徳川家康(狩野探幽画、大阪城天守閣蔵、より)


 私は公認会計士であるとともに、経営心理士として企業の経営を数字と心理的側面から分析して経営改善を行うコンサルティングを行っている。

 その中で、従業員のモチベーションが低い、従業員が自発的に動かない、離職率が高い、といったご相談は頻繁にお受けする。このようなご相談が寄せられる企業には多くの場合、次のような共通点がある。

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良くない企業の共通点

 まず、上司が部下の話をまともに聞かない、聞く姿勢を持っていない。

 部下が意見を言ってもその意見を否定し、自らの意見を押しつける。

 部下に対してダメ出しは頻繁にするが、褒めることはない。

 先のようなご相談を受けた場合には、現場がこういった状況になっていないかを確認するが、ほとんどの場合、相談者は「確かに言われてみれば・・・」と現状を振り返り反省される。

 そのため、そういった悩みを解消するためには、まず部下の話を聞き、部下の意見で採用できるものがあれば採用し、少しでも良いところが見つかれば部下を褒めることを実践するところから始めるようにお伝えする。

 ただ、相手からこんなふうに言われることがある。

 「部下の意見を聞くといっても、部下は取るに足らないような意見しか言わないんです。そんな意見をじっくり聞いている暇はないし、途中まで聞けば最後まで聞かなくても何が言いたいか分かる」

 「そもそも部下たちはみんな部分的な視点しか持っていないし、経営的な物の考え方が分かっていない」

 その結果、部下の話をまともに聞く耳を持てず、話を最後まで聞くことなく「違う違う、そうじゃなくて」「分かってないな」「だから、結局こういうことでしょ」と途中でさえぎる。

 そういう方には社会心理学者の三隅二不二氏が提唱したPM理論の話をする。

 PM理論はリーダーシップの果たす機能をP機能とM機能の2つの機能から説明する。

 P機能は成績や生産性を高める能力を指す。

 M機能は集団の雰囲気と人間関係を良好に保ち、チームワークを強化、維持する能力を指す。

 P機能、M機能ともに優れたリーダーが組織を発展させるリーダーとなる。

話を途中でさえぎられた部下の心情

 組織の成績や生産性を高めるうえで取るに足らない部下の話は聞かない。そういったコミュニケーションをとっている上司が果たそうとしているリーダーシップの機能は、P機能のみとなる。

 一方で、M機能を果たすうえでは、部下の話が取るに足らないような内容だったとしても、最後まで話をさえぎらずに聞くこと自体に意味がある。

 最後まで話を聞いてもらえず、途中でさえぎられ、話を否定される。上司からそのような話の聞き方をされたら、どういう気持ちになるだろうか。

 自分の話を軽視されることで、自分の存在までも軽視された気持ちになるだろう。そういったことが繰り返されると、自分の存在を軽視する上司や職場に対して不信感を抱き、高いモチベーションを持って仕事をしようとは思わなくなる。

 そして、ちょっとしたきっかけがあれば簡単に会社を辞めてしまう。その結果、M機能が十分に機能していないリーダーの下では、冒頭の従業員のモチベーションが低い、従業員が自発的に動かない、離職率が高いといった問題が起きる。

 以上からもお分かりになるかと思うが、部下の話を聞くということは、P機能からすれば組織の成績や生産性を高めるための情報を手に入れるという目的を持ち、M機能からすれば部下との信頼関係を築き、職場に対する満足度を上げるという目的を持つ。

 優秀な人間はP機能、M機能などという知識は知らなくても、「部下の話を聞く」という行為にこの両方の機能を感覚的に感じ取り、両機能を果たすような聞き方をしている。

 また、部下は他のメンバーが上司からどのような扱いを受けているかを見ている。それは話の聞き方も然りである。

 その話の聞き方がひどければ、きっと自分の話もまともに聞いてもらえないだろうと考え、意見やアイデアがあっても発言しようとはしなくなる。

 その結果、各メンバーが思ったことを口にしようとはしなくなり、上司の指示以上のパフォーマンスは発揮されなくなる。

 天下分け目の合戦で勝利し、天下を取った徳川家康は人の使い方が抜群にうまかったと言われる。その家康がこんな言葉を遺している。

 「愚かなことを言う者があっても、最後まで聴いてやらねばならない。でなければ、聴くに値することを言う者までもが発言をしなくなる」

部下の意見を聞くことと受け入れることは別

 こう言うと、部下の意見を聞くということは、部下の意見を全て受け入れなければいけないのかと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、もちろん受け入れられない意見は受け入れる必要はない。

 その時は受け入れられない理由をきちんと説明し、それでも自分の頭で考えて意見を言ったこと自体は素晴らしいと褒め、そういう姿勢は高く評価している、今後も会社を良くするための意見を期待していると伝える。

 そういった対応をすれば意見が受け入れられなくても、また会社を良くするための意見を自分の頭で考えて持ってくるだろう。

 また、受け入れられない理由として会社全体の都合や会社の方針、今後の事業の方向性などを説明する中で、そういったことが部下と共有されていく。そういった情報が共有されれば、その点も考慮に入れた意見を言うようになる。

 「部下は部分的な視点しか持っていないし、経営的な物の考え方が分かっていない」

 そんなふうに嘆くのは、そもそも部下に経営的な物の考え方をするために必要な情報を共有していないことに原因がある。

 経営の神様と言われ、最大で35万人まで従業員を抱えるほどに会社を成長させた松下幸之助氏はとにかく部下の話を聞いたという。

 廊下ですれ違った若手社員にまで、「君、わしに何か言いたいことないか?」と聞いて回るほどだった。

 そうやって部下の話をじっくり聞き、部下の自尊心を満たし、会社の成長に対して当事者意識を持たせ、自律的に会社が成長していく状態を創り出していった。

 「自分が若い頃は、上司は自分の話をまともに聞いてくれないのが普通だったし、しょっちゅう怒鳴られた。でも、それくらいじゃへこたれなかった。上司が部下の話を聞く姿勢を持つなんて甘っちょろいこと言ってんじゃないよ」

徳川家康、松下幸之助だったら・・・

 そんなふうに思われる方もいるかもしれない。ご自身の体験からすれば確かに甘っちょろいことだろう。

 そういった接し方でも、従業員のモチベーションが低い、従業員が自発的に動かない、離職率が高い、といった問題が起きていなければそれでいいのかもしれない。

 ただ、このような問題が生じているのであれば、その原因がそのような接し方にある可能性は大いにある。

 また、ご自身としても若い頃に上司に話を聞いてもらいたかったという気持ちは少なからずあっただろうし、話をまともに聞いてもらえず悔しい思い、みじめな思いもしたかもしれない。

 そういった苦い経験をしたから、部下にもそういう接し方をしようとする人。

 そういった苦い経験をしたから、部下の話を聞くことの大切さが分かる人。

 徳川家康や松下幸之助であれば、組織の成長のためにどちらの人をリーダーに据えるだろうか。

 どんな人でも自分の存在を軽んじられるような職場では働きたくない。そして、人の話を軽んじるということは、その人の存在を軽んじるということでもある。

 そういった点を考慮して、部下の話を聞くということを考えてみると、冒頭のような問題の解決の糸口が見つかるのではないかと思う。

筆者:藤田 耕司