東京大学 大学総合教育研究センター 准教授 中原 淳さん

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「部下が全然育たない」「厳しく言うと、反発されそう」。そんな悩みに「敏腕マネジャー」はどのように対応しているのか。今回3社のマネジャーに、実際に使っている“キメゼリフ”を聞きました。解説は、リーダーシップ開発の専門家、東京大学の中原淳准教授です――。

■管理職は嫌われるのも仕事のうち

「これまで1000人以上のマネジャーに会いましたが、『部下が育って育ってしょうがない』なんて人には会ったことがありません」。そう笑うのは、東京大学准教授の中原淳さん。中原さんは近著『フィードバック入門』で、「耳の痛いことを伝えて、部下と職場を立て直す技術」について解説しています。

中原さんは「部下に苦言を呈するのは確かに気が重いですが、管理職は嫌われるのも仕事のうち、と腹をくくりましょう」と助言します。

「私はこう思う、と自分を主語にして、耳の痛いことをきちんと伝えるべきです。叱った直後に『でも、人間的には好きだけどね』なんて余計なフォローを入れるのもよくない。相手によっては、せっかくのフィードバックが台無しになります」

マネジャーの語源、Manageは「やりくりする」という意味。マネジャーは、物事がひとつでも前に進むためのやりくりを考えればいい。完璧な方法などありえないのだ。

「つまり、マネジャーがなすべき第一の仕事は『職場の目標達成』。これに尽きます。部下の反応を気にする前に、目指すべきビジョンとゴールを明確にし、自分の時間とエネルギーをどこに投入するのが最も有効なのか、シビアに考えましょう」

目標達成に向けて、部下のモチベーションを上げるのもマネジャーの重要な仕事だが、褒めてもいまひとつ反応が薄い部下にはどう接すればよいのか。

「最近は、できて当たり前、ミスがなくて当たり前の文化で育ってきて、自己評価が低い若手社員が多いんです。褒めるなら、大げさなくらいがちょうどいいです。それから、本音を言える安全な場所を用意して、部下の話を最後まで聞き切ること。実はこれが一番モチベーションが上がる方法かもしれません」

■Case 1:雑談&ユーモアで上下のカベを取り払う

▼プライベートに踏み込むかどうかはマネジャーのキャラ次第

普段から部下とプライベートの話をよくする野村さんは、雑談の話題には事欠かない。たとえば女性クライアントとの商談中も、「息子が飛行機を見るたびにパパ! と言うので、ママ友が私をパイロットだと思い込み、本当のことを言いだせなくなって」と場をなごませている。

こうした「自己開示」は共感を高め、信頼を深めるのに役立つ。客先に部下を信頼してもらう手段としても使える。

「たとえば『◯◯には将来、こんな仕事を任せたい』と、部下への期待を客前でさりげなく伝えれば、部下のモチベーション向上につながります」(中原さん)

一方、プライベートを仕事に持ち込まない松田さんは、自分の仕事上の体験談を語ることで、部下の失敗をフォローしているという。

「自己開示することで部下に自信をつけさせ、失敗を解決に導くという方法ですが、このとき、当人が失敗の原因を見いだすことが重要。何が起きたか、何がよくて何が悪かったか、今後どうするのか。失敗に向き合い、一緒に考えることもマネジャーの務めです」(中原さん)

メンバー同士のいさかいが、場の空気を一瞬で悪くすることもある。

森上さんはそんなとき、あえて満面の笑みで「いま、気まずい空気だよね」とストレートに言い放つ。

「それはすごい(笑)。あくまでも主観的に自己開示していく、逆転移と呼ばれるカウンセリング手法に近いですが、関係性に依存するところが大きいので、悪化したときにハラスメントになる可能性もあります。森上さんは“甘辛キャラ”だからできるのでしょう」(中原さん)

どこまで自己開示するか、どこまでプライバシーに触れるかは、社風やマネジャーのキャラクター次第といえそうだ。

■Case 2:軽く見られないよう、上司の威厳を示す

▼ボスのマネージングアップこそ、部下を動かす鍵

「上司として権威を振りかざすようなことはしたくない」というのが3人に共通した回答だった。

とはいえ、「部下が反抗的で困っている」「女だからなめられている」といった悩みはよく聞く。部下を効果的に動かす、上司らしい立ち居振る舞いについて考えてみたい。

野村さんの場合、誰も知らないトリビア的な知識をさりげなく披露することがある。客先で感心されれば部下も誇らしい気分になるだろう。

ただし、中原さんによると、もう1つ有効な手段があるようだ。

「効果的と思われるのは、ボスをマネージングアップすることです。上司がアッパーリーダー(自分よりさらに上位の人間)と良好な関係であればあるほど、部下との関係もよくなり、部下を効果的に動かせます」

この人についていって大丈夫かな――と、部下は常に上司を観察している。その部下から、不満の声が聞こえてきたら、どうすればよいか。

松田さんの場合は、本人が負担に感じないよう、全員の意見を求める場を設けたうえで、真意を確かめるという大人の対応。

「部下の真意を確かめるのはよい方法です。ただ、全員の意見を一致させるのはなかなか難しく、白けはどこかに生まれます。その場合、無視してよい白けと、無視してはいけない白けを見極めることです。前者なら、腹をくくってやり過ごすのもまたマネジメントです」(中原さん)

では部下に振った仕事を「ムリです」と拒否された場合はどうか。

森上さんは、まずできない理由を本人に聞いてみるが、「ただのワガママなら許さない」とバッサリ。

「この対処法は非常に正しい。実は本人も何が無理なのかがわかっていないケースが多いのです。理由を因数分解して、一緒に向き合うことがポイントです」(中原さん)

■Case 3:刺さる声がけで訳あり部下を伸ばす

▼可処分時間は限られている。どこに資源投下すべき?

若手に多い、同じミスを繰り返す部下にはどう対応するべきか。

森上さんが最初にするのは「ミスに至ったプロセス」の解明。

中原さんも同じ考えだ。

「遅刻の常習者に遅刻するなと何度言っても効果はありません。実は問題の根本原因に本人が気づいていないケースが多いんです。性格がルーズだから遅刻するんだと思われがちですが、集中しすぎて時間の感覚を忘れているせいかもしれない。原因をつきとめたうえで、再発しない方法を一緒に探ることが大事です」

部下の仕事の完成度が低かった場合はどうだろう。

野村さんは「お客さま」を主語にして部下に緊張感を持たせる作戦をとっているが、中原さんは、「クオリティーの期待値にズレがあり、部下の認識が甘かった場合は、私が満足できない、と自分を主語にして伝えるべき」と回答。「そのうえで、『お客さまを満足させるにはどうすればいいか、一緒に考えよう』とサポートするのがよいでしょう」

最後に、可もなく不可もなく、自分を平凡だと思いこんでいる部下に対しては?

松田さんは「平凡も個性」として部下の存在価値を認めている。

一方、中原さんは「小さな目標を与え、1つずつ達成することで自信をつけさせる」方法を挙げた。ただし、このタイプの部下が目に見えて結果を出すまでには、かなり時間がかかるという。

「マネジャーは限られた時間をいかに配分するかを、冷静に考える必要があります。チーム全体の生産性を上げるには、どこにエネルギーを注ぐのが最も有効なのか。部下の伸びしろや、本人の成長意欲を考慮しながら優先順位をつける。シビアなようですが、そうしないと自分自身が壊れてしまいます」(中原さん)

■Case 4:ビジョンを語って、チームを率いる

▼チームは同じゴールを目指す船。その光景をあなたは語れるか

マネジャーには、社の方針を「自分の言葉で語る」スキルが必要。

「シンプルかつ刺さる言葉であること、そして流行ることが肝心です。サイバーエージェントが新制度の名称を、『ママ(mama)がサイバーエージェント(CA)で長く(long)働く』という意味を込め、『macalon』とした例は秀逸でした」(中原さん)

野村さんも、「ラップを刻め!」など、耳に残るフレーズに落とし込んでビジョンの共有をしている。

「すばらしい工夫ですね。フレーズをつくる場合は、日頃慣れ親しんだ言葉よりも、なじみのない言葉のほうが心に残ります」(中原さん)

言葉が目標を明確にする武器になる一方で、モノの言い方ひとつで仲間を傷つけてしまう人もいる。そんなとき、松田さんは、「その台詞は聞きたくなかったな」とひと言。

「言うべきでない、と注意するよりも、聞きたくなかったと主観に置き換えるほうが確かにマイルドですね」と中原さんも賛同。

「他のメンバーは、マネジャーが問題発言にどう対処するかを見ていて、この一言で溜飲を下げる。問題の部下には、『これからのことは2人で話そうか』と一言添えれば、傷が浅くてすみます」

1対1で話す際は、同じゴールを目指す船に今後も乗り続けるかどうか、本人に選ばせることが肝要。

会社の目標が高すぎて部下が疲弊している場面でも、やはり、言葉がけは重要だ。森上さんは、その仕事をする理由を全員で共有してからゴールのめどを示しているという。

「進捗(しんちょく)を確認して、成果を出せるように導くのがマネジャーの仕事ですから、森上さんの方法は正しい。ただ、スイーツで釣るのは最後の手段にしましょう(笑)」(中原さん)

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モスフードサービス CSR推進室 社会環境グループ グループリーダー 松田由美子
部下は5人(男性3・女性2)。地球環境への配慮や社会貢献活動を実施している部門。コミュニケーションレポートをまとめるなど、CSR推進室との橋渡し的な業務が中心。職場でプライベートな話をあまりせず、ほどよい距離感を保っている。ただし、同期の存在は特別で、情報交換をかねて飲むことも。

 

JTBコーポレートセールス 営業第三課長 野村健児

部下は13人(男性6・女性7)。JTBグループで主に、企業や自治体など法人向けの企画提案を推進・展開。クライアントには女性も多く、「女性からの評判が高い」と上長のお墨つきあり。プライベート情報は自らどんどん明かし、部下(おもに男性)からも聞き出す。3児の父親。

 

日本ハウズイング 第一事業部 課長 森上小友美

部下は9人(男性4・女性5)。分譲マンションの管理受託に関する業務を行う部署。おかしいと思ったことは胸にしまわず、その場ですぐ本人に伝える主義。ただし注意するときは、暗い雰囲気にならないよう心がけている。一般職から初めて管理職に抜てきされた、期待の星。独身。「課長は男に厳しいです!」と男性部下にぼやかれたことも。

 

監修 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授 中原 淳

1975年北海道生まれ。現代の悩めるマネジャーに新しい人材育成法を説く『駆け出しマネジャーの成長論』(中公新書クレラ)、『フィードバック入門』(PHPビジネス新書)をはじめ著書多数。近著は『育児は仕事の役に立つ』(光文社新書)。

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(砂塚 美穂 撮影=佐々木 康)