真の「令嬢」を、あなたはご存知だろうか?

アッパー層の中でも、その上澄みだけが集う世界で生きる薫は、「普通」とはかけ離れた価値観で生きてきた。

高価なジュエリー、日々の美食、時間に追われぬ毎日。

仕事も家事もせず、誰もが羨むような贅沢を当たり前のように享受する薫。

そんな薫にも悩みはある。

だがそれはやはり、「普通」とはかけ離れたものだった。

懇意にしている百貨店の担当さんや偶然再会した同級生から、思いがけない言葉を言われて、落ち込む薫。さて、今週は…?




今夜は久しぶりの女子会。

薫はデートのときよりも入念に全身をチェックする。

選んだのはドルチェアンドガッバーナの、新作のシルクのブラウスとタイトスカート。

このメンバーならいいよねと言いながら、シャネルの真っ赤なリップをつけてみた。

久しぶりに会う今夜のメンバーには、積もる話が山ほどある。

実家に戻り「家事見習い」をしている麗奈、バリバリ外資系金融機関で働いている美香、サロンを経営する由衣、そして薫。

薫を通して仲良くなった顔ぶれだ。

薫とまではいかずとも、皆学生時代から経済的に余裕があり、そして美しかった。

4人でホテルのスイートルームでパジャマパーティーをするなんて定番で、本場に行ってみようと言って韓国に焼肉を食べに行ったり、シンガポールスリングを飲むためにみんなでラッフルズ ホテルに泊まったりしたこともある。

失敗した買い物も、別れた彼も、なんとなく笑い飛ばせるような、そんな仲良しだった。

余裕がある女同士はマウンティングなどしない。

すべてにおいて余裕がある彼女たちと過ごすことは、薫にとってすごく楽なのである。

恋愛相談も、買い物の相談も、嫉妬や嫌みとは無縁だった。


女子会の帰り、ある場面を目撃してしまう。


今日の女子会は赤坂の『takazawa』。

いつもお店選びは薫の仕事だ。

食感の違う野菜のコンビネーションを一口で味わうラタトゥイユは有名な逸品。シェフの繊細さが凝縮されていて、薫は毎回驚いてしまう。




圧巻のコースメニューに、舌の肥えたこのメンバーも満足そうな笑顔を浮かべていた。

考え抜かれた上に、相手を疲れさせないようナチュラルに帰着した逸品の数々。

オープンキッチンから見えるシェフの洗練された仕事、奥様の絶妙なサポートと豊富な知識。

ドリンクのペアリングも完璧で、おしゃべりもはずんだ。

使われているオリーブオイルがあまりにも美味しいため、皆でお取り寄せすることを決めたり、バカラを食洗機に入れたら割れてしまったというちょっとドジな麗奈の話にみんなで顔を見合わせて大笑いした。

そして、由衣が誕生日にプロポーズされそうだというので、みんなでブライズメイトをやろうと気の早い計画で盛り上がり、30歳になる時はここで五大シャトーを飲もうと約束した。

彼女達と過ごす時間は居心地が良く、変な気を使わずにいられる。このメンバーは、薫にとってかけがえのない友人たちだ。

絶品のコースメニューを食べ終え、お腹は十分に満たされたが、女同士の話は尽きない。

レストランを出て、次はどこに行こうかと話しながら歩いていると、美香が急に足を止めた。

「え、あれってもしかして…」

美香の視線の先にいたのは、居酒屋の前に座っている女性だ。

薫も思わず足を止めてしまった。

「真紀子さん?」

そこにいたのは、上京したときから薫がお世話になっている一流メゾンの担当さんだった。

ファッションショーのアテンドも、イベントのアテンドもしてくれていた真紀子さん。

もちろん今日のメンバーも紹介したことがあるし、新作が出た時に一緒に買い物をしたこともある。

気が利きすぎる真紀子さん。

薫が大学に入学し担当になってもらった時から、一回りくらい年の離れた頼れるお姉さんとして、もう10年近く仲良くしてきた相手。

今日持っているバッグは彼女の勧めで、コーディネートが引き締まるからと言われて最近愛用していたバッグだ。

初めて薫が手にしたオレンジ色のバッグだったが、たしかに彼女の言う通り、その一点だけでシンプルな装いでもすごくこだわっているように見えてお気に入りだった。

いつも素敵で、完璧な真紀子さん。

だが、今目の前にいる真紀子さんは、居酒屋の前で酔いつぶれて、同じメゾンの店員さんたちに抱えられていた。


担当さんも人間だけど。。


赤坂の街で、この女子会のメンバーは目立つ。

薫に気づいたのであろう他の店員が、真紀子さんに耳打ちした。

「た、高沢様!大変申し訳ありません。」

薫に気づいた真紀子さんは、突然我に返ったように立ち上がり大きな声で薫に謝り始めた。

「いえ、私に謝ることじゃないです。」

消え入りそうな声で薫は返事をし、その場をあとにした。

本当に真紀子さんだった。人違いだと思って通り過ぎたかった。

ーあんなになるまで同僚と飲むなんて、仕事のストレスが原因かしら。

薫はいつもの、品のある真紀子さんの笑顔と今日の姿のギャップが、まだ信じられずにいた。

ーもしかしたら、私のような顧客の悪口を言いながら、浴びるように飲んでたりするのかしら。

勝手に嫌な想像を膨らませてしまう。

真紀子さんはいつも、高い服を着ていいところに行くのが当然のように話し、おすすめのお店なんかもいつも聞かれていたのに、居酒屋の前の路上であんな風になるまで飲むなんて、薫はなんだか騙されたような気分になった。

それにお化粧崩れも激しくて、私服なのか着ている服も、とてもじゃないけどおしゃれじゃなかった。

いつもの上品な雰囲気が、一切なかった。

薫はひどく動揺していた。

夜道を歩いてザ・リッツ・カールトン東京へ移動して、いつものラウンジで、いつものように接客を受ける。

「紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です」という、リッツ・カールトンのモットーをふと思い出した。

さっきの真紀子さんは、どう見ても淑女じゃなかった。




落ち着くはずのこの空間でも動揺を隠せない薫に、3人は率直だった。

「薫、そのバッグも高かったでしょう?確かにセンスいいけど、さすがに担当さんはもうちょっと品位のある人に変えてもらったらどう?」

3人の意見は担当さんを変えてもらうことで一致していた。

いつも薫にお姉さんのように洋服を選んでくれていた真紀子さんの姿と、今日の真紀子さんを思い出す。

思えば、薫のまわりには完璧な人しかいなかった。

両親や親戚はもちろん、今日一緒にいるような仲良しの友人や、レストランのスタッフ、買い物に行った先で接客してもらう担当さん。

皆、頭のてっぺんから爪の先まで完璧に整えられ、乱れなんてなかった。

今日の真紀子さんのように、居酒屋の前で酔いつぶれてしまうなんて、自分とは違う世界の話だと、当たり前のように思っていたのだ。

薫を含め、今日のメンバーなら例え投げやりになる日があったとしても、まさか道端でそんなことはしない。

ー慕ってたお姉さんだったのに。

なんとなく、今日使っているオレンジ色のバッグはお蔵入りになるような気がして、そんな自分に薫は混乱していた。

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