生地の中にスジのような空洞が並ぶ。これが「片面焼き」の効果。1個205円(税込)。

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「都内最強」と呼ばれるどら焼きがある。台東区上野にある和菓子店「うさぎや」のどら焼きは、そこでしか買えない。賞味期限は翌日まで。「手みやげ」としては短いが、だからこそ「今日、足を運んで買ってきたんだな」と伝わる。そんな絶品の秘密を店主に聞いた――。

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*本稿はプレジデント社の 経営者向けサイト「社長の参謀ブログ」の記事です。

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■値段が手ごろで、かしこまらない「ほどよさ」

差し上げる相手との間柄や目的によって、手みやげの選び方は悩ましい。しかし、特段の事情がないのであれば、手みやげには「どら焼き」をおすすめしたい。なぜなら「ちょうどよい」から。かしこまりすぎず、値段も手ごろなため、相手に余計な気を遣わせることがない。

都内で、どら焼きの名店といえば、その筆頭は「うさぎや」だ。創業は大正2年。昭和の初め、2代目からどら焼きの販売を始め、今では売り上げの9割を占めるという。メディアで、「カステラ風の生地に小豆餡をはさんだどら焼きの元祖」と紹介されたこともあったが、主人の谷口拓也さんによれば、それは違うそうだ。

「うちがどら焼きを作り始めたころは、ほかにも何軒か同じような姿のどら焼きを売っている店が東京にあったようです。そもそも、気軽に食べられるおやつですから、元祖がどこかなんてどうでもいいんですよ」と谷口さんは笑いながら話す。

 ではなぜ、うさぎやがどら焼きの名店として知られるようになったのだろうか。

■気泡、歯切れ、粒揃い、舌触り……おいしさの秘密

「どら焼きの生地は、一般的には両面焼きです。すると上下から気泡が入りますのでこのようにはならない。うちは上火の片面焼き。だから片側から気泡が入って生地を貫通するわけです」と谷口さんが明かしてくれた。うさぎやのどら焼きの特徴を説明しよう。どら焼きの断面を撮った写真を見てもらいたい。生地の中にいくつものスジのような空洞があるのがおわかりだろうか。ホットケーキを焼いた経験がある人ならわかると思うが、表面がフツフツと沸いてできる気泡のあとだ。おもしろいのが、この気泡が生地の表から裏までをスジ状に貫通している点だ。

この気泡が、生地の歯切れを軽快にする。さぞや熟練の職人技で……と思いきや、「老舗の菓子というと、みなさん職人仕事を期待されるんですが、うちは コンベヤー式の機械焼きなんですよ」と意外なひと言。理由を聞けば「そのほうがおいしいと思うから」と明快だ。

一方、あんこに関しては徹底して人の手が行き届いている。まずは小豆の仕入れの段階で選別をして大きさや品質をそろえ、吸水しやすいよう豆を磨いておく。店ではそれを水に浸し、その段階でも大きさのそろってないものや水を吸わないB品の豆があればハンドピックで取り除いていく。扱う小豆の量を思えば、かなり根気のいる作業である。まさに粒ぞろいの小豆だけで、餡をつくるのである。

谷口さんの調べでは「あんこが苦手な人は、粒餡の豆の舌触りが苦手」なことが多いそうだ。「ひどいあんこだと豆の皮が口の中に残るものもありますから。粒をそろえるのは基本中の基本で手を抜けませんよ。粒がそろっているからこそ煮えムラがなく、豆の皮まで均一にやわらかく炊けるのです」と言葉を続けた。

再び写真を見てもらいたい。粒餡が、まるでお汁粉のようにとろとろしているのが伝わるだろうか。軽快な生地の歯切れとゆるめに炊いた餡の一体感が醸すおいしさは、うさぎやのどら焼きでしか味わえない絶妙な加減なのだ。

■ハワイで知った、国産小麦を入れる意味

機械焼きのメリットと人の丁寧さを組み合わせた製法は、先代のころから始まったという。数もたくさん作れるようになり、いまでは朝の9時から夕方4時まで、店舗地下の作業場でどら焼きを焼き続ける。客足は絶えることがない。

ふと「レシピは創業当時のままなんですか?」とたずねると、「いやいやいや」と谷口さんはおもしろい話を聞かせてくれた。

そもそも創業時のレシピというのはないのだという。時代に応じて、工夫を重ねてきた味なのだ。他店では薄力粉で作られることが多いが、うさぎやでは中力粉と強力粉もブレンドしている。それにより軽快なだけでなく、もちっとした食感と粉のうまみも感じられる。しかし、「それだけがおいしさの秘密ではなかったんですよ」と谷口さん。

あるとき、ハワイでどら焼きの販売イベントを開催した。粉は現地調達し、自分たちでブレンドすればいい、ということになった。ところが試してみると、まったくおいしくない。職人たちをはじめ、みな首をかしげた。

実は、店では先述の粉の調合のほか、国産の小麦粉をブレンドしている。「昔はね、利根川のほうから担ぎ売りのおばあさんが、粉を売りに来ていたらしいんです。なので、現在の粉にも利根川流域の国産粉を混ぜることになったんです」と谷口さん。しかし、配合比率としてはそう多くない国産粉が、これほどおいしさに貢献しているとは、「ハワイでやってみるまで気づきませんでした。自分で言うのもなんですが、よくよくうちの味はうまくできてるなぁと、あらためて感心しましたね」と笑う。

だが、国産小麦や餡に使う北海道・十勝産の小豆を取り巻く状況は、後継者不足や環境の変化などでなかなか厳しい。「問屋さんや農家さんとの関係は大切です。毎年、十勝にうちのどら焼きを持って、足を運んでいます。おいしいものが作れなくなったら、どら焼きもやめなくてはいけないですから」と、このときは谷口さんの顔も引き締まって見えた。

■気になる「日持ち」はどれくらい?

谷口さんは「どら焼きは、朝生(あさなま)菓子ですから、朝作って当日中に食べるものなんです。うちのおいしい賞味期限は翌日まで。しっとり感を残すために温かいうちに袋に詰めていますから」と話す。

手みやげとしては賞味期限が短いと思われるかもしれないが、むしろそこにチャンスがある。「朝に焼いたものなので、お早めにどうぞ」とひとこと添えれば、わざわざ立ち寄って買ってきてくれたんだな、と相手に伝わる。「最中のようなかしこまった菓子折りに、どら焼きを添えて渡すのもいいと思いますよ」とは、谷口さんが教えてくれた上級テクだ。

地下鉄銀座線・上野広小路駅から徒歩3分。JR上野駅からも徒歩10分圏内。出張時でも行きやすい場所に店はある。

客先に向かう前に足を向けるのは面倒と思う人に、ここだけのおいしい話を。焼きたてのどら焼きは格別にうまい。店先で買ったばかりの温かいどら焼きをほおばるのは、買い行った人だけが味わえる役得だ。

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▼店データ
「うさぎや」
東京都台東区上野1−10−10
電話 03−3831−6195
【商品】どら焼き
【価格】205円(税込み)
【販売】一つから/予約不要
【営業】9時〜18時 水曜定休
※16時以降に来店する場合は、電話で取り置き注文しておくとよい

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(社長の参謀ブログ編集室 撮影=岡山寛司)