写真/Tristan Schmurr

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 これからの訪日観光客を惹きつける観光の切り札としてIR(統合型リゾート)を推進しようとしている。IRとは、カジノ、会議場、展示場、アミューズメント施設、ホテルなど滞在型観光のための集客施設が一体的に整備・運営されるものいう。海外ではラスベガス、マカオ、シンガポールが有名だ。経済効果も大きく、カジノはIRの魅力を高めるための目玉施設になっている。政府もIRを推進するために、昨年末に「IR整備推進法(カジノ法)」を成立させ、総選挙後の国会にIR実施法案を提出しようとしている。そのための布石として、この夏には有識者による報告書も出され、具体化のイメージを提示している。

 そこでは「IRの導入は単なるカジノ解禁だけでなく、日本型IRによって観光先進国を目指すものだ」と強調されている。日本の観光政策としてIRの導入を目指すとの目的自体には異論はない。カジノはそのためのいくつかの道具立ての一つだと位置づけたことも正しい。

 しかしながら、そうした趣旨にも拘らず、報告書のほとんどがカジノ規制のあり方などカジノにばかり割かれている。

 カジノは手段であって、目的ではない。IRの本丸はMICE(国際会議・国際見本市など)であって、カジノではない。カジノで収益を上げて会議場、展示場などの非収益部門を支えているが、IRの本質を見失ってはならない。

 それにも拘らずMICEについては、通り一遍の重要性を触れているだけだ。これでは羊頭狗肉と言われても仕方がない。IRの推進が、カジノの導入の是非ばかりに焦点があたることを避けるための「仮面」であってはならない。IRの導入を本気で目指すならば、その中核であるMICEにこそ大きな課題を抱えていることにメスを入れるべきだろう。

 日本は東アジアでの国際会議、国際見本市開催の争奪戦の中で、シンガポール、韓国、中国などの後塵を拝しているのが現実だ。カジノ解禁はそれを挽回するためにプラスに働くだろうが、それだけで本質的な問題が解決されるわけではない。

 ではその本質的な問題は何か。

 日本は東アジアでの国際会議、国際見本市の熾烈な争奪戦に競り負けていること、そしてそれらを複合ビジネスとしてとらえるMICEの重要性については10年前にも拙著『メガリージョンの攻防』(東洋経済新報社)で指摘した。しかしその後、事態は改善するどころか、ますます深刻度は増して、日本は後れを取っている。何故だろうか。

◆世界標準は10万平米の規模だ

 報告書ではカジノ施設とともに国際会議場・国際展示場の集客施設を一体的に整備・運営することの重要性を指摘している。国際見本市の獲得競争に伍していこうとするならば、世界標準の規模である10万平米クラスの展示会場が必要だ。

 見本市会場は行ってみればわかるが、どれだけ出展者が多いかが勝負だ。そういう大規模な見本市にこそ観客は見に行く価値がある。また観客数が多いからこそ、企業も出展する価値がある。そこで商談が生まれる可能性が高いからだ。「規模の利益」が成立する分野だ。会場の施設は豪華である必要はない。規模が重要なので、10万平米が世界標準になっているのだ。

 ところが残念ながら日本には東京ビッグサイトぐらいしかなく、他の展示会場のほとんどは規模が中途半端で、その結果、閑古鳥が鳴いているのが現実だ。それを考えると、もちろん国際標準の規模の施設整備も大事だ。

◆決定的に欠けているのは「プロ人材」

 しかし日本に欠けているのはそのようなハードだけではない。決定的に欠けているものがソフトだ。ソフトと言っても、この報告書に盛られているのは、「日本の魅力を発信するコンテンツ」にしか触れていない。それももちろんあった方がいいが、もっと大事なのはそういうソフトではなく、人材だ。国際会議、国際見本市を誘致する「プロ人材の欠如」が決定的なのだ。

 国際会議、国際見本市を主催するのは国際機関、民間団体、業界団体、学術団体などだ。その主催者の中で開催地を決定するキーパーソンへの働きかけを効果的に行えるか、その主催団体への誘致合戦で何をセールスポイントとして売り込むとよいかなどのノウハウがあって、ソフトが重要なビジネスなのだ。また国際的な見本市を動かすのはそうした人材の中の少数のプレーヤーだ。

 そうした世界の人的ネットワークの中で伍してやっていける人材が日本には決定的に欠けているのだ。こうした国際的なMICEビジネスの現実を知らない結果、日本の地方では、自治体出身OBによる「お役所仕事」か、海外を知っているというだけで商社マンOBに誘致活動を任せて満足しているのが実態だ。これで厳しい国際競争に勝てるわけがない。

 欧米に高度な教育システムがあり、アジアの競争相手はそれらの人材を獲得している。最近、欧米に習って、観光経営人材を養成しようといくつかの大学でコースがスタートしたが、そうした自前養成を待っているだけでは間に合わない。海外からの人材獲得も必要だ。

 日本ではかつて国際会議の誘致を国家戦略として位置付けたのはいいが、国際会議観光都市として全国で52もの都市を認定して全く意味のないものになっている。その反省もあって、2013年には「グローバルMICE都市」を7都市選定して支援している。

 東アジアという土俵の中で、戦う競争相手はシンガポール、釜山、上海、広州、香港などで、日本は明らかに後発国なのだ。それを考えると、日本の中で7都市でも多過ぎるだろう。もっと「選択と集中」が必要だ。限られたプロ人材を獲得して、ごく少数の国際都市に集中配置しなければ厳しい国際誘致競争には決して勝てない。こうした厳しい現実を直視して政策を進めるべきだ。

◆MICE誘致の「三種の神器」

 かつて私自身、国際会議の誘致をしようした時、主催者が重要視する3つのポイントがあった。

 第1に、富裕層の顧客向けにどれだけスイートの部屋数が確保できるラグジュアリー・ホテルがあるか。「宿泊施設があればいい」としか思っていない自治体が如何に多いか。

 第2に、国際空港に近く、国際線の直行便はどれだけあるか。

 第3に夜の時間を過ごす良質のエンターテイメントはあるか。

 これらが国際会議・国際見本市誘致の際の重要な競争条件なのだ。いわばMICE誘致の「三種の神器」だ。そこにハードの施設とプロ人材が配置されて初めて海外と戦う条件が整う。

 もしもカジノ解禁に踏み出すのならば、そうした条件を整えたところに付設してこそ、初めて意味を持つことを忘れてはならない。箱もの主義、甘い現実認識からの脱却が必要だ。

【細川昌彦】
中部大学特任教授。元・経済産業省。米州課長、中部経済産業局長などを歴任し、自動車輸出など対米通商交渉の最前線に立った。著書に『メガ・リージョンの攻防』(東洋経済新報社)
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