女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

「独身」か「妻」か、はたまた「ママ」か。

結婚・出産でライフスタイルが急変する女の人生。恋愛から結婚、そして子育て。それぞれのカテゴリーで、興味の対象も話題もがらりと変わってしまう。

大学時代からの仲良し3人組、あゆみと理香、そして沙耶。

未だ独身、広告代理店でキャリアを積む沙耶は、早々にママとなった理香、最近結婚したばかりのあゆみとどんどん疎遠になっていく。

プロモーションリーダーに抜擢され、仕事が楽しくて仕方ない沙耶。しかし、女の人生は突然狂う。

妊娠発覚で戸惑う沙耶。女の幸せと仕事…沙耶はどちらを選ぶ?




選ぶべきものは…


結婚して、ママになる。

幼い頃は、沙耶にとってもそれが当たり前の未来だった。

大好きなディズニー映画も、絵本も漫画もドラマも。その多くが「結婚してママになる」ことを女の幸せの象徴として描いていた。

しかし東京で生きるバリキャリ女の現実は、まったく違っている。

そもそもおとぎ話の主人公は沙耶のようにあくせく働いていない。ただただ男に愛され、守られて生きる人生を選んでいたら、こんな風に悩むこともなかっただろうか。

時刻は、まもなく23時になろうとしている。

今夜は、強引に連行されそうになった会食の誘いを、なんとか断り帰宅した。

静まり返ったリビングの電気をつけると、テーブルの上に置かれた母子手帳が一番に目に入る。

数日前、平日昼間しかやっていない役所に、仕事をこっそり抜け出して取りに行ったものだ。

Macbook、仕事の資料、整理できていない名刺や読みかけのビジネス本...雑然と並ぶ、沙耶が馴染んできたものたち。その中で、母子手帳だけが明らかに異彩を放ってそこにある。

しかし“それ”を手に取ると、言葉にはできぬ温かな感情が全身を駆け巡り、沙耶が選ぶべき道を明確に教えてくれるのだった。


新しい命とともに生きる覚悟を決めた沙耶。会社に妊娠の事実を告げると…


妊娠の、代償


(2週間後)

-もう、後戻りはできない。

会議室を出て、沙耶は深く大きなため息をついた。

決意を固めた沙耶は、つい今しがた、結婚の報告と同時に現在妊娠中であることを部長に告げてきたのだ。

「そうか…わかった。おめでとう」

部長の口は形だけ「おめでとう」と動いたが、その表情に祝福の色は見て取れなかった。

しかしそれも仕方ない、と沙耶は思う。

沙耶自身だって、妊娠がわかった直後は同じようにただただ困惑した。それに、長年取引のある化粧品メーカーが打ち出す新ブランドのプロモーションリーダーに抜擢された直後というのも、はっきり言ってタイミングが悪い。

実際、沙耶はしばらく黙っておくつもりだった。しかしそう言うと、珍しく隼人に大反対されたのだ。

「隠したまま仕事していたら、沙耶ちゃんは絶対無理するでしょ。自分だけの身体じゃないんだから、優先順位を間違えちゃダメ」

3つも年下の彼氏に正論で諭され、沙耶はその通りだと頷くしかなかった。

しかし、せっかくのチャンスを逃したくないという気持ちだけは、簡単に捨てられない。

「体調も良いですし、迷惑はかけません。プロモーションリーダーはぜひ続けさせてください」

沙耶はそう懇願したが、部長は一言「考えておく」としか言ってくれなかった。




「先輩、ちょっといいですか?」

後輩の香織が、含みのある言い方で沙耶に声をかけてきたのは、部長に妊娠の事実を告げた2日後だった。

ここでは話しづらいと言うので、連れ立ってカフェラウンジに向かう。

廊下やエレベーターで交わす会話はいつもと変わらぬ世間話だが、香織の笑顔がどことなくよそよそしく感じるのは気のせいだろうか。

「聞きました。妊娠のこと」

カフェラウンジで席に着くなり、香織は声を潜めてそう切り出した。

「まさか沙耶さんがそんな無計画…って言うか突然、妊娠だなんてびっくりです。まあでも、仕事より女の幸せが大事ですよね。おめでとうございます」

香織は一方的にそんなことを言って、部長と同じように形だけの「おめでとう」を沙耶に告げた。

「ありがとう。突然のことで、皆に迷惑をかけてしまって。でも私、仕事やめる気なんてもちろんないし、リーダーも責任を持って…」

弁解するように言いかけた沙耶を、しかし香織はぴしゃりと遮る。

「沙耶さん。次のチーム会議で正式発表があると思いますが」

香織はそこで一呼吸置き、言いにくそうな、しかしどこか嬉しさを滲ませた表情を見せた。

「新ブランドプロモーションの件、さっき部長から、私がリーダー補佐をやるように言われました」

「え…?」

「だから沙耶さんは身体第一で。夜遅い打ち合わせなんかは今後なるべく控えた方が良いでしょうし、私に任せてください」

隙なく言い切った香織が、技巧的な笑顔を向ける。沙耶はそれを、ただ呆然と見つめることしかできなかった。


実質的に香織に奪われた、リーダーのチャンス。いち早くママになった女ともだちに相談するものの…


専業ママの主張


「久しぶりね」

週末、グランドハイアットの『フィオレンティーナ』。

一人ぼんやりと物思いに耽る沙耶の背後から、聞き覚えのある滑らかな声がした。

振り返ると、ブラックシフォンのロングワンピースに身を包んだ理香が微笑んでいる。

話を聞いてもらいたくて、沙耶が呼び出したのだ。

彼女に対しては複雑な感情があるものの、今、沙耶が置かれた状況を最も理解してくれるのは、同じように予想外の妊娠でキャリアを中断した理香だろう。

「…理香は相変わらず綺麗ね。ママにはとても見えない」

ふんわりとスカートを揺らして着席する理香にそう言いながら、沙耶は前に彼女と会った夜を思い出していた。

あの日「すっかりママだな」と発言した男友達のせいで、彼女の顔はわかりやすく歪んだ。

沙耶の賛辞に、「そんなことないわ」と満足げな表情を見せる理香を眺めながら、沙耶はぼんやりと考える。

-私もママになったら、ママに見えないと言われて同じように喜ぶのだろうか。

「ところで相談って、何?」

一息ついたところで理香に促され、沙耶はいよいよ本題を口にすることにした。おそらく誰も予想できなかっただろう、この1ヶ月の間に沙耶の身に起きた怒涛の出来事を、順を追って話していく。




「おめでとう!おめでとう、沙耶!」

妊娠発覚、そして年下の彼・隼人からプロポーズを受けたことを話すと、理香は沙耶の手をとって大喜びし、幾度も「おめでとう」を繰り返してくれた。

…職場には、こんな風に手放しで祝福してくれる人はいなかった。満面の笑みで心から喜んでくれる理香の存在に救われるような思いがする。

「でも、仕事ではせっかくのチャンスを奪われてしまって。私は仕事を辞める気ないし両立したいのに」

ため息を漏らす沙耶に、理香は共感してくれる…はずだった。

しかし理香は予想外の反応を見せたのだ。

「今の仕事と両立なんて、現実的に無理だと思うわ。それに、仕事なんかより子育ての方が、100倍大変よ」

-仕事なんか?子育ての方が大変?

理香の言葉に、沙耶は絶句した。

仕事と子育ては、まるっきり別物だ。それぞれに全く別の種類の大変さがあり、その大小を比べることなどできないはずだ。

しかし悪びれもせずに言い放つ理香は、心からそう思っているのだろう。

沙耶が抱く違和感に気づく様子もなく、上品な仕草でラテを啜る理香。

ママ雑誌にも登場する、セレブ妻を地でいく彼女の生き方は、世の女性の憧れなのかもしれない。

しかし沙耶の目に理香は、視野の狭くなってしまった愚かな女に映った。

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理香の発言にもやっとした沙耶は、ある決心をする。そんな中、新妻あゆみにもトラブルが発生?