ハロウィンで賑わう渋谷駅前の様子(2016年撮影)。 Photo by , under CC BY 2.0.


 私の在籍している博報堂生活総合研究所は、1981年の設立から現在に至るまで、「生活者発想」に基づいて生活者の行動や意識、価値観とその変化を見つめ、さまざまな研究活動を行っています。

 前回に引き続き、世の中で生じている事象に対して、研究所に蓄積された研究成果やそれらに基づく独自の視点により考察を加えてまいります。読者の皆様にとって、発想や視野を広げるひとつのきっかけ・刺激となれば幸いです。

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バルス祭り、ハロウィンに見る「モノからコト」の次

「『モノ消費からコト消費へ』・・・って、なんだかずーっと言われ続けていますよね」。

 社内で若手と会話した時、ふとそんな言葉が出てきました。

「モノからコト」。生活者の消費トレンドを表したキーワードは数あれど、この言葉ほど多く語られ、浸透している言葉もなかなかないでしょう。ある商品・サービスのヒットの要因を語るとき、「(生活者の)コト消費マインドを捉えた」「モノよりもコトを求めるお客様のニーズに対応した」「体験型消費に重点を置いた」などなど・・・、言い回しは多少変わりつつも、これまでいろいろなところで「モノ消費からコト消費へ」は登場してきました。

 モノが暮らしを充実させ、所有することが豊かさに直結したとされる「モノ消費全盛」の1970-80年代。そして、モノが一通り生活者に行き渡り、新しい・珍しい「体験」に心の充足を求めだしたとされるのが1980年代以降。

 象徴的なデータが、内閣府「国民生活に関する世論調査」。「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」と答えた人の割合が「まだまだ物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたい」と答えた人の割合をこの頃逆転。以降1990〜2000年代にかけ、その差を広げています。

 東京ディズニーランド開業が1983年。テレビCMのキャッチコピー「モノより思い出」が1999年。生活者が消費の軸足を「モノからコト」にシフトしようとする当時の空気感が伝わってきます。

「モノの豊かさ VS 心の豊かさ」


 それから30年ほど経った2017年。「モノ消費からコト消費へ」はいまだに言われ続け、私たちはその文脈の中で生き続けています。「モノ」が伴わなければ全部「コト」に含めてしまえる言葉の広さもあり、確かに便利なフレーズではあります。が、その言葉の広範さゆえ、いつまでもそのフレーズに頼っていたのでは、肝心な生活者の“現在進行形”の動き、「コト」の先に向かおうとする動きを見落としてしまいかねないのでは・・・と、そんなふうにも思うのです。

 象徴的な事例が2つあります。ひとつは、「バルス祭り」。映画「天空の城ラピュタ」の地上波オンエア時、タイミングを合わせてTwitterで「バルス!」と投稿してタイムラインを埋め尽くす行為です。ちょうど先月末、9月29日に「ラピュタ」がオンエアされた際には、

放送中の合計投稿数:75万9242件
1分間あたりの最大投稿数:23万7295件(23時23分に記録)
 

に上りました(NTTデータ「イマツイ」より)。単純に考えると23万を超えるユーザーが、その瞬間を待ち構えて一斉に投稿し、怒涛のように溢れかえる「バルス!」の洪水を眺め、また日常に帰っていったことになります。

 もうひとつ、10月の歳時として昨今急速に広がりを見せ、今年も各地でイベントが予定されているハロウィン。渋谷の交差点が象徴的ですが、各々がその夜のためだけに、お金をかけて凝った仮装をしてわーっと集まる。そして、見知らぬ人とハイタッチをしたり、写真の自撮りをしたりを楽しんだかと思えば、潮が引いたようにサーっと引けていく。

 日本記念日協会によるとハロウィン関連の推計市場規模は2016年1345億円。すでにバレンタインデーを超える規模に達した(同1340億円)とされ、勢いの強さが伺えます。

 これらの事例は、確かに大きく言えば「コト」の範疇ではありますが、いくつか特徴的な要素があります。

(1)時間や場所が限定されていて、同じ体験が二度とできない(非再現性・限定性)
(2)参加すること、その場に居合わせること自体が目的の大きな部分を占めている(参加性)
(3)自分が参加したことが場の成立につながる、貢献していると実感できる(貢献実感性)

 これらを俯瞰すると、典型的な「コト」である趣味や習い事のように、体験を通した知識や技能の蓄積・向上とは明らかに一線を画した営みであることが分かります。

 従来型の「コト」が「DO=すること」に重きを置かれていたとするならば、上述の「コト」ではそれが「BE=いること・あること」になっている。「今この場・この瞬間しか実現できない盛り上がりを、皆と一体となって作り出し、そこに居合わせたい」(そして、盛り上がりの後には何もなかったかのように散会し、皆それぞれの日常へと帰っていく・・・)。

 わずかな時間の、何とも言えない一体感・充実感を求めて、テレビの前で待ち構え、仮装をして街に繰り出す生活者たち。彼ら・彼女らが求めているのはもはや「コト」のその先、言うなれば「トキ(瞬間)」なのではないか??

 博報堂生活総合研究所ではこのような特徴を持つ生活者の活動・消費行動に着目し、「トキ消費」と呼称しています。

「トキ消費」の背景―リアル&ネットの空間価値向上

 下図は、1970年頃からの世で起こったブームの推移に照らして、「モノ→コト→トキ」という生活者の嗜好の移り変わりを博報堂生活総合研究所にて取りまとめたものです。上述の「バルス祭り」を「トキ」の起こりとしてやや早い時期にプロットしていますが、AKB総選挙やニコニコ超会議など、その他の事例は概ね2010年前後から起き始めています。このタイミングの背景には何があるのでしょうか。

「好き」の推移年表(作成:博報堂生活総合研究所)


 いくつか要因は考えられますが、ひとつには、生活者の心が「コト」に向かってからだいぶ時間が経過したことが挙げられます。「コト」自体が徐々に飽和し、「コト」を吟味する生活者の“舌が肥えてきた”結果として、さらに良質・特別な体験を求め、非再現性の高い「トキ」への関心が高まった・・・という流れです。

 もうひとつの要因として、外すことができないのは「スマートフォンとSNSの浸透」です。スマホを手にした生活者は、SNSを通じてリアルとは違う交流の空間に自由にアクセスできるようになりました。SNSをはじめとするネット空間では、発信者と受信者が入り乱れ、相互に影響を与えあい、そうして生まれた盛り上がりがリアルタイムに可視化されます。

 それは結果として、リアルとはまた一味違う「同じ時間に不特定多数の誰かとつながっている一体感・ダイナミズム」を生活者に与えることになりました。ネットの技術的な進展が、生活者に「トキ」を楽しむ面白さを気づかせることになったのです。

 反面、それらネットの発達によりリアルの場を介さずともコミュニケーションが成立してしまう状況は、ある生活者にとっては、かえってリアルで集まることの価値・意義を高めている面もあるかと思います。普段会うことがないからこそ、直接触れ合って同じ「トキ」を共有したいという気持ちは高まり、その瞬間の盛り上がりは格別なものになる・・・。

 先の「バルス祭り」はネット空間、ハロウィンは主にリアルな空間での話ですが、スマートフォンとSNSの浸透は双方の空間の価値、そしてそこに「居合わせること」の価値を高めていると言えそうです。

「トキ消費」は企業にとって新たなチャンス

 生活者の消費の軸足が「モノ」から「コト」へと移り、さらにスマートフォンとSNSの浸透によってネットの存在感が高まれば高まるほど、「コト」の先鋭形としての「トキ」を求める動きもより活発になっていくでしょう。そしてそれは、生活者に向き合う企業などの側からすれば、大きなチャンスとも言える流れなのです。

 提供する商品・サービスと生活者との接点に、「トキ消費」を駆り立てる要素をうまく組み込むことができれば、その商品・サービスに新たな魅力を付加することができます。その時のポイントは「再現性のない特別な時間の提供」「参加性があり、その場の一体感が感じられること」です。

 例えば、昨年公開されたある特撮映画は、映画観賞中の発声とSNS投稿を解禁する女性限定の特別イベントを開催。映画のシーンに合わせて観客の女性たちが思う存分に喜怒哀楽を発散し、それらがどんどんエスカレーションすることで生まれる場の盛り上がりが、参加した観客に非常に高い充足感を与え、映画に対するロイヤリティを一層高めることにつながりました。映画鑑賞という典型的な「コト」に「トキ」の要素を加えることで、魅力を向上させた好例と言えるでしょう。

 さらに、ライブ会場でその日だけ販売されるグッズや、アーティストとのライブ後の特別なグリーティングイベントのように、「トキ」を求心力としつつ、そこから「モノ消費」やさらなる「トキ消費」を促すことも考えられます。場の要素が強い「トキ」ですが、「モノ」との相性も決して悪いわけではないのです。

 ただし、気をつけなければいけないことがあります。たとえ一度生活者に受け入れられた「トキ」であっても、それが定番化・定型化の動きを見せた途端、生活者の心は離れていく、ということです。彼らにとっては「再現性のない、特別な体験」であるほど価値を持ちます。

 先述の「バルス祭り」、実は今年のTwitter投稿数は歴代3位とのこと。毎年のように繰り返された結果すでにピークを過ぎ、生活者の心は次の「トキ」を求めているということでしょう。「トキ」が「トキ」たる所以がここにあります。

 一筋縄ではいかない生活者の「トキ消費」。けれどもこれから先、企業がそこにトライする価値は、十二分にあると言えるでしょう。

筆者:三矢 正浩