元彼の結婚。

適齢期の女性にとって、これほどまでに打ちのめされる出来事があるだろうか。

元彼がエリートだったら、なおさらだ。

どうして私じゃなかったの。私になくて、彼女にあるものって何?

東京で華やかな生活を送るエリートたちが、妻を選んだ理由、元カノと結婚しなかった理由を探ってみる。

先週、グルメな元彼・宏樹の、元妻である玲子に偶然再会した奈緒(29)。一緒に食事をしていると酔い潰れてしまった玲子を、仕方なく自宅に泊めることにした。




「あー、頭痛い・・・」

AM9:00。昨日、奈緒との食事中に居眠りを始め、仕方なく連れて帰ってきた元彼の元妻・玲子がようやく起きた。

「玲子さん、おはようございます。良かったら、お水どうぞ」

「やだ、ごめんね奈緒ちゃん。ありがとう」

グラスを受け取るなり一気に飲み干した玲子は、奈緒の顔を覗き込むように言った。

「奈緒ちゃん、迷惑かけちゃって本当にごめんね。今日、何か予定あるんじゃない?大丈夫?」

「はい、夕方ネイルサロンを予約していて、夜は友達とご飯に行く予定です」

「じゃあお昼は空いてる?昨日のお詫びにランチでもご馳走させて。それに、私ったら寝落ちしちゃって、奈緒ちゃんの質問に答えてないじゃない?」

奈緒は、玲子が昨日の会話を覚えていたことに驚いた。

「じゃあ、お言葉に甘えて。お願いします」

昨夜は結局、レストランもタクシーも奈緒が支払った。何より、二次会に行くのを辞めてまで玲子に付き合った。ランチをご馳走になるには十分な理由があるはずだ。

「シャワー浴びますか?」

奈緒が聞くと、「色々ごめんね。ありがと」と言って、彼女はすぐに立ち上がった。

間もなく、バスルームから玲子の鼻歌が聞こえてきた。

たまに音程が外れたり、テンポが狂う愉快な歌声に、思わずクスッと笑ってしまった。


仕事も恋愛も中途半端?玲子から受けた強烈な洗礼とは?


何のために働いているのだろう?


「私ね、宏樹に言われてCAを辞めたわけではないのよ。転職する予定で辞めたの」

代々木上原の『ノード ウエハラ』でランチを食べていると、唐突に玲子が切り出した。

「え、そうだったんですか?」

奈緒が聞くと、玲子はこくりと頷きながらこう言った。

「その当時、“一生結婚出来なかったらどうしよう”っていう漠然とした不安に苛まれてね。東京で生きていくには、CAのお給料では厳しいと思って転職活動したの。

幸い英語が出来たから外資系に絞って、実際、電子メーカーの役員秘書の内定をもらった。年収700万を提示されたわ」

「でも結局、転職しなかったんですか?」

「そう。そのタイミングで宏樹に、家賃も生活費も出すから一緒に住まないかって言われて、悩んだ末に内定は辞退したの」




「でも、自分の収入がなかったら友達とのランチも出来ないし、化粧品ひとつ買えないですよね?」

奈緒は、目の前のランチプレートを見ながら聞いた。

「ええ、そうね。ちなみに奈緒ちゃん、今、毎月いくら自由に使えるの?」

突然の質問に面食らいながらも、奈緒は頭の中で計算する。

「家賃や生活費以外だと・・・だいたい10万くらいです」

「その金額ならアルバイトで稼げるわよ。しかも、週5日働かなくても大丈夫だし」

-私の仕事、アルバイトレベル…?

玲子の話は腑に落ちない事ばかりだ。それに玲子が何を言いたいのか、奈緒にはまだわからずにいた。

「でも、結婚もしてないのに仕事を辞めて、そのまま結婚せずに別れたらどうするんですか?職歴が途切れるなんて不安じゃなかったんですか?」

「あのね、奈緒ちゃん。結婚って覚悟なのよ」

玲子は、ふぅっと一息し、奈緒の目をじっと見つめ、静かに続けた。

「女は男に、有り金はたいて高い婚約指輪を買ってもらうことで、男の覚悟を見るけど、じゃあ女は何で覚悟を見せるの?」

「そんな・・・」

奈緒が言葉を探している間に、玲子はさらに続けた。

「私は、内定を辞退した時、もう後戻りはできない。絶対に宏樹と結婚するって決めたの。背水の陣で結婚に臨んだってわけ。“もっと良い人いるかも”とか“もう少し先”って思ってる限り、絶対に結婚出来ないと思うわ」

自信に溢れた顔で言われ、奈緒は思わず目をそらす。だが、負けずに反論できる言葉を探した。

「気持ちは分かるんですけど・・・でも今私が仕事を辞めたら、担当の弁護士やほかの秘書さんにも迷惑がかかるし、そこまでの覚悟はまだ・・・」

「そう?会社って案外冷たいわよ。引き止めもなく、淡々と引き継ぎ作業が行われるだけ」

-それって玲子さんの能力、働き方に問題があったからなのでは・・・?

奈緒の心を見透かしたように、玲子が畳み掛けた。

「仕事は代替え可能。誰かが辞めたら、代わりを募集するだけ。“自分がいないとダメ”なんていうのは、ちょっと自意識過剰かもね。それに、自分のスキルや経験をしっかり磨いておけば、仕事を見つけるのは、そう難しいことではないわ」

玲子は自信たっぷりにそう言った。そして、同棲開始から、離婚に至るまでを丁寧に説明してくれた。

玲子は宏樹との同棲を始め、家事に勤しんだと言う。

自分のお小遣いのために税理士事務所のアルバイトで週に2〜3回働き、8万ほど稼いだ。あとは宏樹とグルメ旅に出かける。

「宏樹のためにもっと頑張りたいの」と言って、宏樹の負担で料理教室に通い始めて腕を磨いた。

そんな生活を続けて8ヶ月後、玲子の覚悟は功を奏し、二人は結婚した。

しかし、玲子が始めた趣味を発端に、二人はすれ違っていくことになったのだと言う。


玲子の言葉に奈緒は何を思う・・・?そして、奈緒に恋の予感が


「強く求められる自分」という幻想


玲子は、宏樹に連れて行ってもらったレストランの備忘録用インスタグラムを始め、超高級店から立ち食い店まで、自由気ままに批評を書き綴った。

ただの一般人である玲子は、謝礼をもらうことも、ましてやビジネス目的でもないため、営業妨害にならない程度に何でも書けた。

レストランの星の数や口コミサイトの点数なんか全く気にしない、自己満記録のはずだった。

が、玲子独自の感性と素人ならではの表現力は次第に人々の注目を集め、瞬く間にインフルエンサーになってしまったのだ。

そんな玲子に千載一遇のチャンスが舞い降りる。ある有名グルメ雑誌から声がかかり、モデル兼編集として働くことになったのだ。

玲子は、宏樹に仕事の相談をしたが、反応は冷ややかだった。それでも玲子は仕事をすることに決めた。

当然、地方遠征も家事も今まで通りにはいかなくなり、宏樹と玲子の溝は深まるばかり。

そしてついに、修復不可能となってしまった。

しかし玲子は、別れたことを後悔していないと言い切る。今は仕事が楽しくて仕方ないのだ。この仕事に出会うきっかけをくれた宏樹に心から感謝しているそうだ。



玲子とのランチ後、ネイルサロンに向かった奈緒は、「コーラルピンクでお願いします」とだけ伝え、玲子の言葉を反芻していた。

-アルバイトでいいんじゃない?

さらに玲子は、“自分がいないとダメ”なんていうのは思い込みだと言った。

そんなはずない。

奈緒は、秘書として有能だから、自分が寿退社するとなったら、しつこく引きとめられ、周囲に惜しまれるとばかり思っていた。

だから玲子の言葉を認めたくなくて、何度も「そんなはずない!」と、あえて声に出して自分に言い聞かせた。

その夜、大学の友人である千尋と食事の約束をしていたが、体調不良を理由にキャンセルされてしまった。

何となく、すぐに家に帰る気分になれず、奈緒は『和光ティーサロン』で一休みすることに。

アールグレイをいただきながら、昨日出会った「Shinya Kasano」の名刺を取り出し、じっと見つめていた。




過去にも男性から連絡先を渡されたことはあるが、奈緒の興味をそそるものはなく、そのままシュレッダーにかけるのが普通だった。(一応個人情報だし)

しかし、この「Shinya Kasano」は、個人情報にうるさいこの時代に、会社はおろか、肩書きまで分かる名刺を堂々と差し出してきた。

日本でも超有名なコンサルティング会社の、シカゴ本社勤務というスペックも正直気になる。

それに、ぼんやりとしか覚えていないが、長身でルックスも悪くなかった・・・。

ただ、トレンディドラマならすぐに恋が始まるのだろうけど、現実、そううまくはいかないだろう。

奈緒が「Kasano」に連絡するか頭を悩ませていた時、スマホがブルブルっと振動した。LINEだ。送り主は、玲子。

-奈緒ちゃん、昨日はお世話になりました!ありがとう。そういえば昨日、結婚パーティーに参加してたひとりが、奈緒ちゃんのこと紹介してほしいって言ってるんだけど、連絡先教えてもいい?

・・・名前は、笠野真也。宏樹の関係で1回会ったことあるんだけど、33歳、独身、某コンサルのアメリカ本社勤務の優良物件よ!

奈緒はびっくりして、すぐに玲子に了解の旨を返信した。

通りすがりのナンパとばかり思っていたが、まさか宏樹や玲子も知っている人物だったとは。急に笠野が近い存在に思えてきた。

安心した奈緒が連絡しようとすると、すでに笠野からLINEが届いていた。玲子の仕事の速さ、おそるべし。

-初めまして。昨日は突然名刺なんか渡しちゃってすいません。連絡を待ちきれず、玲子さんに聞いてしまいました。今、3週間ほど日本に出張中なので、今度食事でもどうですか?

奈緒がOKを送ると、笠野はすぐさま日程を調整し、3日後の夜に決まった。

奈緒は大急ぎでアールグレイを飲み干し、3日後の洋服探しに走った。

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次週、単身赴任中の元彼・晋平から突然の電話!笠野との進展は・・・?