中東の過激派組織IS、自称イスラム国が「首都」と位置付けていたシリアのラッカが陥落した。イスラム国の組織は事実上、崩壊へ至ったとみられる。

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 ラッカを攻略したのはアメリカと協力関係を有するクルド人主体の武装勢力「SDF(シリア民主軍)」。シリア人権監視団による第一報はロイター通信を通じて世界に報じられた。

 先にイラクの最大拠点モスルを失っていたこともあり、ISはこれで敗残兵がいくつかの都市に籠るだけの状態となった。シリア内戦そのものはこれで終わるわけではなく、IS残党によるゲリラ活動の恐れなどもなくなったわけではないが、ともあれ、2014年の「独立宣言」に始まった一連の事態に、一つのピリオドが打たれたことは間違いあるまい。

 ここで、自称イスラム国の歴史を振り返ってみよう。2014年1月3日、既にイラクとシリアにまたがる広範囲の実効支配領域を確立していた過激派組織ISは、国家樹立を宣言、「イスラム国」と名乗った。その代表者アブー・バクル・アル・バグダディ容疑者は同年6月29日、一方的な「カリフ就任」の宣言を行った。

 カリフというのは王号の一種であるが、単に政権指導者を指すだけではなく、「ムハンマドの後継者として、全イスラム教徒を統率する宗教指導者」という意味合いを兼ねている。イスラム教徒の多い国も少ない国も含め、バグダディ容疑者を公式に「カリフ」と承認した国家は一つもなかった。

 さらにISは、「自分たちが支配すべき場所」であると称する地図を公表した。中東をはじめイベリア半島、アフリカ大陸の北半分、中央アジアなどを含む広範なもので、その軍事的野心を明らかにするところとなった。

 こうして、ほとんど全世界を敵に回すに至ったISは、主にアメリカなどの支援を受けた周辺勢力からの激しい攻撃を受け、次第に衰退へと転じていった。その結末が、このラッカ陥落であったというわけである。