16日、日本新華僑報網は日本の高齢者の孤独死について、「ごみの中で亡くなる人がいるのはなぜなのか?」と題する文章を掲載した。資料写真。

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2017年10月16日、日本新華僑報網は日本の高齢者の孤独死について、「ごみの中で亡くなる人がいるのはなぜなのか?」と題する文章を掲載した。

記事は冒頭、「孤独死は最も恐ろしい人生の終わり方の一つだが、日本ではもはや珍しいことではない」と説明する。その上で、ごみの中での孤独死が新たな問題になっていると指摘。実際にごみの中で老後を過ごし、そのまま孤独死してしまった高齢女性の例を挙げて「なぜ高齢者はごみを捨てなかったのだろう」と、日本のごみ回収システムについての解説を始める。

記事は「日本の一部マンションには共有のごみ捨て場が設置されているが、一般的には地域で決められたごみ集積所に持って行かなければならない。さらに曜日によって出せるごみが違うため、曜日を間違えたら次の回収日を待つ必要がある」と述べ、「体の不自由な高齢者の場合、ごみ出しは『巨大な挑戦』」と指摘。日本に「ごみ出し難民」なる言葉があることも説明し、この問題が全国各地で見られること、認知症でごみ出しの曜日や場所が分からなくなる人がいることなどにも言及して「家はごみでいっぱいになり、体の不自由な高齢者がごみの中で生活するようになってしまう」という。

記事は最も重要な要素として「高齢者の心に『自暴自棄』があるかもしれない」点を挙げ、離婚や配偶者などとの死別で厭世(えんせい)的になり、家事や身の回りのことに無頓着になってしまうケースを指摘する。この実態を「社会の悲劇」とし、「高齢者が全人口に占める比率が高まる中、政府が対策を講じてこのごみ出し問題を解決することができたなら高齢者の生活の質も向上させられるかもしれない。仮に現時点では孤独死を防ぐ術がないとしても、ごみの中で高齢者が死亡するケースは少なくともなくすべきだ」とまとめた。(翻訳・編集/野谷)