【ライターコラムfrom甲府】異色のキャリアを持つ“伴奏者”…島川俊郎がJ1残留のカギを握る

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 Jリーグの中でも空いた時間に自室で弾き語りをしている選手は、島川俊郎くらいだろう。

「電子ピアノでヘッドホンを付けて弾いています。Jポップの自分が好きな歌手を。最近は清水翔太とか」と彼は説明する。インターネットを探すと様々な曲の「コード」が出ているそうで、彼はそれを見ながら1LDKの部屋で鍵盤を叩く。

 地元の小学校を訪問するクラブの交流活動でも、島川ならボールを蹴るだけでなく、体育館のグラウンドピアノを弾いて子供たちを沸かせることができる。

 趣味だけでなく、そのキャリアも大よそJ1の選手らしくない。ヴァンフォーレ甲府はよくJ2から選手を補強するが、島川は8年の選手生活で、J2の出場歴さえほとんど持っていなかった。16年にレノファ山口FCで「J2初出場」を果たしたものの出番を失い、シーズン半ばで栃木SCへ移っている。昨季を終えた時点で島川の通算出場歴はJ2が2試合、J3が78試合、JFLは27試合というモノだった。

 そんな彼がJ1の甲府に加わったのだから、それは驚きだった。ただし吉田達磨新監督は柏レイソルU−15、U−18時代に6年間も関わりがあった恩師。何かしらの確信がなければ獲るはずはない。もっとも島川は酒井宏樹や武富孝介、工藤壮人といった選りすぐりの7名がトップに昇格した黄金世代の中で、当時はJ2だった仙台に進んだ「非昇格組」だが……。

 1月8日の新体制発表会で吉田監督に「島川の獲得は監督のリクエストですか?」と問うたら「そうですね」と答えが返ってきた。

 指揮官はこう続けた。「あいつにも言いましたけど、正直『どうしても』という選手じゃないんです。だけどJ1でやる力は持っています。あと本質的な真面目さを持っている。出られない時間が長くなると予想される中でも、『出られないからテンションが下がる』とかでなく、サッカーそのものを大事にすることを表現してくれると思います」

 島川はU−18時代にセンターバックを務めていたが、直近のシーズンはボランチで起用されていた。180cm・76kgというそれなりに恵まれた体格の持ち主だが、身体能力は率直に言って凡庸。甲府ではどのポジションにせよ3番手、4番手からのスタートが想定されていた。一方で監督と思考回路を共有できる選手がいれば、練習を進めやすくなる。ピッチに立たせる機会は少なくても、一定の計算が立つ。そういう考えで島川の獲得は決まったのだろう。

 実際に島川の出番はほとんどなかった。4月2日の第5節・北海道コンサドーレ札幌戦で17分間の「J1デビュー」を果たし、5月28日の第13節・FC東京戦で「J1初先発」を果たしたが、前半戦の出場はその2試合だけ。しかし第20節以降の10試合に限ればアンカー、もしくはボランチの一角として7試合に先発し、チームの浮上に貢献している。第27節・横浜F・マリノス戦(3−2 ○)、第28節・柏戦の連勝(1−0 ○)にも絡んだ。彼は低評価からスタートし、ポジションを勝ち取りつつある。

 10月15日の第29節・FC東京戦(1−1 △)では右足のFKからリンスのヘディングシュートをお膳立てし、J1初アシストも記録した。彼がプレスキックを任されるのはプロ入り後初で、柏のU−15やU−18の時代にもなかったことだという。

 吉田監督はFC東京戦後に島川の成長をこう口にしていた。「J3から加入した島川がJ1のスピードに慣れてきて試合に出て行く。今日はちょっと前にパスをつけられずに後手を踏みましたけど、新里(亮)もそうですが、確実に成長している。この舞台で(活躍の)芽がなかった選手が、確実にJ1でプレーができるレベルに来つつある」

 しかし試合後の本人は「今日の自分のプレーには反省しかない。まだまだです」不満顔だった。彼が口にする反省点は二つあった。一つはチーム全体の課題だが、前半に退場者を出しつつサイドに人をかけていたFC東京に対して、反対サイドを活用できなかったこと。

 もう一つはカウンターに入ったときのサポートで、彼はこう悔いる。「ドゥドゥの周りを誰がケアするのか。ボランチが出るのかサイドハーフが絡むのかがはっきりしなかったのでもったいない」

 とはいえFC東京戦でも1トップのウタカに入れるボールに対しては、島川がセンターバック陣と連携を取って上手く潰していた。彼は説明する。「本当は(クサビのパスをウタカに)入れられない方がいいですけど、入れられたらサンドに行くのは鉄則。DF陣が飛び込んで入れ替わられないように『俺がサンドに行くから』と伝えていました」

 決して派手さはないが、島川の強みはJ1の舞台で表現されている。セカンドボールに絡む部分は彼も「ある程度の手応えがある」と口にする。周りと連携して前後左右に走り回れるのも彼の持ち味だ。ボールへ激しく食らいつく小椋祥平の守備も、島川のカバーがあるから引き出される。

 一方で島川は「前向きな欲求不満」を口にする。「どの試合が終わっても『もっとやれる』というか……。本当に『もっとやれる』としか思わないです。自分が思っていたJ1はそんなに遠くなかった。本当にちょっとの差で、もっと上手くなれると思います」

 彼はかなり強く感情を込めて、この言葉を口にしていた。監督はそれを「本質的な真面目さ」と表現するが、島川は記者とのやりとりも実直そのもの。その彼がそう言うのだから、これは本心だろう。

「もっとやれるプレー」の一例として彼が口にするのは逆を取る動きだ。アンカーは相手のFWやセントラルMFからのプレスを受けるが、受ける前の重心移動で相手から遠い位置にボールを置ければ、前にスペースが生まれる。そうすれば彼の強みである縦方向のインサイドパスも活きるはずだ。相手に背を向けてボールを後ろに下げれば安全だが、チャンスにはならない。

 逆を取る動きは柏の育成組織がしつこく教えるプレーで、感覚的な調整で改善できる部分だろう。彼も「ちょっとしたプレッシャーを感じてしまうというか、精神的なものだと思うんですけれど、そこでもっと自信をもってやれれば」と口にしていた。

 島川はまだ自分のプレーに満足していない。それはもっと「できる」という手応えがあるからだ。27歳にして初めてJ1で通用する自分を信じられるようになった――。そんな「ワクワク感」が彼の全身から伝わってきた。

 甲府は直近の3試合では勝ち点7を挙げ、残留に向けてラストスパートを始めている。ドゥドゥとリンスの2トップが機能し、新里亮と新井涼平、リマの最終ラインも強みになっている。そしてチームがいいハーモニーを奏で始めた一つの理由は島川の「伴奏」だ。

 残念ながら今季のリーグ戦は残り5試合しかない。しかし前半戦とは重みの違う5試合だ。そんな山場で島川が「もっとやれる」という手応えをどれだけ形にできるか――。それも甲府が残留を決する一つのポイントになるだろう。

文=大島和人