「それが普通」だから、我慢すべきってこと?

幼い頃から軽いアトピー持ちである私は、ストレスがたまってくると右手指に必ずアトピーが出てきます。それが今年の初めあたりからジワ、ジワと出てきて、ついにきちゃったなと思っておりました。

原因は間違いなく、ここしばらく「どうも納得がいかない」と思いながら関わってきた仕事です。私は自由業なので、仕事は先方から「もうキミの原稿はいらん」と言われるまでやる主義ですが、同時に体調を壊してまでやる価値のある仕事なんてない、とも思っています。そんなわけでアトピーも出ちゃったしこの辺が潮時だな!と、思い切ってやめてしまいました。ああすっきり。

さてコトが一件落着したある日、久々に会った友人にこの話をしました。

私が「もう付き合えん」と思ったのは、その本の編集側の無責任さ――内容に関するクレームが来た時の責任転嫁のやり口(取材対象として話してくれた一般人に押し付けるという!)が道義に反していると感じ、自分が原稿を書くことでその片棒を担がされているような気がしたためです。それを聞いた友人はこう言いました。

「でもたいていはそうやって責任転嫁するのが普通だよ」

私はいささかカチンと来ました。もちろんそういう本もあるかもしれません。でもたとえ「責任転嫁できた」としても、それは「責任がない」こととは全く別のこと。にもかかわらず、誰かに責任転嫁する方策を前もって仕込んでおき、いざという時に「この人が言ったのを書いただけ」と逃げおおせる(編集がそう言った)つもりの考え方に、私は違和感を覚えるって言ってんだよ――とやや興奮してしまったワケですが。

実のところより引っかかったのは別のことでした。それは彼女が言った「そういうのが普通」という言葉です。

ハリウッドでは「"セックスで何かを得る"ことが普通」

さてそんなわけで今回のネタは、この邦題イマイチだよな〜と思いつつ、『女神の見えざる手』。何しろ私は、主演のジェシカ・チャスティンが大好き。今年、なぜか参加しちゃったカンヌ映画祭で一緒に写真を撮ったのですが、近くで見たらものすごく可愛くて、顔が恐ろしく小さく、いい匂〜い。

この作品で演じているのは、ワシントンで誰もが恐れる凄腕ロビイストで、以前このコラムでも紹介した『ゼロ・ダーク・サーティー』(CIA女性職員)にも似た硬質なキャリアウーマン役ですが、オスカーを受賞した『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』ではほわんとした奥様も演じています。

でも彼女らしいのは、どの作品にも「あらゆる女性がもっと評価されるべき」というリベラルな目くばせがあること。それは彼女の普段の言動からも見てとれます。

例えばハリウッドの男優女優の出演料格差問題。これに関しては2015年にジェニファー・ローレンスが口火を切って以来、色んな人が口に出していますが、彼女もその一人。「"No"と言うことで、自分をどう扱うべきか、周囲に知らしめるのよ」という彼女の言葉には、本年度のカンヌの主演女優賞ダイアン・クルーガーも「彼女みたいな大物女優がそう言ってくれると、すごく勇気づけられる」と大絶賛していました。

今、ハリウッドを大激震させている極悪レイパー、ハーヴィー・ワインスタインの一件でも、ニューヨークタイムス紙がすっぱ抜いたその日から、新たな情報や「#Metoo」タグを盛んにリツイートしています。印象的だったのは、事件発覚後2日目の、このツイート。

「女子たちは「"セックスで何かを得る"ことが普通」(という状況)と戦い、声を上げている。最初の人として記録されることは簡単なことじゃないのよ」

さて、久々の友達との酒の席に戻って。

もちろん私の問題なんて大したことじゃないかもしれません。訴訟になるような大クレームになりえるものじゃなし(だからこそ一般人に押し付ける、というケツの穴の小ささに呆れた)。でも「それが普通」と言われた時の孤独感たるや。「そういうのが普通なんておかしい」。ジェシカならば、きっとそう言ってくれたはず。だって、たとえ「それが普通」だったとしても、その「普通」が間違ってるんだもん。

『女神の見えざる手』

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