「最近、良い出会いがない」

未婚・美人の女性に限って、口を揃えて言う言葉である。

しかしよくよく話を聞いてみると、その言葉の真意はこうだ。

「理想通りの、素敵な男性がいない」

フリーランスでバイヤーをしている亜希(32)も、そんな注文の多い女のひとり。

ふさわしい人”を探して迷走する亜希。
宮田賢治とデートをするも、「海外志向がない」というだけで幻滅。だが賢治が、女性と仲睦まじく歩く姿を目撃し、嫉妬心から彼が気になってしまう。

デートしていたのは彼女じゃないと主張する賢治に、ついにストレートに告白され、付き合いを開始する二人だったが…。




盛り上がりに欠ける恋


“亜希ちゃん、今日夜家に来ない?”

火曜日の午後。

代官山のセレクトショップでの商談を終えたタイミングで、賢治からLINEが届いた。

賢治はマメな男で、あの夜以降、毎日欠かさず連絡が来る。

「亜希さんが好きなんだ」というストレートな告白、店のムードとワイン3杯を飲み干した勢い、そして若い美女より自分が選ばれたという優越感。

様々な要因が絡み合って亜希の感情を揺さぶり、誘われるまま賢治の家で一晩を過ごしたのだった。

-今夜かぁ…正直、面倒かも。

今夜は、まだ追いかけきれていない2018SSのパリコレ動画をじっくり見ておきたいと思っていた。

来週にはL.A.出張が控えているし、取引先の要望をヒアリングしたり買い付けリストを作成したりと、今週は仕事がいつも以上に忙しい。

しかし亜希は、こんな風に、恋愛初期にも関わらず仕事を優先してしまう自分が、自分で疑問でもある。

恋ってもっと、会いたくて震えてしまうようなものではなかっただろうか?


物足りなさを感じる亜希を、後輩・マミちゃんがバッサリ斬る!?


「ときめき」って一体、何?


代理店時代の後輩・マミちゃんから是が非でも会いたいと連絡が届いて、土曜の朝、9月にオープンしたばかりの『アンドコーヒー メゾンカイザー』で待ち合わせた。

マミちゃんの夫は賢治の同期だ。おそらく夫から、話を聞いたのだろう。

今週は仕事が忙しくて週末もアポイントがあるの、と暗に断ったのだが、「じゃあ朝活しましょう♡」と言われてしまった。

わざとではないにしろ、亜希に「賢治に彼女ができた」と偽りの情報を流してしまったことを、直接謝りたいのだという。




「亜希さん、幸せオーラ出てますよ!」

マミちゃんは会うなり早々、占い師よろしく亜希のオーラがこれまでと違うと言い出した。

「肌が輝いてる。やっぱり女にとって良い恋愛は、どんな高級美容液より効果抜群なんですね」

「そ、そうかな?」

そんな風に褒められ、悪い気はしない。口元が緩むのを隠すようにして、亜希はベーコンアボカドのクロワッサンを頬張った。

「いい人ですよねぇ、賢治さん。亜希さんは仕事が忙しいからなかなか会えないけど応援してるって、主人に話してたそうですよ」

まるで自分のことのように、嬉しそうに語るマミちゃん。確かに賢治は、亜希の仕事を応援してくれており、とても理解がある。

先日彼の誘いを断った時も、あっさりOKのスタンプとともに「頑張ってね。応援してる!」という激励メッセージが届いた。

彼は、亜希のペースを乱さないでいてくれる。だからこそ二人の関係は、順調に保たれている。

賢治の存在は、冷たい北風から亜希を守るマフラーのような温かさ。それはとても優しく心地よく、しかしその一方で心の底から欲するような情熱は湧かないのだ。

「まぁ、そうなんだけど…。でもなんか、物足りない気がしちゃうのよね。“ときめき”が足りないっていうか。昔の恋はもっと、情熱的だったなぁって」

吐き出すように呟くと、目の前で26歳のマミちゃんに失笑された。

「やだ亜希さん、少女漫画に影響され過ぎじゃないですか?(笑) “ときめき”なんて、そんなの10代の専売特許だから」

「そんなこと…」

言いかけて、亜希は言葉を飲んだ。言われて初めて気づいたが、表面では仕事のできるいい女を気取っていても、心の中では未だに少女漫画のような恋愛を求めている自分を否定しきれない。

「だいたい、ときめきってどういう状態を言ってるんですか?仕事も、やらなきゃいけないこともあるけど、そんなの放り出して会いに行っちゃう♡みたいなおバカな行動のこと?」

呆れたように語るマミちゃんに、情けないが亜希は返す言葉がない。

「そういうのは漫画だから美しいだけ。現実じゃ、ただのバカップルですよ。いい大人は恋愛以外にやることがたくさんあるんだから、それを尊重し合える恋愛じゃなきゃ、続きません」


マミちゃんのお説教でようやく目が覚める亜希。しかしその頃、賢治は…!?


ようやく気付いた時には


目から鱗、である。いや、考えてみればその通りなのだ。

大好きなバイヤーの仕事は、亜希の天職だ。仕事だけじゃない、心の友・エミと共有する時間や、ひとりで過ごす時間だって大切。

それらを邪魔されることなど1ミリも望んでいないのに、衝動に身を任せるような恋愛に憧れるなんて、無い物ねだり以外の何物でもない。

「マミちゃん…なんか、本当にありがとう」

「何がですか?」と首を傾げるマミちゃんに、亜希は手を合わせたい思いだった。

穏やかな、安定した恋愛。その相手として、賢治ほどの適任はいない。マミちゃんのおかげで、亜希はようやく心からそう思えるようになっていた。




“今日、家に行ってもいいかな?”

マミちゃんと別れたあと、取引先に向かう途中で亜希は賢治にLINEを送った。賢治とは明日会う約束をしていたが、できれば今日、会いたい気分だった。

買い物をして帰って、手料理を振舞ってあげても良いかもしれない。賢治は、何が好きなのかな。和食?それとも洋食の方が見栄えがするかしら。

賢治に何か「してあげる」ことを考えていると、亜希はなんだかワクワクしている自分に気がつく。

考えてみれば、亜希はこれまでずっと自分が何かを「してもらう」ことばかりを考えていたのだった。しかし受け取ることを望むより、自ら与える方がずっと心を満たすのかもしれない。

亜希は、賢治の返事を待っている。彼はとてもマメな男で、いつもすぐに連絡が取れる…はずなのだが、しかしどういうわけか、今日に限ってはメッセージがなかなか既読にならないのだった。

銀座一丁目から永田町で半蔵門線に乗り換え、もうすぐ表参道に着く。

亜希はもう一度、スマホを確認する。

しかしやはり、賢治はメッセージを読んでいないのだった。

さっきまでの高揚した気持ちが、途端にざわざわとした不穏な感情に変わる。

-何、してるんだろう?

そう思った瞬間、亜希の心を「疑惑」という名の灰色の雲が覆い尽くしていく。

-もしかして、あの彼女と会ってたり…しない、よね?

考えないようにしてみても、一度胸に浮かんだ疑いは抑えようもなく大きく広がり、亜希は思わず賢治に電話をかけていた。

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最終回:注文の多い女の行く末や、いかに!?