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剣道部の練習中、大分県立竹田高校の工藤剣太さん(当時17)さんが熱中症で死亡した事故で、元顧問の教員の重過失と賠償責任を認め、県に対して「求償権」を行使して100万円を元顧問に請求するよう命じた一審判決を支持する控訴審判決が10月2日、福岡高裁で言い渡された。

報道によれば、県教育委員会、両親ともに最高裁へ上告しない方針で、判決は確定する。この判決はどのような意義を持っているのだろうか。学校事故の問題に詳しい高島惇弁護士に聞いた。

●訴訟のポイントは?

法的に複雑な側面があるため、訴訟の位置付けから説明したいと思います。

死亡した生徒のご両親は、平成22年(2010年)3月頃、大分県、顧問及び副顧問を共同被告として、損害賠償請求訴訟を起こしました(なお、豊後大野市も共同被告に含まれていますが、異なる争点のため省略します)。

そして、大分地裁は、顧問及び副顧問の過失をそれぞれ認定した上で、その県立学校における教員の教育活動であることを理由として、次のような判断を示しました。

・(公権力の主体である)大分県の損害賠償責任を認め、合計約4656万円の支払いを命じる

・顧問及び副顧問の個人責任については、認めない

つまり、大分地裁は、大分県が全額賠償責任を負う以上、顧問及び副顧問の民事責任を追及できないと、示したのです(「公務員関係については、国又は公共団体が国家賠償責任を負う場合には、公務員個人は民法上の不法行為責任を負わないと解すべきである(最高裁昭和30年判決参照)。本件においては、前記のとおり、被告大分県が国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うから、被告(顧問)及び被告(副顧問)は、原告らに対する不法行為責任を負わない」)。

しかし、国家賠償法1条2項によれば、「公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」と定めています。公務員の行為につき故意又は重過失が存在する場合、国又は公共団体は、代位して負った損害賠償責任の全部又は一部について、その公務員個人が負担するよう請求できる旨を定めています。

そのため、大分県としては、仮に顧問及び副顧問の行為につき故意又は重過失が存在する場合、生徒のご両親に対し支払った約2755万円(豊後大野市との共同負担だったため、折半されています。また、遅延損害金を含んだ金額になります)の損害を負担するよう、顧問又は副顧問に対して別途請求できる余地がありました。

にもかかわらず、大分県は、顧問及び副顧問に対し一向に「求償権」(債務を弁済したとして、支出した金額の全部または一部を、負担すべき者に請求できる権利)を行使しませんでした。

そこで、生徒のご両親は、このような大分県の対応が合理的な理由なく求償権の行使を怠っているとして、懈怠(けたい=怠ったということ)の事実を確認し、顧問及び副顧問の損害負担を求めるため、地方自治法242条の2第1項に基づく住民訴訟を提起したのが、この訴訟です。

●訴訟のポイントは?

訴訟の位置付けを踏まえて、今回の判決を説明します。

訴訟のポイントとしては、

(1)顧問及び副顧問の行為について、重過失を認定できるか

(2)大分県が求償権を行使しなかったことが、懈怠と評価できるか

の2点が挙げられます。

まず、(1)の重過失について、裁判所は、顧問について、重過失を認定する一方で、副顧問については、重過失とまでは評価できないとしてご両親の請求を棄却しました。顧問の行動が重大な違法性を有していた事実を指摘したことは、今後の部活動教育の改善という観点から大きな意義があると考えます。

●「求償権」について

次に、今回の訴訟の特筆すべきポイントである(2)の「大分県が求償権を行使しなかったことが、懈怠と評価できるか」について、説明します。

仮に求償権がある場合でも、立証の難易度や求償できる損害額などの事情次第では、求償権を行使せずに訴訟を控えた場合でも、行使を怠ったとまでは評価できないとして、棄却される可能性はあるのです。そして、実際そのような理由で請求を棄却した判決は過去に存在します(横浜地判平成14年6月26日判決)。

これについて、裁判所は、過去の最高裁判例や前訴の判決内容を示した上で、立証の困難性や求償権の額が少ないことを理由とする大分県の主張をいずれも退け、求償権行使の懈怠を認定したのです。

今後、顧問の個人責任を追及すべく同様の住民訴訟が提起されるケースは増えるものと予想します。

以上が、本判決における主要な意義になります。

●「公立が私立かで適用される法律が異なる」

なお、今回の訴訟を通して、課題や問題も見えてきました。

1点目は、公立か私立かによって適用される法律が異なる点です。簡潔に言えば、私立学校で発生した事故に関しては、教師個人と学校の両方に法的責任が認められやすいのですが、公立学校については、教師個人の責任が認められるのが難しい傾向にあります。

一部の学者は「同じ学校事故であっても、国公立の場合と私立の場合で扱いが異なることが合理的かに議論のあるところである」(高木光「行政法」261頁)と指摘しています。学校事故に関する法適用については、公立私立を問わず教職員の個人責任を追及できるよう、何らかの立法的解決を検討する余地はあるかもしれません。

2点目が、大分県が控訴した事実についてです。

大分県は、控訴する際「判決は教職員の部活動への携わり方にも大きな影響があるため、上級審の判断を仰ぎたい」とコメントしています。また、控訴理由書(63頁にも及ぶ書面です)では、「現在の部活動の実態は、部活動指導者である教員の多大な献身の上に成り立っている」、「指導した教員に容易に求償請求が認められるとすれば、献身的に部活動指導に取り組む教員が減り、その結果、部活動自体が成り立たなくなるという、教育活動に重大な損失が生じる可能性がある」と主張したのです。

しかしながら、意識が朦朧としている被害者生徒に対し、『演技じゃろうが』、『これが熱中症の症状じゃないことは俺は知っている』と述べながら横腹を前蹴りし、倒れた被害者生徒にまたがり平手打ちを繰り返した今回の顧問の行為は、大分県が主張するような献身的な指導に該当するのでしょうか。

この点について、大分県は事件が発生した原因について真摯に受け止め、行き過ぎた指導の再発防止に向けた姿勢を毅然と示すことが重要だったのではないかと考えています。

ご両親が述べるとおり、今回の判決が1つのきっかけとなって、まさに行き過ぎた指導の抑止力になることを切に願うとともに、国家賠償法に関する再考が促されることを期待しています。

(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
高島 惇(たかしま・あつし)弁護士
退学処分、学校事故、いじめ、体罰など、学校内におけるトラブルを精力的に取り扱っており、「週刊ダイヤモンド」にて特集された「プロ推奨の辣腕弁護士たち」欄にて学校紛争問題が得意な弁護士として紹介されている。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp