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高校1年の途中から始めた競技で、東京五輪出場を視野にーー。近内三孝はそんな挑戦の日々を送る。2011年、福島・田村高校1年でウエイトリフティングに出会う前は陸上部で挫折した少年にすぎなかった。しかし競技歴6年の昨年、早くもジュニア大会世界2位となる。今では五輪有望選手として今年5月のテレビ朝日番組に出演。「140センチの跳び箱に助走なしで飛び乗る男」として驚異的な筋力を披露したりもした。この7年の間に何が起きているのか。「大学生(日大)としては書いて面白いような日々は送っていません」というが…。成長の足跡のほか、秘伝のダイエット法など、話を聞いた。

撮影 岸本勉 中村博之(PICSPORT)/取材 佐野美樹/構成 編集部



そもそも筋肉好き。「身体条件の近い相手と戦ったら、負けない」



ーーまずは、競技をはじめたきっかけを。ウェイトリフティングは、野球やサッカーなどのように「周りがやっているから」という分かりやすい理由で始めにくいものだろうとも感じます。

高校時代(福島県立田村高校:駅伝競技などで伝統的に力を発揮してきた)に最初に陸上部に入ったんですが、挫折してしまって。やめてしまったんです。たまたま高校にウェイトリフティング部があったので、興味本位で入部しました。

ーースタートは別競技での挫折からだった。そこでいわゆる“人気競技”にも目が向きそうですが。

中学校でバスケットボールをやってたんで、高校でもやろうかな、とは思っていました。でも身長が小さくて。160センチくらいしかなかったんです。バスケは身長の影響力が大きい競技じゃないですか。あるいは、バドミントンも楽しそうだな、とも思ったりもしたんですが。でも結局はウェイトリフティングに進みましたね。

ーー高校に部があったこと以外にも理由があるのでは?わざわざキツい競技を選んだ、とも言えます。

そもそも「筋肉が好き」みたいなところもあったんですよ。どのくらいできるかな、やってみたいなと。加えてこの競技には階級制があったのもよかった。身体条件の近い相手と戦ったら、負けないという考えは持っていましたね。



ーー自分の特徴や好きなものを10代にして理解し、勝負できる種目を選んだ。そういうことですね。

はい。入部に際し情報を集めていく中で、自信はありました。この競技、高校生から始める人が多いんですよ。入部勧誘の時、そういう話も聞きましたし。同じ体型で、同じスタートラインで勝負できるというのが魅力でした。陸上部をやめてすぐ、1年の時に決断したんです。

ーー自信満々だった。

体験入部の時にスッと30キロや40キロを挙げたんです。「スナッチ」や「ジャーク」といったバーベルの上げ方の基本情報も知らない状態で。「100キロくらい余裕だろ!」と思った記憶があります。でも、いざ本格的に取り組むと、簡単ではなかったですね。正しく挙げるためには、いろいろな技術があるなと。

ーーいざやると壁にぶつかった。鼻がへし折られるというか。10代ではよくあることです。

想像以上に正しいフォームと、テクニックが必要でした。そこを覚えていくのは大変でしたね。最初は木の棒などを使ってやるんですよ。競技時に使う鉄の横棒を「シャフト」っていうんですけど、これは20キロなんです。今思うと軽い。でも、最初は本当に軽いものから挙げていかないと正しくフォームを覚えられないんです。基本的な筋力もないから。その後シャフトを使って重量を上げていくんですが、それでも自分の体重よりも全然軽い30キロとかで覚えていきましたね。



ーースポーツでの二度目の挫折…があったかも。辛くはなかったですか?

いえいえ。楽しかったんですよ。なぜなら記録がめっちゃ上がるので。特に1年の時は。技術を覚えると、すごい、すごいって言うくらいにぐんぐん上がる。楽しー!とよく口にしていましたよ。もともとインターハイ出場の基準記録が130キロくらいだったんですよ。でも「あら、そのラインなんだ」と思ったくらいで。いつのまにか、その記録は超えていた。別の「全国選抜大会」という大会の予選記録も余裕で超えていて。はじめて全国ランキングが貼り出されたんですけど、そこですでに1番でした。

体調がいいとメンタルもよくなり「早く試合がしたい」という気持ちに



ーー失敗。今回お聞きしたかった点のひとつです。ウェイトリフティングでは、本番で失敗すると、短い時間でメンタルを回復させ、次の試技に取り組みます。気持ちを切り替える、というのは難しい面もあると思うんですが。

そこのところは今でも上手くできていないかもしれません。高校の頃の大会でスナッチで2本連続失敗したんですよ。最初に。「ああ終わったな、早く帰りたい、誰か替わりにやってくれないかな」と思ったほどで。結果は3位に終わってしまいました。切り替えはあまり経験していないかわりに、今は結果が出るか出ないのかの違いは理解しているつもりです。過去の自分は、運で結果を出していましたよね。まだフォームもよく解っていなくて。取れるか、取れないか(バーベルが上がるか上がらないか)は5分5分、みたいな。

ーー個人種目である以上、自分との戦いですよね。そして今日練習を取材している様子を見る限り、練習でできなかったことが試合でできることはほぼない。試合に対するメンタルの持って行きかた、というのは?

まず、コンディションを整えることを考えますね。体調がいいとメンタルもよくなって「早く試合がしたい」という気持ちになる。あんまりメンタルトレーニングというのは考えていなくて。試合になると、試合をしたいなと考えるんです。

ーー自信をつけていくにはどうしたら?

やっぱり練習で成功を続けることですよね。練習で成功できていると、ポジティブな緊張になる。でもできていないと「失敗するかな」「棄権しようかな」といった悪い緊張になるわけです。



ーーあまり緊張しないタイプ?

前日くらいまでは「ああ、試合か」と平然に構えることができます。あるいは「試合をしたいな」と高いテンションでいるか。でも試合前はやっぱり、緊張しますね。アップするまでは「失敗したらどうしよう」と。そういう時は、会場をフラフラと歩いてみたりします…が、自分の場合、シャフトを一度握れば緊張は解けます。その場に立つと「やるぞ」という気持ちになる。そういう自分を分かっているので、あんまり深くは考えないですよ。

ダイエットの秘訣「食事の量は変えず……」



ーーウエイトリフティングといえば、さきほどおっしゃったとおり、階級別に分かれています。つまり体重制限がありますよね。さらにシーズンオフなしに年中試合があります。減量はどうしてます?

大学1年までは減量をやってました。68キロから62キロまで落としました。高校の時は結構考えながら落としていたんですけれど、だんだん煩雑になってきて……大学からは1週間や2週間で一気に落とす方法を考えていますね。1カ月ないくらいで基準の体重まで落としますね。

ーーダイエッターとしては興味深いところです。どうやってやるのか。

ちょっと変えるだけでいいんですよ。ご飯の量を朝と夜を逆にするんですよ。多くの方は、夜をがっつり食べて、朝は面倒だから少ししか食べないことが多いと思うんです。これを逆にする。朝、頑張って食べて、夜を減らす。あとは普通の生活をしているだけでいいと思うんです。それだけでも変わっていくんですよ。減量中も同じ量を食べる。でも時間帯を変えるということです。

ーー近内選手の場合、筋肉がしっかりついているから、代謝の量も多い。だからこそこの方法でも変わるのでしょうね。大学4年生として、普段の生活ではコンディショニングにどうやって気をつけていますか?

大したものじゃないですよ。朝8時に起きる。自分たちは午後練だけなんですよ。そこまでは自由時間ですね。夏休みの場合、正直なところ休む時間に充てることも多い。グダグダとする。高校生の夏休みと変わらないという感じで。いやもっと自由かな。テレビ見たり、寝たり。

ーーそういったなかでも、「これだけは気を付ける」というものがあるのでは?

できるだけ早く寝ることです。最近の自分は遅いほうだと少し反省しています。寝ている時がやっぱり回復するんですよ。寝ていないと次の練習の時にやっぱりコンディションが悪いな、と感じたりするものですから。

ーー睡眠時間は?

7時間くらいは欲しいです。あわせて、何時に寝るのかも重要。22時に寝る7時間と、夜中3時に寝る7時間は次の日のだるさなどが違う。当然、前者のほうが回復しているなと感じます

ウエイトリフティングは「分かりやすさ」が最高の魅力



ーーウエイトリフティング競技の魅力についてお聞きしましょう。近内選手からのおススメの楽しみ方は?

この競技の一番の魅力というのは、分かりやすさですよね。他の選手との違いが記録でわかりますから。他の対人競技よりも、基準が明確ですよね。判定で「なんでこっちが勝ったのだろう」というのがないんです。

ーー一気にバーベルを上げる「スナッチ」、いったん首下にバーベルを置きそこから頭の上に上げる「ジャーク」。ウエイトリフティングには2つの競技があります。どちらが得意?

スナッチは一気に上げるためのテクニックが必要。ジャークはいったん首下に置くぶん、重い重量を挙げられます。ジャークのほうが好きですね。テクニックよりも、力を見せたいという考えです。



ーーふたつの違い、それぞれの面白さを言葉でもう少し表現するとしたら?

スナッチは、先ほども話したとおりテクニックが要るんです。一回で頭の上まで持っていくのが難しい。テクニック、と合わせそしてスピードを見ていただく楽しみがありますよね。いっぽう、ジャークは首に一度乗せる。クリーンといいます。これは力がいるものです。力でやりきれるところがありますね。



ーー今年5月に地上波の番組で140センチの跳び箱に助走なしでジャンプして乗る、という衝撃映像が公開されました。ジャンプ力は競技に必要なものなのですか?あるいは自ずとついてくる?

試技の際、地面から足が離れる瞬間があるんですよ。百何十キロを持ってるのに。だから跳躍力がすごく上がるんです。その瞬間、自分でも分かるんです。「あ、浮いているな」と。ジャンプ力は自ずとついてくる、というところでしょうね。

東京五輪開催決定時は「出る人は頑張れよ」と思っていた



ーー五輪のことをお聞きしましょう。高校1年(2011年)で競技を始めて、すぐに急成長しました。いつから五輪を意識するようになったのでしょう。

ここ、っていうのはないですけれど、高3の終わりから、大学1年ごろですね。

ーーきっかけは?

高校を卒業して、アジアの大会に出たんです。アジアジュニアという大会。そこではちょっとだけ意識し始めました。さらに大学2年生で世界ジュニアという大会で6位になってから、世界がだんだん見えてくるようになりました。

ーー普段より大きな舞台に立つ、そういった経験だけでも何か違うものを感じるんですね。

それらの大会は、2013年、東京五輪が決まった時期のものもありました。当時は「ああ、そうなんだ」と思う程度でした。東京でやるんだ、というくらいで。まあここまで自分の成長が来るとは思わなかったので。「出る人、頑張れよ」みたいな感覚でしたね。

ーー意外と他人事だったのに、自分なりに頑張ると結果が出てきた。

まわりの大人も、「五輪出られるよ、頑張れ」といった声をかけてきてくれて。そうみんな言うんですけど、その当時の記録だと、「五輪なんて果てしない先」でしたね。いやいや、無理でしょうと思っていました。返事では軽く「頑張りまーす」と答えている、というような。

ーー大会は2020年。近内選手は2017年現在21歳。ウェートリフティングのキャリアピークは何歳くらい?

24、5歳というところだと思います。大会時にはドンピシャです。

ーーなんとなく、高校時代に始めたこの競技。それが東京で五輪をやることになり、その時に年齢的ピークを迎える。なるべくしてなった、運命的なものを感じますか?

ちょっとはあるんじゃないかと思いますけどね。高校の時は、五輪ではなく”推薦で大学行けるかもしれない”という話をよくしていたんですが。でも”いやいや、合格してもそんなカネないよ”みたいなことを思っていましたね。そんななか結果を出すようになってきて、周囲もどんどん応援してくれるようになりました。

ーー今では自分の意思で『東京を目指します』と言い始めています。

そういう位置には来ているかなとは感じます。

ーー五輪選手の多くは、「子どもの頃からの夢」としてそれを捉えていると思います。でも近内選手は高校時代まで考えも及ばなかった。それが手が届くところに来る感じ、という。

高校の頃まで、完全にテレビの向こうの世界でしたよ。で、少しずつ世界の大会に出始めて…意識は変わってきました。ただ最初の頃は「出られそうだから、目指してみようか」というものだった。東京でやると、みんな「特別」というじゃないですか。そこに出られそうなら、出てみるというところです。4年に1度しかない大会。それが東京で行われる。たぶんもう、死ぬまでない。それに出られるなら、出たいですね。



「頑張れと思っていた」。近内は少しいたずらっぽく語った。自らすっ飛んだイメージを演じようとしているのか、あるいは素なのか――。逆にそんな姿に近内の自信がある。そんなことを感じた。本人が言う通り、この競技は数字で結果がはっきりと出る。そこは嘘をつかないのだ。もうひとつ、その鍛え抜かれた筋肉も、嘘では作り上げられない。「口ではすっ飛んでても、やることやってんだぜ」と。
突き進む日々の根底には「何が好きか」、そして「自分の特徴を知り、勝ち目のある道を選ぶ」という点がある。近内のその原点を辿っていくと……「筋肉が好き」なのだ。近内はそこをストレートに進んだ。何かにトライする。仕切り直しに10代後半は決して遅くない。好きなことを見つけて、自分を知り、勝負する。近内の成長の日々とは、意外とシンプルなものではないか。




<プロフィール>
近内 三孝(こんない みつのり)

1996年3月14日生まれ、福島県出身。福島県立田村高−日本大学文理学部3年在学中。高校1年からウエイトリフティングを始め、すぐに頭角を現す。日大進学後は国内で今年4月の全日本学生個人選手権でスナッチとトータルで大会新記録にて優勝。国際舞台では2016年、世界ジュニア選手権大会69kg級で銀メダルを獲得。さらにアジアジュニア選手権でもジュニア新記録のジャーク172kgを挙げ準優勝と実績を積んでいる。好きな食べ物は肉。