書いている個人ブログでも、4年も前に書いた内部留保に関する記事へのアクセスが急増している状況だ。

ヤフー!ジャパンが提供するリアルタイム検索でツイッターフェイスブックの投稿を検索すると、10月7日、8日は9000回以上も「内部留保」がつぶやかれており、これは人気アイドル「乃木坂46」の7000〜8000件を大きく上回る。

人気アイドルを上回る勢いでつぶやかれる「内部留保」だが、その勘違いへの指摘は一言で終わる。

「内部留保は現金ではない」

内部留保に関する間違った言説のほとんどが、内部留保=現金という勘違いに基づいているからだ。

ただ、この説明をいくら繰り返しても「内部留保騒動」は10年前から続いており、ゾンビのように甦っては、いよいよ政党の選挙公約にまで盛り込まれた。そこで内部留保は現金ではない、という話とは別の角度から説明してみたい。

正確な会計用語として、内部留保が使われることはない。上場企業が公表する決算書を見てもわかるように、内部留保という言葉はどこにも載っていないからだ。

決算書の項目に対応させるのであれば、利益剰余金や利益準備金などが内部留保にあたるだろう。内部留保は「過去の利益をため込んだもの」という漠然としたイメージを持たれている。これが内部留保=金庫にため込んだ現金、といった誤解につながっていると思われるが、このイメージ自体は決して間違っていない。

売り上げから費用と税金を差し引いたのが税引き後純利益(略して純利益)、利益から役員報酬や配当を支払った後に残ったのが、すでに説明した利益剰余金や利益準備金として積み上がる。

「『過去にため込んだ利益』を給料とか設備投資に回せなんて当たり前」ということになるのかもしれないが、実際にはそれほど簡単な話ではない。これは簿記・会計のベースとなる「複式簿記」の考え方を理解する必要がある。

企業会計を知らずに内部留保を語るなかれ

売り上げが100万円発生したときに、企業会計のルールでは「売り上げが100万円」とは考えない。「売り上げが100万円発生し、現金が100万円増えた」と考える。つまり「複式」だ。簿記のルールに従って記載すると以下のようになる。

現金 100/売上 100

このような記録の仕方を「仕訳(しわけ)」と呼ぶ。

売り上げ100万円で現金が100万円増えるなんて当たり前のことをわざわざ記録する必要があるのかと思われるかもしれないが、企業の取引では現金取引のほうが少ない。月末締めの翌月払い、とクレジットカードのように支払いがなされるのであれば、いったん売掛金(ツケ)として計上され、その後ツケを回収する流れになる。これを仕分けで表示すると以下のようになる。

売り上げ発生時
売掛金 100/売上 100
回収時
現金 100/売掛金 100

これが内部留保と何の関係があるんだと思われそうだが、ここまで説明してやっと内部留保の勘違いを解説できる(会計ルールを正しく知りたい人には、簿記3級から勉強することをお勧めする)。

決算書はおカネの調達方法と保有形態を示している

上記の仕訳は、月末や期末に集計されて、損益計算書(PL)と貸借対照表(BS=バランスシート)としてまとめられる。売り上げは収益、現金と売掛金は資産の項目にあたる。


PLとBSの右側にある「収益」「負債」「純資産」はいずれも「おカネをどのような手段で調達したか?」が記録される。左側の「資産」「費用」は「調達したおカネをどのような形で保有しているか? あるいは使ったか?」が記録されている。右と左で表していることはまったく意味が異なる。

したがって、先ほどの仕訳は「売り上げで調達した100万円を現金の形で保有」していることが記録されている。

現金 100/売上 100

これが借金で調達したならばA、株の発行で調達した場合はBのような仕訳になる。

A 現金 100/借入金 100
B 現金 100/資本金 100

(※仕訳のルールとして、たとえばBSの左にある「資産」に属する勘定は、増えるときは左に、減るときは反対側の右に書く。負債ならばBSの右にあるのでその逆となる)

(※正確にはそれぞれ短期借入金や資本準備金となる場合もあるが、簡略化して記載した。ほかの仕訳も簡略化して記載している)

調達した現金で株や設備を買うと以下のようになる。

株 100/現金 100
設備 100/現金 100

企業が資金を調達する方法は売り上げ(収益)、借金(負債)、株の発行(純資産)と、大きく分けて3つしかない。内部留保は一般的に利益準備金や利益剰余金を指す。

つまり、バランスシートの右側に記載されている内部留保は「どのように調達したか」の記録でしかなく、それを「どのように保有しているのか」、現金なのか株なのか設備なのか、内部留保の額だけを見てもまったくわからない。上記の仕訳でも、現金が株や設備へ置き換わる際に内部留保にはまったく影響していない。内部留保=現金がいかにとんでもない勘違いかこれでわかっていただけたのではないかと思う。

では、内部留保で設備投資や給料を上げろという考えはどうか。これも仕訳で考えれば簡単に間違いだとわかる。すでに説明したとおり、給与アップや設備投資で減るものは「現金」であって内部留保ではない。

現在日本企業が保有する現金は200兆円を大きく超えている。つまり、百歩譲って「過剰に現金を持っているのだから給料や設備投資に使え」という話はまだ意味も通るが、「内部留保を給料や設備投資に使え」は、そんなことをしても現金が減るだけで内部留保は1円も減りません、ということになる。

給料アップの要請は労働者として何ら問題のない行為だが、その際に内部留保を使えと余計なワードを使うから議論が混乱してしまう。給料アップの要請に根拠を持たせるために出てきた話が内部留保だと思われるが、根拠にもなっていないことは明らかだ。サービス残業をやめさせろとか、名ばかり管理職・名ばかり店長に残業代を払えとか、そういった主張のほうがよっぽど根拠がある。

内部留保を減らす方法

では内部留保を減らす方法はないのかというと、そんなことはない。

1つは給料をたくさん払って赤字にすることがあげられる。赤字になると純資産の部にある利益準備金が減るからだ。設備投資も買った時点では現金が設備へと形を変えるだけだが、設備もまた毎年少しずつ費用として計上されて赤字になれば利益準備金を減らすことになる。

さて、これらは認められるかどうか。給料が増えれば社員は喜び、設備投資が増えれば取引先の機械メーカーも大喜びだと思うが、現金が余ってるから、内部留保があるから、という理由でこんなことをやれば経営者は株主にクビにされるだけだ。場合によっては株主に訴えられる可能性すらある。

株主に文句を言われない形で内部留保を減らすにはどうしたらいいのか。これは配当を出せばいい。現金が減り、内部留保も減るからだ。

実際、不要な現金をため込むことは企業経営的には褒められたことではなく、株主の圧力に押されて資金を一気に配当することもある。特別配当とも呼ばれるが、マイクロソフトは2004年から4年間で8兆円という、史上空前の配当(配当と自己株買いを含む株主還元)を行った。

政府が企業の内部留保を減らしたいのであれば、現在20%となっている配当への税率を非課税にすればいい。金持ち優遇と批判を受けるだろうが、株価も上がって年金資産の運用にもプラスとなり誰も困る人はいない政策になるだろう。

では、企業の経営者は毎年積み上がる現金や内部留保を減らしたいと思っているのだろうか。実際はその真逆だ。

2017年3月期も大手や準大手を中心に多くのゼネコンが過去最高純益を更新した。大林組以外にも、長谷工コーポレーションや戸田建設など、この春新たにスタートしたゼネコン各社の中期経営計画には「内部留保の確保」の文言が躍る。積み上がるキャッシュの使い道として、内部留保の充実が選ばれているのだ。

東洋経済オンラインも「大林組が配当より内部留保『貯蓄』に励む理由」というタイトルの記事を2017年6月16日に配信している。

内部留保の貯蓄に励む理由として、記事では建築業界の先細りが挙げられているが、建築・不動産業界は不況のあおりを真っ先に受ける。リーマンショックのときには上場企業の破綻数が過去最高を更新したが、そのうち半分は不動産系だった。当時内定切りで世間の注目を集めたのも不動産系の会社だ。経営者として、身を守るために現金をため込んでおくことはある意味当然のことだ。

内部留保は攻めに使われる

また、守りだけではなく攻めでも内部留保は必要だ。近年の大型買収の1つに、2014年のサントリーホールディングスによるビーム(現・ビームサントリー)の買収がある。ジンビームで有名な酒造メーカーだ。

買収額は約1.6兆円と報じられたが、決算書を見ると2014年は1.4兆円程度が株式取得にあてられている。そのほとんどがビームの買収によるものだろう。必要な資金として1.1兆円は借入金だが、残りは自己資金で賄われた。結果的に前期末に約4186億円あった現金は買収が実施された2014年末には約1993億円と、半分以下に激減している。

この買収によりサントリーは蒸留酒メーカーとして世界ランキング10位から3位へと一気にのし上がった。

それ以前にも、2009年には傘下のサントリー食品インターナショナルが仏オランジーナ・シュウェップス・グループを3000億円で、2013年には英製薬大手グラクソ・スミスクライン(GSK)の飲料事業を2106億円で、巨額の買収を立て続けに実施している。2013年は株の発行で約2754億円を調達しているが、企業は自己資金、借入金、株式発行とそれぞれの資金調達について、自社の株価や金利水準、保有資金の状況に合わせてその時々で最適な手段を検討する。

結果的にこれらが正しい買収だったかどうかがわかるのは何十年も先になるが、手元に積み上がった現金も内部留保も無駄ではないか?とサントリーHDの経営者が問われたなら、多分苦笑いをするだろう。

企業にとって意味があることは、資金を調達して利益を生み出すことであって、借金も株の発行も内部留保も資金を調達する手段の1つでしかない。それを一部だけ取り上げて無駄とかため込みすぎと批判されたところで、なんら意味がない。

内部留保に課税するとどうなるか?

さて、希望の党が公約に掲げる内部留保への課税が実現したらどうなるか。できるかできないかでいえば、課税自体は可能だ。ただし、すでに説明したように給料を上げたり設備投資をしたりしても内部留保に影響はなく、結局企業がやることは課税を避けるために配当や自己株買いだろう。

これによって起きることは企業経営の不安定化だ。株主還元が増えることは決してマイナスではなく、それどころか経済全体でプラスの効果も見込めるかもしれないが、課税を避けるために配当を払うことは歪んだインセンティブを生む。

先に挙げた不動産業界のように、業績悪化のバッファー(緩衝剤)となる手元現金は減り、倒産リスクが上がるかもしれない。また、マイクロソフトのように成長期には配当を出さず再投資に回して資金を外部流出させない、といった資本政策が採りにくくなる。内部留保を手厚く持つほど税金が増えてしまうのであれば、配当を払わなければ投資家に損をさせてしまうからだ。

本当に内部留保課税を行うのであれば、配当の非課税化くらいはやらなければ資金調達で混乱をきたすと思うが、おそらくそういった対策はまず行われない。内部留保課税や内部留保で給与アップといった話は必ずといっていいほど「大儲けしている企業を懲らしめて庶民を守る」といった文脈で語られるからだ。「消費税の増税をやめて内部留保に課税を」という希望の党の公約にもその傾向は強く見て取れる。

今回の公約は与党自民党からも批判を受けているが、内部留保で給与アップや設備投資を行って経済成長、といった話は与野党問わず過去に多数の議員がたびたび発言しており、社民党も内部留保課税を公約に挙げている。希望の党が突出して問題があるわけではなく、すべての政党が五十歩百歩という状況だ(内部留保課税は二重課税、という批判が麻生太郎財務相からなされているが、そうであれば配当への課税は利益に法人税を課した後への二重課税となる)。