ユニバーサル・スタジオ・ジャパンをV字回復させた森岡毅氏が新会社「刀」(かたな)を設立。「刀」に込められた熱き思いとは?(撮影:今井康一)

日本を代表するマーケッター、森岡毅氏が動いた。米P&G退社後、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)で再建を主導、緻密な需要予測などを基にアニメやゲームとの斬新なコラボで驚異的ヒットを連発。年間入場者数700万人台で低迷していた「瀕死の映画テーマパーク」は在籍6年半で同2倍増となり、いまや世界有数のエンターテインメント空間へと生まれ変わった。金字塔を打ち立てUSJを卒業した森岡氏は、このほど自ら会社を設立。企業名は、ズバリ「刀」。いわば「チーム森岡」が一丸となってマーケティングノウハウを顧客企業にカスタマイズしながらライセンス、再生を請け負う企業だ。設立の背景や、コンサルタントとの違い、今後の目標などについて、森岡氏に聞く。

「USJ再生」のなかで、見えてきたこと

――なぜ会社設立に至ったのですか。背景も含めお聞かせください。

実は、P&Gを退社してUSJに入社したときと、動機は太いところではつながっています。もともと私は通常の仕事の傍ら、日本の「P&Gマーケティング大学」でも7年間教えたなかで、マーケティングのケーススタディを日本化・標準化したり、教え方の開発をしたり、理論を体系化しながら、近年ではその成果の一部を本にしたりもしました。

USJ再生のお手伝いをしたのも「この会社、マーケティングをもっとやったら、めちゃくちゃ伸びるのに」という思いがあり、P&Gで培ったものが生かせるか試してみたい」という気持ちがあったからです。幸い、この「大いなる実験」は成功しました。

しかし反省点も明らかになりました。私はマーケッター(価値を創造するプロ)なので、「消費者が何を求めているのか」を明確にしながら全体の戦略を考えるのが得意です。しかし、会社を立て直すには需要予測から戦略人事までの各分野で、図抜けた「その道のプロ」が必要です。USJでこうした「図抜けたプロたちによる最強チーム」を作るのに2年もかかりました。

そもそも、私のやりたいことは、自分の力で自分のマーケティングを成功させることではありません。自分の持っているスキルやノウハウのみならず、優秀な人々の能力も引き出して企業再生に結び付け、結果を出せるかに重きを置きます。だったら、最初から「チームでやったほうがいい」ということになったのです。小船で大海に漕ぎ出したようなものですが、専門能力に秀でた能力を持つ人たちが集まってくれてすばらしいチームができて、本当にわくわくしています。

「ドリームチーム」で日本を再生するという「使命」


森岡 毅(もりおか つよし)/1972年10月12日生まれ。兵庫県出身。神戸大学経営学部卒業。1996年P&G入社。日本ヴィダルサスーンのブランドマネジャー、米シンシナティにあるP&G世界本社で北米パンティーンのブランドマネジャー、ウエラジャパンの副代表などを歴任後、2010年にユー・エス・ジェイ(USJ)入社。革新的なアイデアとマーケティング理論を組み合わせ、USJをV字回復させる。同社のチーフ・マーケティング・オフィサー、執行役員、マーケティング本部長を歴任後、2017年1月退任。同年、刀を設立、代表取締役CEOに就任。著書に『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(角川文庫)、『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』(KADOKAWA)、『確率思考の戦略論』(共著、角川書店)など(撮影:今井康一)

この「ドリームチーム」である株式会社「刀(かたな)」が取り組むことは、日本が100年後も豊かであるためにも、マーケティングの力で日本企業の再生を成し遂げることです。

USJは純粋な日本企業でないかもしれませんが、私がUSJでまさに実証したように、マーケティングには、消費者の購買行動を決定的に変える力があります。1つの企業がよみがえる過程で新しいアイデアが生まれ、新しい産業を生み出す力まであるのです。

たとえばエンターテイメント産業をとってみても、日本企業は世界に誇れるクリエーターが生み出すコンテンツや製品を持っているのに、それを商業ベースで売ることがあまりに下手です。それゆえ、ビジネスのシーズ(種)やユニットだけの提供に終わり、損をしているケースが山ほどあります。ゲームソフト会社のキャラクターとハリウッドの関係が代表的ですが、これは「ハリウッドが強欲で悪い」、という話ではありません。日本企業自身のマーケティングの努力と覚悟が足りないからこうした事態を招いているのです。

しかも、日本企業が置かれた現状は、ますます厳しいものになっています。量的拡大で成長できた時代は終わり、国内は人口減という構造変化が起きる一方で、グローバル企業同士の戦争が本格的に始まり、いまやグローバル企業は本来ローカル企業が得意とする分野まで侵攻を始めています。

質的に成長しないと淘汰される新しい時代が到来しており、その推進力こそがマーケティングの力です。これがあるかないかが、国際競争力に勝てるかの「要のスキル」なのです。幸い、私たちは正しいマーケティングをすれば日本で産業化が無理と見られていたエンターテイメント業界でさえ立派なビジネス案件として成立することを、USJでなんとか証明できました。マーケティングの力が足りず、危機感を感じている日本企業から声がかかれば、ぜひそのお手伝いをしたいと考えています。

――新会社の名前は「刀」(かたな)。とてもユニークですね。会社の規模もさることながら、社名にはどんな意味合いがあるのでしょうか。また既存の大手コンサルタントと一見似ていますが、違いや強みは何でしょうか。

現段階で「刀」は、それぞれのプロの領域で傑出した才覚を持つ精鋭を両手両足の指の数くらい集めていますが、これからもっと増えるでしょう。 私のように企業を勝たせる大戦略を作り実行する人材だけでなく、「消費者インサイト」(消費者の購買行動の奥底にあるホンネを洞察すること)に長けた質的リサーチャー、高度な市場構造分析を専門とするアナリストなど、消費財マーケティングに必要とされる重要分野の人材はもちろん、デジタル・ソーシャルなどのマーケティングに秀でた人材だけでなく、クリエイティブ、デザインの人材もすべてそろえています。それだけではありません。企業を再生し変えていく推進力として最も大事なのは人ですが、マーケティングができる会社へ迅速に組織構造変革できる戦略人事機能も任せていただけると自負しています。

「マーケティング」という武器で企業の再生を果たす

刀という会社には、2つの意味があります。1つは私たちの会社が、日本企業の国際戦略上の「1つの武器」になりたいということです。古くは日本の侍にとっての武器は刀でした。現代の日本企業の武器は、マーケティング。私たちの売り物であるマーケティングを武器として使ってくれという意味です。もちろん、私が日本企業の再生に熱心に取り組むといっても、「刀を持って外資系を切り倒す」ということではありません(笑)。

もう1つは、「ムダをそぎ落とし、本当に企業がやるべき企業戦略を形にする」ために必要な道具の象徴としての刀です。たとえば、コンサルタント会社に再生を依頼すると、「あなたの企業の問題点は32ある」などと言われます。

しかし、本当に重要なのはたった1つの「重心」であり、それは多くとも集中すべき3点を見つけることで明らかになります。つまり本当に重要なこと以外をできるだけそぎ落とし、選択と集中すべき3つを実行することで再生という大事は成し遂げられるのです。しかし20や30もの課題の羅列では、どこから手を付けるべきかわからない。多くのコンサルではそれがわからない。なぜなら、マーケティングの実戦経験が乏しいからです。私たちにはそれがわかります。

私たちはコンサルではありません。ボストンコンサルティンググループやマッキンゼーなどの優秀なコンサルが持つノウハウを、まねしたり超えることが会社設立の目的ではありません。われわれは彼らができないことをやりたい。それは1つでも多くの企業にマーケティング力を移管し、USJのように目に見える成果を出すだけでなく、私たちがいなくなっても「自分で魚を釣れる」ように機能し続ける状態を作ること。これが私たちの仕事だと思っています。


「覚悟を決めた日本企業がマーケティング能力を 獲得するための、武器になりたい」。森岡CEOは「ドリームチーム」で新たな一歩を踏み出す(撮影:今井康一)

――具体的なクライアント(顧客)としては、どんな業種や企業になりますか。すでに決まっているのでしょうか。

かつてUSJから私が招聘を受けたように、「会社を根本から変えたいのであなたたちの会社に来てほしい」という覚悟を持って、私たちの会社にマーケティングのノウハウの移植を全力でやらせていただけるところなら、業種などは問いません。

ただ、以下のような2つのポリシーは持ちたいと思います。1つは侍、武士としての作法であり、「自律したいこと」といってもいいかもしれません。やはり、自分自身の作品として思い入れがあるUSJに直接的にダメージを与える地元競合のお手伝いは、しばらくは遠慮したいと思います。

もう1つのほうは、より具体的なお話です。さまざまないきさつがあるにせよ、マーケティングの力を利用できていない業界になると思います。たとえば、メーカー全般が主にあてはまりますが、技術に重きを置きすぎている業界・企業です。モノを売ることに誇りを持って発展した企業は、ともすれば「作れば売れる」を経験してきたために、作ることが生業になり、作ることを自己肯定したいバイアスがかかります。こういう企業は「消費者視点が大事」と口では言いながら、「自分が消費者視点ではない」とは思っていない企業が多いのです。

また、小売業や保険を含めた金融なども候補の1つです。小売業は国内の人口減少の中で成長が頭打ちになっているにもかかわらず、マーケティング力が弱いので、本来ならローカルな日本企業として日本人の感性がよくわかっているはずなのに、グローバル企業の侵食を受けています。また、金融業界は膨大なビッグデータを駆使しながら、「大多数の消費者のプレファレンス(ブランドに対する相対的な好感度)を上げるための戦いをどう制するか」という戦略もさることながら、富裕層インサイト(富裕者層がどういう購買意欲を持っているかを見抜く洞察力)のマーケティング力が弱い。今のままでは、大事なところをいよいよ外資が持っていくということになりかねません。

「覚悟を決めた顧客」のために命懸けで再生に取り組む

――森岡さんの偉大な実績があれば、顧客は引く手あまたでは?

そもそも私たちは「百発百中」だとは思っていません。また私たちの仲間は一騎当千の人物ばかりで、決して安くありません。顧客の覚悟もいります。逆にいえば、信じて預けてくだされば、相手のニーズにマーケティングのノウハウをカスタマイズして、チームとして乗り込み、私が責任を持って最終的な品質の担保までして命懸けで働きます。それだけに、多くの数は引き受けられません。

先日、たまたまある水族館を訪れ、マグロを見ていたら、ジーンときました。「自分は(大海原を猛スピードで泳ぐ)マグロと一緒かもしれない。マグロは止まると息ができずに死んでしまう。自分も止まらず進み続けないと死んでしまう性分なんだ」と。人生は1回きり。チャレンジが、エキサイトメントが必要です。「大変革の時代に覚悟を決めた企業がマーケティング能力を獲得するための、武器になりたい」。そんな気持ちでのスタートです。