噴煙をあげるアイスランドのエイヤフィヤトラヨークル火山(2010年5月5日撮影、資料写真)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】2000年以上前に噴火した火山からの大量の噴出物が空を覆ったことで、ナイル(Nile)川の源流が枯れ、古代エジプト最後の王朝の滅亡を早めたとの研究結果が17日、発表された。

 英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)に発表された研究論文によると、紀元前3世紀と紀元前1世紀に起きた、過去2500年で最大級の一つを含む噴火は、穀物の不作、大規模な反乱、エジプト軍の戦場からの撤退と発生時期が一致しているという。

 研究者らはこれまで、これら歴史上の出来事についての明確な答えを出すのに頭を悩ませていた。

 ネイチャー・コミュニケーションズ誌は論文要約記事の中で「火山の噴火は、古代エジプト王朝プトレマイオス朝(紀元前305〜同30年)の最終的な崩壊において中心的な役割を演じた可能性がある」と指摘している。

 また、太陽光の一部を遮ったこの火山の噴火は、数十億個の微粒子を成層圏に投入して地球温暖化に対抗する気候工学とその仕組みが同じであるため、研究結果は、この考え方におけるリスクを浮き彫りにしたと論文の執筆者らは述べている。

 気候工学を用いた対策案の一つである「太陽放射管理(SRM)」によって地球の気温は1〜2度下がるかもしれないが、他方で降雨パターンに重大な混乱が引き起こされる恐れがあることは否めない。

「プトレマイオス朝の火山噴火に対するもろさは、モンスーンに依存した農業を営む地域のすべてに警告を発している」と、論文の執筆者らは記している。現在、モンスーン依存型の農業地域には世界人口の70%が暮らしているという。

 プトレマイオス朝はその統治時代の大半で繁栄していた。その背景には、沈泥豊富なナイル川の夏季の出水が河岸に連なる広大な穀物畑全域を育んでいたこと、9月に川の水が引いた後は、水路と堤防の精巧なシステムで水を貯蔵していたことなどがある。

■2つの混乱の時代

 論文の共同執筆者で、アイルランド・ダブリン大学トリニティカレッジ(Trinity College Dublin)の気候史学者のフランシス・ラドロウ(Francis Ludlow)氏は、「河川の出水が良好だった時期は、ナイル峡谷(Nile Valley)は古代世界で最も農業生産性の高い地域の一つだった」と話す。

 だが、ある時期にナイル川の水位が上がらなくなり、その後に王朝は困難に陥った。これがなぜ起きたかについては、これまで解明されていなかった。

 米エール大学(Yale University)のジョセフ・マニング(Joseph Manning)氏率いる研究チームは、気候モデル、グリーンランド(Greenland)の氷床コア、古代エジプト文書などの情報をつなぎ合わせて、世界各地の大規模な火山噴火との明白な関連性を示すストーリーを構築した。

 紀元前245年、プトレマイオス3世(King Ptolemy III、在位紀元前246〜同222年)は、現在のシリアとイラクに当たる地域を中心に栄えていた宿敵セレウコス朝に対する優勢な軍事攻勢を不可解にも突然中止した。

「この180度の方針転換が、近東の歴史のすべてを変えた」と、マニング氏は指摘する。また歴史文献によると、時期を同じくして、ナイル川の出水が不十分だったことに起因する食糧難と過激な暴動が、アフリカ北東部と中東の一部に広がるプトレマイオス朝で起きたのだという。

 プトレマイオス朝は滅亡に至る最後の20年間にも、社会の激変、疫病、飢饉(ききん)が同時発生する同様の事態に見舞われた。

 研究チームは今回の研究で、これら2つの混乱の時代がどちらも、大規模な火山噴火とその時期が重なっていることを突き止めた。

 さらに、大規模噴火で大気圏上層部に噴出する数千万トンの二酸化硫黄(SO2)粒子により、雨期の大雨が赤道の北方に移動してナイル川源流部のエチオピア高原まで到達するのが妨げられる結果、源流部全域に十分な量の雨水が供給されない可能性があることも最近の記録から判明している。

 この現象は、939年と1783〜84年にアイスランドで火山が噴火した際に起きていた。622年以降のナイル川の水位が記録されているナイロメーター(Nilometer)にも、これらの噴火に対応する河川への影響が示されている。

 ラドロウ氏は、「火山噴火それ自体が、これらの(社会的)激変を引き起こしたわけではない」と説明する。そして、「既存の経済的、政治的および民族間の緊張状態が、火山噴火によってさらに悪化した可能性が高い」と付け加えた。
【翻訳編集】AFPBB News