16日、新京報は「日本の職人気質を過大評価してはいけない」とする記事を掲載した。資料写真。

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2017年10月16日、新京報は「日本の職人気質を過大評価してはいけない」とする記事を掲載した。

記事は、神戸製鋼において製品の強度データなどを改ざんする不正が発覚したことを紹介。昨年の三菱自動車による燃費改ざん問題、今年に入ってのタカタのエアバッグ問題による破産、そして神戸製鋼のスキャンダルと、確かな品質で知られている日本企業でどうして立て続けにこのようなことが起きるのか、と疑問を持った人が多いだろうとした。

そのうえで「私は日本人がモノづくりにおいて、特に品質を重んじるという民族的な天性の素質を持っているとは思わない。それは全くもって神話なのだ。日本の工業の黎明(れいめい)期は、稚拙な模倣者だった。それが職人気質ともてはやされるようになったのは、1990年代になってからのことなのだ」と指摘した。

記事によると、「職人気質」というのは企業内部に存在し、従業員を仕事に専念させるよう促すためのものであり、そうしてこそ価値を持つものであるという。また、企業そして業界全体がレベルを高めるうえで職人気質にだけ頼っていては不十分であり、市場競争を繰り広げることが必要とのことだ。

記事は「どんなに製品を精緻に作っても、買うのは消費者。価格は消費者の購買能力によって決まる。それゆえ、企業は通常、コストを抑えつつ多くの消費者のニーズに合う製品の生産を目指す。消費者が持つより良いものを求める能力が高まってこそ、企業はコストを増やすことがき、製品の品質を高めることができる。そして、市場競争を通じて、企業は製品の品質工場に絶えず迫られる。こういった効果は、職人気質を遥かに超えるものだ」と論じている。

そして最後に「神戸製鋼のスキャンダルが日本の製造業の評判を崩壊させるものかと言えば、そこまでではないだろう。しかしわれわれは、企業が製品の品質を高めるうえで単に民族的な特性にばかり頼るべきではなく、市場競争を大切にしなければならないことをはっきりと認識すべきだ」と結んだ。(翻訳・編集/川尻)