ミャンマーから川を渡ってバングラデシュにやってくるロヒンギャ難民(写真:Antonio Faccilongo)

ミャンマー西部ラカイン州に居住するイスラム系少数民族ロヒンギャが今年8月下旬以降、弾圧を逃れて隣国バングラデシュに流入し、国連機関よると難民が1カ月半で約54万人(10月13日現在)に上る緊急事態に陥っている。バングラデシュ側の難民キャンプで医療支援活動を展開する国際NGO「国境なき医師団(MSF)日本」会長の加藤寛幸医師に現地の状況を聞いた。

劣悪な衛生状態、食糧も水もない

――難民キャンプの現状は。


難民キャンプの様子。竹のうえに、ビニールシートを被せただけの簡素な作りだ(写真:Antonio Faccilongo)

医療支援のニーズ調査のために9月中旬に現地に入り、10月1日にバングラデシュ南東端コックスバザール県のマイナゴナに診療所を開設した。このエリアにはクトゥパロン、バルカリという既存のキャンプがあり、数十万人のロヒンギャ難民がいたが、新たに50万人超が流入し、数キロ四方の“メガキャンプ”が形成されている。バングラデシュ政府軍が国境を越えた難民をトラックでキャンプに集めている。


ミャンマーのラカイン州から多くのロヒンギャ難民がバングラデシュへ流入している(MSFなどの資料をもとに編集部作成)

難民たちは20カ所近い山中のエントリーポイントを通って越境してくるほか、一部は小舟で国境のナフ川を渡ってくる。みな着の身着のまま、何日も食べておらず憔悴しきっている。自分たちの身に何が起きているのかも理解できていない印象を受けた。たいてい家族単位で逃れてくるが、全体を見ると20〜40代の女性と子どもたちが多い印象で、「ミャンマー軍に村を焼かれ、男たちは殺された」と訴える難民もいる。

キャンプの環境は劣悪だ。住居やトイレ、食料、飲料水など何もかも不足している。難民たちは自分たちで工面した竹の柱にビニールシートを張っただけの粗末なシェルターで雨風をしのいでいる。急ごしらえの手掘り井戸は清潔な水を得られるだけの深さがなく、トイレの多くも穴を掘っただけだ。井戸とトイレの距離が十分ではなく、モンスーン(雨期)の降雨で至る所がぬかるんでいる。膨大な数の難民が限られたエリアに極端に密集しているため、衛生状態は非常に悪い。


配給の様子。配給車の周りは殺気立った雰囲気すらある。コメや水が配給されたところで、まともな調理器具もない(写真:Antonio Faccilongo)

――食糧配給はあるのか。

新たな難民は全面的に人道援助に頼らざるをえず、国連機関がバングラデシュ軍を通じてコメや食用油、野菜などを供給しているが、難民の急増に追いつかず絶対的に不足している。到着時に1世帯にコメ25キロが支給されるらしいが、配給は不定期で滞りがちなため、乳幼児を抱えた母親たちが炎天下や雨の中、いつ来るともわからない食料を待って路上にあふれる姿が見られる。

難民の多くは鍋釜など調理器具や日用品を持っておらず、仮にコメを支給されてもどうやって食べるのだろうか……。近隣住民からもらった米飯を家族で分け合って食べることもあるようだ。難民たちの表情や様子を見ていると、この数週間で体力的にも精神的にも限界に来ているという印象を受ける。

大型テントの診療所に患者が連日殺到

――医療支援活動の現状は。

MSFとしてマイナゴナに開設した大型テントの診療所で診察・治療を開始し、8月25日以降、MSF7カ所の診療所で計3万人以上を治療した。私自身は10月1〜5日、日本人看護師や薬剤師、ロジ担当者、通訳、現地医療スタッフと診療に当たった。

近日中にスタッフを増派して新たな診療所4カ所を設ける計画で、MSFの別のチームも医療支援を展開中だ。バングラデシュ政府は国連機関や国際NGOの活動を受け入れているが、手続きに時間がかかり、医薬品や資機材、現地スタッフの調達が滞っている。

私たちの診療所には1日約300人の患者が連日殺到しているが、治安の関係で夕暮れ前に閉めるため、診療しきれずに翌朝出直してもらうこともある。症状は呼吸器感染症(風邪、肺炎など)、消化器感染症(嘔吐、下痢など)、皮膚病のほか、難民の約半数が裸足なので足のケガが目立つ。避難の最中に銃で撃たれたり切りつけられたりした負傷者、性暴力を受けたとみられる女性患者もいる。


ロヒンギャ難民には、女性や子どもが多い(写真:Antonio Faccilongo)

食糧不足による乳幼児の栄養失調は深刻で、意識もうろうとした状態で運び込まれる子どもが少なくない。いずれの場合も重症患者はキャンプ内にあるMSFの既設の医療施設に緊急搬送するが、そこも50床を70床に増やしたが追いつかず、百数十人を収容せざるをえない状況だ。地域の公立病院もキャパシティを大きく超えて患者を受け入れている。

清潔な飲料水が得られないのが何より深刻

――衛生状態が劣悪で重篤な感染症が懸念される。


マイナゴナにあるMSFの診療所で診療する加藤会長。1日300人近くが訪れる(写真:MSF提供)

公衆衛生の観点でいうと、清潔な飲料水が得られないのが何より深刻だ。難民たちは手掘りの浅い井戸や水田、水たまりから集めた水を飲んでいるが、こうした水の多くは排泄物で汚染されているため、診療所でも下痢性疾患の患者が目立つ。

脱水症状で生死の境をさまよう成人患者も多いが、これは成人にはめったに見られないことだ。バングラデシュ政府も(はしか、コレラ、チフスなど)重篤な感染症が蔓延することを非常に警戒している。

正確なデータはないが、ロヒンギャの予防接種率はミャンマー国内の水準に照らしても低いと考えられ、数十万人が不衛生な環境で密集して暮らす状況が長引けば、数万人が死亡する集団感染がいつ起きてもおかしくない。集団予防接種を至急実施するとともに、感染が疑われる患者を隔離する必要があるが、バングラデシュ当局がそうした措置をとれる状況にはない。MSFはクトゥパロンの医療施設に隔離用区画を独自に用意した。


マイナゴナにある診療所(写真:MSF提供)

日本でも、もっと関心を持ってほしい

――今、何が求められているか。


加藤 寛幸(かとう ひろゆき)/島根医科大学卒業。専門は小児救急、熱帯感染症。国内外の病院勤務を経て、2003年にMSFに参加し、現在はMSFの活動に専従。これまでスーダン、インドネシア、パキスタン、南スーダンなどの医療崩壊地域で活動。2015年3月、MSF日本会長に就任(撮影:風間 仁一郎)

現地で痛感したのは、未曾有の緊急事態と膨大なニーズに対して、人道支援活動がまったく追いついていないということ。医療支援活動の経験豊富なメンバーが「今まで世界中でこれほど劣悪な難民キャンプは見たことがない」と驚くほど、ロヒンギャ難民が置かれた状況は深刻であり、私自身が見てきた他地域の難民と比べても絶望の度合いが深い。MSFの活動に限っても医薬品や資機材、医療設備、スタッフが足りず、「もっと多くの患者を救えるのに」と非常にもどかしい思いがした。

日本に帰国して新聞やテレビを見ると、衆議院選挙のニュース一色で、ロヒンギャ問題を伝える報道はほとんどない。しかし、この瞬間にも数万人が死亡するかもしれない緊急事態を無視してよいのだろうか。

西アフリカで発生したエボラ出血熱(2014年)のように、多くの生命が失われないと目を向けないのだろうか。取り返しのつかない大惨事が起きるのを防ぐために、日本でもロヒンギャ難民問題に関心を持っていただき、寄付などを通じた医療活動へのご支援をお願いしたい。