メキシコでは自動車は重要な産業。
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 1992年に北米自由貿易協定(NAFTA)が発足してから、特にメキシコの政治家の間ではメキシコは北米の南部地方といったような意識でいた。ところが、トランプ大統領が登場すると、彼らは「メキシコは北米を構成しているのではない」ということを自覚せざるを得なくなった。

 なにしろトランプ大統領は、大統領選挙戦中から公約として掲げていたように、メキシコに進出した米企業を米国に戻すことと、対メキシコとの貿易赤字を埋めること。この二つの目的をNAFTAの再交渉を通じて達成しようとして、メキシコにとって不利な条件を突きつけているのである。

 10月13日に米国代表が4回目の交渉の席で新たに提示したのは、これまでメキシコで生産される自動車が無税で米国に輸入されるためには、各自動車を構成する部品の62.5%が米国で生産されていることが必要条件だというのを、85%まで引き上げるという案であった。(参照:「Sin Embargo」)

 この様に、メキシコにとって不利な条件を提示して来たトランプ大統領の根底にある考えは、NAFTAを廃止することなのである。この先5年を目安にNAFTAを廃止して、米国とカナダの二国間だけの貿易協定を結びたいというのがトランプ大統領の本音なのである。(参照:「Sin Embargo」)

 そうすれば、メキシコとの貿易赤字は解消され、米国の企業のメキシコへの投資も減ると見ているのである。

 しかし、NAFTAを廃止すれば、メキシコ向けに自動車部品を生産している企業が打撃を受け、米国内で5万人の雇用が喪失するとも予測されている。

 また、米国で生産されている自動車1100万台の部品の25%がメキシコで生産されているが、NAFTAが廃止になれば米国はその部品にも関税を適用せねばならなくなる。それは米国で生産する自動車のコストアップに繋がる。それでもメキシコでの生産が有利なのである。理由はメキシコの労賃が非常に安いからある。(参照:「Sin Embargo」)

 自動車関係だけでなく、米国にはメキシコとの貿易取引に500万人が従事しているとされている。特に、テキサス、カリフォルニア、イリノイ、オハイオ、ルイジアナ、インディアナ、テネシー、ペンシルベニア、ジョージアなどの州では、メキシコとの貿易が盛んだ。テキサス州の場合は同州の輸出の38%がメキシコ向けである。メキシコとの貿易取引が減少すれば、同州の経済に深刻な事態を及ぼすことになる。だから、テキサス州の上院と下院の共和党議員もメキシコとの国境に壁を設けることに反対している。

 NAFTAの廃止はメキシコとの貿易赤字の解消になるとトランプ大統領が考えているほどには事態は単純ではないのである。

 その廃止をトランプ大統領に思いとどまらせるために、メキシコでの労賃の上昇が米国そしてカナダからも要求されている。しかし、安い労働力はメキシコの強みであり、労賃を上昇させれば、逆に米国企業にとってメキシコへの投資に魅力を失うことになる。メキシコにとっては、どの道を選んでも厳しい状況に追い込まれているのである。

◆BRICS、特に中ロに接近する可能性

 しかし、NAFTAが廃止となればムーディーズによると、メキシコは<1年後には30万人の失業者が出ると予測されている。それに加えて、インフレと金利も上昇するようになる>と見ている。(参照:「Sin Embargo」)

 そこで、仮にNAFTAが廃止になった場合にはメキシコでは新しい見方も生まれている。

 それは、メキシコがBRICSに接近するという予測なのである。メキシコは米国との関係が薄れて行く中で、新しい市場としてBRICSへの加盟に興味を示しているというのである。9月に北京で開催されたBRICS会議にメキシコはオブザーバーとして参加していたのもその現れだという。

 BRICSの加盟国にはラテンアメリカでGDP規模で最大のブラジルがいる。その次のラテンアメリカの経済大国として位置しているのがメキシコなのだ。

 ドル体制の崩壊を崩せるのはBRICSのロシアと中国であると見られている。メキシコの政治家はロシアと中国との関係強化に動くであろうと予測されているのである。

<文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。