「茶館」という言葉は、日本人にはあまり耳慣れないかもしれない。中国では「茶館」は伝統文化の一つだと認識されている。写真は筆者提供。

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「茶館」という言葉は、日本人にはあまり耳慣れないかもしれない。中国では「茶館」は伝統文化の一つだと認識されている。宋代、飲茶の習慣の普及とともに都市部に多くつくられ、庶民の交流・娯楽の場となった。

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私の故郷福建省は中国有数のお茶どころである。福州市の中心部では、お茶の店が林立している。それらの店がほとんど「茶館」の役割も果たしている。その名は茶室、茶社、茶芸居、茶坊などである。

以前はお茶の店はお茶の販売を営むのが一般的だったが、この十数年で段々と社交的な場所に様変わりしている。いろんな人が茶室を利用するようになった。ちなみに、個室一時間の料金はおよそ日本円で1600円になる。

茶室の店主は人付き合いが上手な社交的な人が多い。夜になると、友達を呼んで、一緒にお茶を飲みながら、空のように果てしなく話題を広げ、自由奔放な会話を遅くまでずーと続ける。その中から、いろんなアイデアが生まれているのかもしれない。中国語で「面対面」という言葉がある。意味は「face to face」。ネット時代、面と向かって話すことが大事だという。茶室は「面対面」にはとてもふさわしい場所である。

ビジネスマンや公務員などの男性は、夜に外で食事し、お酒も飲んだ後、酔いを醒ますために茶室に寄る。お茶の二次会が行われる。奥さんに怒られないように息を爽やかにしてから家に帰るのだ。

夜、茶室での女子会も増えてくる。中国の知的な女性はほぼ仕事をしている。男性より自らの事業を大きく展開する女性も少なくない。夜の茶室では、昼間のカッコよくしたたかな姿と違って、純粋に女性としてお茶を飲みながら、女性同士で秘密を語りあっている。

故郷に滞在中に、「日本留学のことを聞きたいから、茶室で話しましょうか」とある友人から誘われて、一度茶室を訪れた。その時に聞いたエピソードを紹介したい。

友人の息子は今年中国の名門大学を卒業したばかり。そして、日本留学を希望している。先般、観光ビザで日本に行き、東京大学大学院の入学試験を受けたが、失敗した。その息子さんは英語が得意で、受験する前の数カ月間、英語で東大の先生とメールでやり取りをしていたらしい。合格できれば、その先生が指導教授になってくださるはずだったが、現実は厳しかった。そして、友人は「これからどうしよう。東京大学はやはり無理でしょうか。息子の東大受験をやめさせるべきなのか」と聞かれた。

「言うまでもなく東大は難しい。しかし、直接日本の名門大学の受験に挑戦した息子さんはえらいですよ。普通の日本留学は日本語学校を経由して進学します。もう一度挑戦する価値があると思います」。留学生教育に携わる者として、アドバイスをする以上に私はその若者の勇気に感服せずにはいられなかった。というわけで、中国の茶室で、友人と日本留学の話題で盛り上がった。なんとなく奇妙な感覚を覚えた。

それぞれの茶店はこだわりがある。その日訪れた店は福建省武夷山の、「武夷岩茶」と呼ばれるお茶を販売している。中国十大銘茶に数えられ、上等な烏龍茶として知られているお茶だ。懐かしく奥深い味で、昔からずっと好きなお茶である。

茶室の店主である常さんは知的な女性で、彼女は「品茶師」の資格を持っている、いわゆるお茶のプロで、どんなお茶でも一口で味を読み解けるという。「日本で私たちの茶館を開いたら、売れるでしょうか」と常さんが真剣に聞き出した。「さあ、どうでしょう。私はお茶のビジネスはあまり詳しくないもので」。真っ当なアドバイスができないが、日本では福建省のウーロン茶が愛されていることが事実であると伝えた。

現在の中国ではハイスピードでビルが建っているが、文化を「建てる」、つまり、中国文化を世界に広げていくことに関してはまだまだ見通しがついていない。

今回、故郷の茶室でお茶を通して、人々とコミュニケーションすることで、新しい「茶館文化」の香りを肌で体験した。その香りをさらに世界中に広げてほしい。

■筆者プロフィール:黄 文葦
在日中国人作家。日中の大学でマスコミを専攻し、両国のマスコミに従事。十数年間マスコミの現場を経験した後、2009年から留学生教育に携わる仕事に従事。2015年日本のある学校法人の理事に就任。現在、教育・社会・文化領域の課題を中心に、関連のコラムを執筆中。2000年の来日以降、中国語と日本語の言語で執筆すること及び両国の「真実」を相手国に伝えることを模索している。