定時帰りの、腰掛けOLたち。

楽な仕事に給湯室での井戸端会議、充実したアフターファイブ。

”安定”という鎧を手に入れた彼女たちは保守的で、誰かが幸せにしてくれるのを待っている。

丸の内の大手損保会社に勤める愛華(26)も、その一人。典型的な腰掛けOLである彼女には、実はこんなあだ名がある。

“にゃんにゃんOL”、と。

年収1,000万の彼氏に不満を持ちつつ頑張っていたが、バリキャリからの嫌がらせに遭い、すっかりやる気を無くした愛華に対して元OLのアリサ(29)は...




にゃんにゃんOL結婚宣言


「アリサさん、私、結婚したいんです。」

『ブラッスリー・オザミ』で食事中、突然真顔で愛華に“結婚したい宣言”をされ、一瞬反応に困ってしまった。

「そう...いいんじゃない?」

宣言する相手が違うのでは?と思いながら、豚のトマト煮込みを自分のお皿に移す手は止めず、曖昧な返事をする。

愛華が和樹と交際を開始して、約半年。

妙齢だし、結婚を意識するのは当然と言えば当然のこと。しかも前から結婚願望の強い愛華のことだから、その気持ちは人一倍強いのかもしれない。

しかしよくよく話を聞いていると、愛華が結婚に焦る本当の理由が見えてきた。

「そろそろ、仕事を辞めたいんです...」

そういうことか...。景子との一件があって以来、愛華の仕事に対する意欲はさらに削がれていた。

その件に関しては景子に完全に非があると思うけれど、仕事から逃げるための結婚は、果たしてよい結末を迎えるのだろうか?

「周りのみんなも言ってますよ。仕事もつまらないし、そろそろ結婚したいなーって。」


“仕事が嫌だから結婚したい”。逃げた先にあるのは幸せなのか?


就職活動より、婚活の方が難易度が高め!?


私の周りにも、何人もいる。
仕事が嫌で、結婚に“逃げた”女子たち。

家賃を払うのは馬鹿らしいし、誰かに守られて生きていきたい。そう思うのは、キャリア云々に関係なく、皆思うことなのかもしれない。

でも結婚を、仕事からの逃げ場だと考えるのはどうなのかと思う。

「アリサさんだって、絶対心のそこでは思っているはずですよ。自分で必死に稼ぐより、結婚して楽になりたいって。」

愛華の、“楽になりたい”という一言に、妙な引っ掛かりを覚えた。

結婚したら、本当に楽になれるのだろうか。

仮に結婚したとしても、全て他力本願だと自分に何も決定権がない。欲しい物も常に旦那の顔色を伺わなければならず、自分の嗜好品に散財するなんて事は憚られる。

これを言ったらまたお節介かと思いながら、「豚のトマト煮込み パルマンティエ風」を黙って口に運ぶと、ぽそっと愛華が呟いた。




「将来も不安なんです。昇進なんて見えてこない上、頑張ってもあがらない給料。一体、どこまで頑張ればいいのか正解も見えなくて。」

愛華の本音が垣間見られた気がした。

愛華の将来の夢は、いつも“社外”にある。

素敵な結婚、サロン主宰、雑誌に幸せな妻や可愛いママとして載ること...一回も、今現在の業務に関する夢や目標を聞いたことはない。

「キャリアプランを、今更考えられませんし。」

キャリアプランか....たしかに、彼女達にとってのゴールって、何なのだろうか?

返答に困っていると、愛華が突然フォークを置き、悪戯っ子のように目を輝かせた。

「私から、逆プロポーズでもしちゃおうかなぁ〜。今は女性からも結構多いと聞きますし、女性が仕掛けて、男性を導く時代ですからね!」

時としてにゃんにゃんOL達は物凄い力を発揮する。彼女達にとって、結婚は人生最大の就職先といえるのだろう。

多分、今就いている仕事の就職活動よりも、婚活の方が難易度が高く、そして内定が中々貰えない。

だから結婚相手となりそうな男性を見つけたら、何としてでも最終面接までこぎつけ、そして内定、つまり結婚を得たいのだ。

「焦る気持ちは分かるけれど、そんなに迫られたら男性は逃げ腰になりそうだと思うけど?」

私の発言に、愛華はニヤリと笑って見せた。

「そんな事言ってるから、アリサさんは未だに独身なんですよ。」

愛華の言葉が矢のように刺さる。まだ結婚はしたいと思っていないけれど、独身であることに間違いはない。

そしてこの数日後、私は、愛華の底力を見る事になる。


果たして愛華は結婚できるのか!?意外な進展が待っていた...


にゃんにゃんOLの結婚に対する執着心


愛華から突如報告が来たのは、ネットバンクで今月の経営収支のチェックを行っている時だった。

-アリサさんに、ご報告があります♡なんとワタクシ・田口愛華、本日プロポーズされました^^

多分0.6カラットくらいの婚約指輪と、薔薇の花が写っている写真も一緒に送られてきた。

-ちょっと想像よりダイヤが小さいですが、その分結婚式は豪華にやりたいと思いますので、アリサさんは絶対来て下さいね♪




青天の霹靂とはこのことを言うのだろう。

さすが愛華である。有言実行、しっかり婚約にまでこぎつけたなんて...

(本人には決して言えないけれど)、愛華の他力本願が重荷になり、和樹にフラれてしまうのではないかと心のどこかで思っていた。

そして恋人としては可愛らしくて合格だが、結婚相手となると金銭感覚がしっかりしておらず、和樹は他の相手を選ぶか、答えを先延ばしにするのかと思っていた。

しかしそこはやはり天性の嗅覚を持つにゃんにゃんOL。確実に、ゴールを決めてきた。

結婚を相手に意識させ、そして自分からリードしながらも、いつの間にか相手から結婚しようと言わせるそのテクは、見習いたい限りである。

-おめでとう!!良かったね。お幸せにね♡

そう言いながらも、愛華が果たして“逃げ場”として選んだ結婚がうまくいくのか、不安になる。

結婚したら、彼女は本当に会社を辞めてしまうのだろうか?家庭が全てになった時、社会との繋がりを求めずに居られるのだろうか?

-仕事は、辞める方向で考えてます!

追加できた一文を読み、何と返信すれば良いのか考えた。

女性が働くって、想像以上に大変なこと。

男性にはない出産もあれば、男女の不平等さも依然として根強い。

でもやはり、仕事で成功した時の喜びは代えがたいものがある。それに、仕事は裏切らない。何より、自分の仕事が世の中の役に立ったり、誰かの喜ぶ顔が見られた時は最高に嬉しい。

そんなことを思いながらも、少しだけ、他人に頼れる愛華が羨ましくなった。

「私は仕事が好き、私は仕事が好き...」

今月もガッツリと引き落とされた家賃と光熱費の支出一覧を見ながら、私は再びデスクに向かった。

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いつまでお気楽OLでいられるのか?歩み始めたその先にあったもの