【六川亨の日本サッカー見聞録】ACL準決勝第2戦は今季ベストゲーム。決勝の相手は日本と因縁深いアル・ヒラル

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▽視察したハリルホジッチ監督が「スーパーな試合」と驚いた昨夜のACL準決勝第2戦、浦和対上海上港の試合は、間違いなく今シーズンのベストマッチだった。堀監督に代わり、システムも4-1-4-1に変更した浦和。しかしリーグ戦では7試合連続失点中と、お世辞にも結果が出ているとは言い切れない。

▽しかしながらACLになると、ホームではグループリーグから6試合全勝と圧倒的な強さを発揮してきた。しかも1次リーグでFCソウルに5-2、ウエスタン・シドニーに6-1と大勝すると、決勝トーナメント1回戦の済州戦ではアウェーを0-2で落としながら、ホームは延長戦で3-0と逆転勝ち。さらに川崎Fとの準々決勝も第1戦は1-3と敗れながら、ホームでは4-1とひっくり返す離れ業をやってのけた。

▽準決勝の上海戦は、アウェーで1-1のドロー。上海はご存じのようにフッキ、オスカル、エウケソンと元ブラジル代表を前線に揃え、破壊力はアジアでも1、2位を争う強敵だ。その反面、自国選手で固めた守備陣に脆さがある。このため第2戦は、浦和が守備を固めて0-0のドロー狙いに行くか、激しい打ち合いを演じるのではないかと予想した。

▽しかし浦和は自陣に引いて守備を固めるのではなく、前線からのプレスとミドルサードでの複数選手による囲い込みなど、インテンシティの高いサッカー、ハリルホジッチ監督の言う「デュエル」で上海に勝負を挑んだ。決勝点は柏木のCKからラファエル・シルバが頭で押し込んだものだが、このシーン以外にも槙野のヘッドがクロスバーを直撃するなど、カウンターから上海ゴールを脅かし、決定機の数でも上海を上回った。

▽上海の決定機はフッキのミドルによる一撃くらい。これはGK西川が好反応を見せ、直後のこぼれ球にも身体を張ってゴールを死守した。決勝戦の相手はサウジアラビアの名門アル・ヒラル。13度のリーグ優勝を果たしているが、ACL(01―02年まではアジアクラブ選手権)では何かと日本勢と縁が深いクラブだ。

▽日本勢が初めてアジアの頂点に立ったのは、古河(現ジェフ千葉)が天皇杯を棄権して参加した1986年のことだった。大会はリーグ戦で行われ、準優勝がアル・ヒラルだった。そして翌1987年、読売クラブ(現東京V)が日本勢として連覇を果たしたが、決勝戦を棄権して準優勝に終わったのもアル・ヒラルだった。決勝はホーム&アウェーで行われる予定だったが、サウジアラビアの大学の試験と日程が重なるため、第1戦を前にアル・ヒラルは棄権した。

▽そんな彼らが2度目のアジア王者に輝いたのが99―00年のこと。前年のアジア王者である磐田をホームに迎え、ゴールデンゴールから3-2で磐田の連覇を阻んだ。ACLになってからは、14年に決勝まで進んだものの、アウェーの第1戦はウエスタン・シドニーの1チャンスに失点して0-1と敗退。ホームでは怒濤の猛攻を見せたもののゴールをこじ開けられず0-0で準優勝に甘んじた。ACL最大の番狂わせでもあった。

▽アル・ヒラルとの決勝戦は第1戦が11月18日、第2戦が1週間後の25日となっていて、浦和は初戦がアウェーで、第2戦をホームで戦える。ミラクル・レッズの再現なるか。決勝戦は昨夜の4万4千357人ではなく、満員にして選手をサポーターしたいものだ。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。